誘いのメールを立て続けに三回断られ、もうこうなったら電話で直談判するしかあるまいと、断腸の思い(誤用かも知れません)、ふーっと長い息を出し、意を決し、汗ばんだ掌で持ったスマホの通話ボタンを押そうとするも、いや気持ちを今一度整理してからにしよう、話す内容と順序を組み立ててから、早まるでない俺、取り敢えず一服して気持ちを落ち着けるべし、窓際で外気に向かって紫煙を吐き出し、さあ、と震える指先で、画面に映る、左斜め上に向けられた受話器を象った箇所、そこを漸くタップしました。ピンポイントで。

てぃここてぃここてぃここちゅるーん、てぃここてぃここてぃここつちゅーん…。

人を小馬鹿にしたような小刻みで軽快なメロディが鳴り響き、耳朶を震わせます。そして、この、てぃここ、は一向に鳴り止む気配が無いのです。その先から聴こえる筈の、人間の声、もしもしという共通の符号、あのカフェで働く、店で駄目元でナンパを決行し、何とかデートまで漕ぎつけた7歳下の女性店員の声は、いつまでたっても聴こえてはこんのです。どこまでも暗い闇の底に沈み込んでいくように、てぃここ、は永遠に繰り返す予感がして、私はぞくっと背中に身震いを覚え、静かに赤いキャンセルボタンに指を這わせたのです。日を置いて三回試みましたが、コールバックは勿論、ありません。

(やはり、そうか。俺はモテない星の下に生まれてきたのか…)

私はテレビジョン番組で或る人気お笑い芸人が言っていた話を思い出しました。

「いやあー、僕に彼女がいなかったり結婚できないのは守護霊のせいらしいんですよ。占い師が言ったんですよね。貴方にはとびきり美人の守護霊が憑いていて、非常に貴方を愛している。彼女は貴方に寄ってくる女性たちを悉く追い払ってしまう。そういう事らしいんです」

私も同じなのでしょう。きっと、広末涼子や木村佳乃や長澤まさみ等、錚々たる美女が束になった生き霊に憑りつかれているに違いありません。三十路を幾許か過ぎた不毛の年月をモテないまま過ごさざるを得なかったのは、偏に霊のせいなんです。決して、私の歪んだ性根、猜疑心が強く、ひがみっぽく卑屈で、甲斐性なしの低所得者のくせ、世間を嘲笑し、嫌味な言動をぶつける変人だから、なのではありません。

もうすぐ、バレンタイン・デーです。

チロルチョコと美女

「これから、好きなの選んで、みんなで分けて」

頬を紅潮させ、ぬっと私の正面に立った女子が、大きな透明の容器を突き出しながら、ぶっきらぼうな口調で言いました。容器にはカラフルなチョコレートがみっしり入っています。私は、おお、と負けじと粗野な感じを殊更強めに意識した声色で応じ、チロルチョコとアポロを手に取りました。当たり前の様に。さも慣れているような手つきで。内心、ドキドキしていました。あっ、俺、いま大人になった、と興奮していました。チョコをくれた女子は、すらっと背が高くバレーボール部の次期エース的な存在で、頭脳明晰成績抜群、前髪ぱっつんに揃えた長い黒髪がモデルみたいな、ウチのマザーも、あの子綺麗ねえ、と一目置く美女でした。

中学一年でした。その時貰ったチロルチョコが、今日までの人生で、女子からバレンタインに貰ったチョコとしては最初で最後になる、とは当時の私には気付く術は残念ながら無かったのです。

神社にて

「ちょっとー待ってー」

そのバレンタインデーの放課後、野球部の友人と二人で帰路についていると、神社の敷地に入ったあたりで、その美女の親友、地元農家の末裔に違いない腰回りが分厚くもんぺが似合いそうな胴長短足、面長のダックスフント体型な女子が私達を呼び止めました。えーなになにー、と私が嬉々として応答します。二個目のチョコレートかと期待を膨らませていたんです。

「アンタ関係ないから!ユウ君に用があると。先に帰っていいよ。てか、早く帰って!」

ダックスは私を威嚇するような尖った声をぶつけ、その迫力にあっさり敗北を喫した私は野球部の友人、ちょっと不良なイケメンスラッガー、ユウ君と離れ、すごすごと、神社を出ます。すると境内の猫の額ほどの広場、ちゃちな遊具、そのブランコに人影があります。俯いた長い黒髪がゆらゆら小さく揺れていました。チロルチョコをくれた美女でした。私の事はまるで目に入ってない様子で、彼女はただずっと儚げに揺れていました。そのまま通り過ぎて、ユウ君を待ちました。

「なんやった?」

私の問いかけにユウ君は、いや別に、と言葉を濁し、私もそれ以上何も言いませんでした。それから当時期待の若手だった福岡ダイエーホークスの小久保裕紀選手の来季の更なる活躍を二人で並んで歩きながら熱く語り合いました。女子にからきしモテない私とユウ君の間に、異性交遊の話題が登場する機会は皆無だったのです。ユウ君が、その美女からバレンタインプレゼントとして「腕時計」を貰った事を知ったのは、それから何年も過ぎてからでした。格差がすげえな、と感心してしまいました。三十路を過ぎ、ばったり再会したその美女に当時の事を聞くと、はあ?わたしアンタにチョコ渡したっけ、全然覚えてない、と笑われました。相変わらず綺麗な横顔で。

ありきたりな、オチ

「せんぱ~い。ちょっといいですかあ」

職員室を出ると、廊下で後輩女子軍団に囲まれました。俺の時代やっと到来、私はにやにや気色悪い顔で、一体チョコ何個貰うのかを算段し、時代の風を浴びていました。予感はありました。全校集会で渾身のボケが見事に決まり、爆笑を引き起こした私は一躍校内の人気者に躍り出ていたのです。

中学三年になっていました。絶好調でした。

「あのお、これえ。ユウ先輩にわたしてください。せんぱい仲良いですよねえ」

何故、俺の友達ばっかりモテるんだ、私は社会の不条理を呪いながら、後輩女子から預かったチョコレートをモテない同志たちとばくばく平らげたのです。

それから現在

「おまえ、何個食べよるとか!みんなの分ぞ!」

女性事務員から差し入れされた義理チョコを、腹の足しとばかりに食べまくり、会社で怒鳴られたり、そんな三十路です。カフェ店員とは音信不通なんです。

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男は久留米という砂漠の中の一粒の砂であり、クルマ、金、女に縁がないライター志望の孤独で吝嗇な三十路だった…http://ameblo.jp/kt660cc http://tabelog.com/rvwr/002224433/

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