記事提供:心身調律セラピスト 岡田哲也のブログ

※過去記事に補足して再アップです

『本音は人を傷つけない』ってうちらもDVDで言ってると思うけど、例えばパートナーに本音を言われた時に勝手に傷つく人はいますよ。

例えば、仕事で帰りが遅い旦那に対して、『どうして早く帰って来れないの!』…は本音じゃ無いんでカットして、『帰りが遅くて寂しいの』が本音=感情だとしたら、ただそう言ったらいいんですよね。

そう言われた旦那がバリバリのアダルトチルドレンだった場合。

『おれが仕事出来ないって文句言うな!』と逆ギレするか、『仕事の出来ないおれはダメだ…』と拗ねますよね。

こうなるのを、いちいち人を傷つけるかもしれないとか言って、我慢してる人こそアダルトチルドレン真っ盛りですよ。

もともと傷ついてる人は【傷つけられた口実探し】に必死ですから、たとえ本音といえどももともと何を言われたって傷つきます。

もともとあっけらかんとしてる人は、【何を言われようが気にしない】ので、もともと何を言ったって気にしません。

つまりは、人を傷つけないようにという気遣いはすこぶる余計なお世話です。

そして、本音を言ったことによって、傷つく傷つかないは相手の問題であって、言った側に責任なんぞありません。

人を傷つけないように気遣いをして本音を抑える人は【傷つくことは悪いことだってジャッジしてる】んです。

そこに投影原則を当てはめれば、【自分は今も傷ついていて、かつそんな自分を否定している】ってことです。

『傷つけるかもしれないから本音は言わないでおこう』『人を傷つけるくらいなら自分が傷つきます』っていう自己犠牲精神が美徳とされる風潮もありますけど、個人的には一つも美しくないなーと思ってます。

過去の私もそうでした。

人のことを傷つけるのも嫌だし、自分が傷つくのも嫌でした。

ケンカしたら人間関係が終わる、と思ってたので当たり障りない会話をしてましたし、楽しいフリも仲良いフリもしてました。

そして一度ケンカしたら本音=感情は言わずに、理詰めでやりこめるタイプでした。

我ながらめんどくさっ!

ほんとは場の空気を読んだり相手を気遣ったりして行動していたところで自分は辛かったわけなんですけど、かっこつけなんで弱い自分は表には出さないわけです。

だからこそ、それを引き出してくれるような相手にはもう【攻撃は最大の防御なり】と
戦いを挑んでました。

今思い返せば、拗ねて拗ねて拗ねまくってましたねー。

そこから数年がかりで自分の本音や感情を意識し続けるのをやってるんですけど、今は本音以外で行動してないので、めっちゃ楽です。

人を傷つける傷つけないってのを意識することも最初から無くなってます。

あの、本音=感情を話す人がいてもですよ。ぶっちゃけ、他人が何を感じてようがどうでもいいじゃないですか。

なのに傷つけられただ騒がれるってのは、まさに自分の投影ですよね。

最近では最初から本音しか書いてないので、『ほんとはこうなんじゃないの?』と突っ込まれることも無くなりました。

この感覚になってよくわかりましたが、ちゃんと本音を言い合える関係を築けてる人なら、相手を傷つけることを恐れることは無いんですよね。

傷ついても人はそこから気づいて成長できると知ってるし、本音でコミュニケーションするってことの大切さを身に染みてわかってるから。

NARUTOとか読んでたらよーくわかりますよね。

ちなみに…【仕事で帰りが遅い旦那に対して『帰りが遅くて寂しいの』と妻】のケースで、言われた旦那が自己肯定感がある人なら、『あ、帰りが遅くて寂しいのか。じゃあ早く帰るためにどうしようかな?』

と考えて勝手に行動してくれるし、思いやる心がある人ならちゃんとその寂しがってるあなたのことも受け入れてくれます。

あなたの周りの世界が優しいなら、つまりはあなたがあなた自身に優しくしてるなら、最初から『傷つけたかも』なんて心配事自体が生まれ無いんですよ。

・大切な補足

ずっと書いてますが【周りは自分の鏡】です。

だから本音を言わないパートナーがいるなら、大概自分が本音を言ってません。

傷つけるのが怖いっていうなら、あなたが傷ついてるのでそれを(相手を通して)見たくないだけです。

自分が周りに言ってる声が自分の魂が自分に言ってる声です。

長くなるんで参考記事→◇誰かに言いたい言葉が膣の声

このあたりも踏まえてじっくり読み返してみてください。

権利侵害申告はこちら