テレビ画面に駅のホームが映し出されます。
ニュースは、特急列車に飛び込み自殺があったことを伝えていました。

その日、一緒にテレビを見ていた私に、おばちゃんが「自殺する人には、まだ…、余裕があるのよ」と、ポツリと言いました。

目の前で見た飛び込み自殺

おばちゃんがまだ美容師の学校に通っていた若かりし頃。おばちゃんは駅のホームに置かれたベンチで自分が乗る電車を待っていました。

すると、髪の長い女性が歩いて来て、丁度、おばちゃんの前に立ちました。

〝次は特急電車で、この駅には止まらないのに…〟と、駅に止まる電車にはまだ時間が少しあるのにもかかわらず、早々と並ぶその女性におばちゃんはなんだか少し妙な違和感を覚えたそうです。

そして、特急列車がすごい音を立てて駅に入ってくると…。

その女性はバンザイをする格好でホームから消えていきました。そのとき、おばちゃんは目の前で起こったことに驚きすぎて、自分の周りからすべての音が一瞬にして消えてしまったのだそうです。

暫くすると周りのざわめきと…、「・・・がない」と、何かを必死で探している駅員さんたちの声がおばちゃんの耳に聞こえてきました。

〝えっ…?なにがないの?〟と咄嗟に思ったおばちゃんが、駅員さんたちの声を聞こうとして耳に神経を集中させたとき…駅員さんたちの声がはっきりと「頭がない。どこへいったんだ」と言っているのが聞こえてきたのだそうです。

〝頭?えっ…、もしかして今、特急電車に飛び込んだ女性の頭ってこと?〟とおばちゃんは思ったそうです。

そして、〝ちょっと待って、そういえば…、あの女性がホームから消えたときに、何かが足元に飛んで来たわよね〟と思うと、身体が自分の心の声に反応して足元を覗き込んだのです。

そして…、そこには長い髪がまとわりついた女性の首が、恨めしそうな目でおばちゃんを見上げていたそうです。

怖すぎる・・・

「ええぇー、怖すぎるわ!おばちゃん」と、その話を聞いてあまりのことに私はその場面を想像することさえ拒否していました。

おばちゃんは、女性の恨めしそうな目から自分の目を離すことが出来ずにいましたが、なんとか声を振り絞って「こぉこ…、ここにあります。あっ、頭…」とやっと動く右手で女性の頭を指さし、必死になって駅員さんに知らせたそうです。

「でもね、そこから腰が抜けてしまって立てなくなってね。一分、一秒でも早くその場所から逃げ出したいのに一歩も動けなくて…。悲惨だったわよ、だって誰もそのことに気がついてくれないんだもの」とおばちゃんは言いました。

おばちゃんは腰が抜けて、おまけに声も出なかったので、自分が立てないことを誰かに知らせることが出来なかったのです。

「だから、いろいろ考えたのよ、そのときにね。あぁー、あの女の人は、よっぽど辛い目にあって死ぬことを選んだんだろな…。かわいそうになぁ…って」

と、おばちゃんはちょっと悲しそうな顔で言ってから…。

「でもね、人間、本当にどん底になっちゃうと…、死ぬことなんか考えている暇が無いのよ」と、ため息交じりに言い終わると…。

おばちゃんは、なんだか吹っ切れたように明るく私に笑いかけてきました。

「生きるということはね…」と話してくれたおばちゃん

おばちゃんは美容師さんです。

その当時、町には新婚旅行に訪れるお客さんが多く、何処の旅館もホテルも繁盛していました。

だからでしょう、そこで働く仲居さんや芸者さんたちも身だしなみには気を使っていたのだと思います。彼女たちは、朝に夕にとほぼ毎日のようにおばちゃんの美容室にやってきました。

おばちゃんは朝から晩まで立ちづめで働いて、当時の男の人より良いお給料を貰っていました。

だからか、本人は結婚する気が無く、「自由に女一人で生きていくわ~」と言っていました。が、お世話をしてくれる人がいておばちゃんは結婚をしました。


「でもね、それが地獄の入り口だったのよ…。毎日、毎日が地獄。今日をどう生きるか生き残れるか…、そればっかり考えてた。だからね、生きるということはね。死ぬことなんて考えている暇がないのよ」と、おばちゃんは言いました。

この結婚は失敗だった。

男の人より稼ぐおばちゃんに…、旦那さんが働かなくなり、ギャンブルに手を染めて次から次へと借金をこしらえてしまう。

おまけに、その借金を返すために臨月ギリギリまで仕事をしたせいで、おばちゃんは初めの子どもを死産してしまいます。

でも、「死産したのはあんたのせいや!せっかくの跡取りの男の子を殺した鬼嫁!」と舅姑から罵られ…。

やっと借金を返し終えても、おばちゃんの旦那さんは、また違う借金をつくるの繰り返し。それどころか、違う女の人のところに入り浸り家に帰ってこない。

その頃には、旦那さんの借金は減るどころか毎日毎日増えていく。
それでもおばちゃんは、次に生まれた子どものためと休み返上で働いて、とうとう身体をこわして入院してしまいます。

そして、精も根も尽き果て、生きることにさえ疲れ果てて病院のベッドの上に横たわるおばちゃんのところに舅姑、旦那さんの兄妹がやってきて「あんたが働かな誰がうちの息子の借金を返すんや!はよ退院して働け!」と、動けないおばちゃんを働かせようと罵倒したのです。


ここで初めて、おばちゃんが入院する病院に見舞いに来ていた遠くの町に住むおばちゃんのお姉さんが事情を知って、「あんた、このままやったらあの人らに殺されるよ。そんな男とはいますぐ別れ!」ときつく言っても…。

「でも、子どもが…」というおばちゃんにお姉さんは、

「なにいうてるの!母親あっての子どもやないの。あんたが死んだら、誰が子どもを守るの?よその女のとこ行って家にも帰ってこん。おまけに借金こしらえては、その後始末を親共々悪びれること無く持ってくる旦那か?違うやろ。子どもを守るのはあんたや、守れるのはあんたひとりやねんで!このままで、あんたと子どもが幸せになれるとでも思うてるんか!」と、真剣に怒るお姉さんの言葉におばちゃんは…。

「やっと目が覚めたんや…。生きなあかん。ここで死んだらあかん。生きて、子どもを守らなあかんと思たんよ。ほんま、あほやったわ、私。なんで、あんな男にしがみついてたんやろうかな。今でも分からんけどな」とおかしそうに言いましたが、それからが大変だったそうです。

別れるなら子どもは置いていけ

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別れるなら子どもは置いていけ。
子どもを連れて行きたいなら旦那さんの借金を、全部おばちゃんが払え。払うなら離婚もしてやる。子どもも渡してやる。

それが、旦那さん側からの離婚の条件でした。

はっきり言って、これは無茶苦茶な条件で、とても身勝手な言い分です…が。

おばちゃんは、自分が持っているものでお金に換えられるものは、すべてお金に換えて旦那さんの借金の返済にあてました。

そして、今なら土地付き新築一戸建の大きな家が買えるくらいの金額であった旦那さんの借金を、自分が支払うという条件で子どもを手放さずに離婚したのです。

その決断に正直、私は驚きました。とても私には出来ないと思ったからです。

そして、そんな辛くて大変なことがあったにも関わらず、仕事でも、仕事以外のときでも、誰に対してもニコニコ笑って話すおばちゃんは、本当の意味で人としての優しさと強さがある…と、私は思いました。


「だからね、明日、この子になに食べさせよ。この子になに着せよ。とにかく今日をどう生き残ろう…と必死だったんよ。悪いけど、若い頃にかわいそうやと思ったあの女の人にも、あなたは死んですべてを終わりに出来て幸せやねと思ったわ。生きるということはね。死ぬことなんて考えている暇がないのよ」と、おばちゃんは言いました。

おばちゃんが言いたかったのは…

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おばちゃんは実際に目の前で自殺した人を見た人です。
その人のことを、死ぬほど辛かったんだろう、かわいそうにと思った人です。

だから、多分、おばちゃんが言いたかったのは、自殺した人を貶すというのではなくて…。

自分一人なら死んでいたかもしれない。

自分一人なら、死ぬ選択をするという考える時間の余裕があったのかも知れない…ということなのだと私は思うのです。


でも、おばちゃんには「生かしたい命」、自分のことより何より生かさなければいけない小さな命大切な子どもがいた

その命を守るためには、ひもじい思いをさせずに育てる為には、おばちゃんはどんなに辛くても生きなければいけなかった。

多分、このときのおばちゃんは、死んで終わりにするという選択肢のない状態だったと思うのです。

だから、生きるという選択しかない状態のおばちゃんは、経済的にも、肉体的にも、精神的にもギリギリの状態に追いつめられていたのだと思います。

そしてそれは、おばちゃんにとっての正真正銘「生き地獄」だったのだと思います



ただ私がこの話を聞いていて思ったのは、おばちゃんの言う「自殺する人には、まだ…、余裕があるのよ」は、…『自殺する人は、ひとりぼっちなのよ』…と同じ意味を持つ、同意語ではないのかと思ったことです。


だから、おばちゃんがポツリと言った「自殺する人には、まだ…、余裕があるのよ」の言葉のなかに、なんだか分からない虚しいような…、寂しいような…、言葉では言い現せない悲しい響きが含まれているような、そんな切なさを感じたのです。

多分、それは、苦労したおばちゃんだから言える言葉なんだとも思いながら…。

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知らないことが知りたくて、メンタル、カルマ、礼法に漢方スクール…etc.とお勉強。で、ですね、人を動かしているのは無意識、でも、この無意識を味方につけるとスゴいんだ~と気づいたら…、なぜか、「えっ?!そうくるかぁ~」と、色んな場面に遭遇しれしまう…という面白いことが起こりだすのでした。

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