昨日、突如届いた訃報。

「20世紀で最も影響力のあるアーティスト」にも選ばれ、数々の名曲を生み出したイギリスのロックシンガー、デビッド・ボウイさんが10日、がんのため亡くなりました。69歳でした。

出典 http://www3.nhk.or.jp

あのデヴィッド・ボウイが亡くなったと発表がされました。デヴィッド・ボウイの公式ツイッターや公式のFacebookでの発表はこちらになります。

January 10 2016 - David Bowie died peacefully today surrounded by his family after a courageous 18 month battle with cancer. While many of you will share in this loss, we ask that you respect the family’s privacy during their time of grief.

出典 https://www.facebook.com

日本語訳は「2016年1月10日、デヴィッド・ボウイは18ヶ月に及ぶ勇敢なガンとの闘いを受けて、家族に囲まれて安らかに亡くなりました。みなさんの多くがこの喪失を共有してくださることでしょう。しばらくは家族のプライヴァシーに御配慮をいただくことをお願い致します」
となり、がんに侵され闘病生活を送っていたことがわかりました。今年は1月8日に新譜を発表したばかりなので衝撃は大きかったです。

新譜「ブラックスター」

出典 http://www.amazon.co.jp

追悼のコメントが続々と

デヴィッド・ボウイは改めて詳しく記すことはないと言えるくらいのロックスター。アルバム「ジギー・スターダスト」や「アラジンセイン」など世界的に知られている。

デヴィッド・ボウイが亡くなったという報せを聞いてたくさんの人が追悼の言葉を述べています。

盟友であるイギー・ポップはTwitterで「デヴィッドとの友情は最愛のものだった。あんな眩しい人は会ったことがない。彼は最上の人だったんだ。

ラッセル・クロウは「安らかに、デヴィッド。あなたの音楽を愛していました。あなたのことが大好きでした。これまでで最も偉大なパファーマンス・アーティストの一人でした。」とツイート。

ファレル・ウィリアムスは「デヴィッド・ボウイは真のイノヴェーターであり、真にクリエイティヴな人だった。安らかに。」とツイートをしデヴィッド・ボウイに哀悼の意を示した。

そして、イギリスのトニー・ブレア元首相も

「デヴィッド・ボウイの死の知らせを聞いて、本当に残念です。学生時代にジギー・スターダストのコンサートを観てから、素晴らしいアーティストであり、興奮してしまう興味深いアーティストだと思ってきました。人生でその後に彼に会うことのできる、すごい特権をいただきました。家族と友人の方へのお悔やみを申し上げます。彼は深く弔われることになるでしょう」

出典 http://nme-jp.com

こうした声明を発表し、デヴィッド・ボウイに弔いの言葉を送った。

日本でも哀悼のコメントが

日本でもデヴィッド・ボウイが亡くなったというニュースが流れるとデヴィッド・ボウイへ哀悼の意を示すコメントが流れた。

X-JAPANのYoshikiも追悼のツイート。

歌手・矢野顕子(60)は「一番心に残っているのは、幼かった娘をとても可愛がってくれ、六本木の街を肩車して歩くご機嫌な姿です」としのんだ。

 ▼音楽評論家・湯川れい子さん 派手なメークでビジュアルが際立つロックをつくるなど、変化し続け、世界中に刺激と影響を与えた。若いころ、けんかをして左目の瞳孔が開いたままになったとかで、左右の瞳の色が違って見えた。今月、新作アルバムが出たばかりだが、内容は陰々滅々。今にしてみれば“生前葬”のようにも思える。思いがけない早さでした。

出典布袋が、Yoshikiが…ロック界の巨星の死に衝撃 ― スポニチ Sponichi Annex 芸能 2016年1月12日 06:20

他にもデヴィッド・ボウイと親交のあった著名人が追悼のコメントを出しました。

デヴィッド・ボウイと共演した日本人も

デヴィッド・ボウイは日本好きとして知られていまして日本公演を数多く行っているのはもちろん、日本では

電車に乗ってる姿も撮影されています。そして、日本人との交流も上述した人だけではなく、

1970年代のデヴィッド・ボウイのワールド・ツアーで山本寛斎氏が衣装を担当、1983年には映画『戦場のメリークリスマス』で北野武氏、坂本龍一氏との共演が話題に。また日本人カメラマン鋤田正義氏が1977年アルバム『英雄夢語り』(HEROES)のジャケット写真を手掛けた、などなど、日本人との深い関わりも多数。来日公演は通算7回(1973~2004年)

出典 http://wmg.jp

上で紹介した写真は鋤田正義氏が撮影した写真で、山本寛斎氏が手がけた衣装は

こちらになります。山本寛斎氏もデヴィッド・ボウイが亡くなったことについて

ニューヨーク公演を73年に見に行ったのが最初の出会い。刺激的な衣装を自分の世界に取り込んでいた。東洋の極致と西洋の極致のミスマッチ感が、バーンとしたエネルギーを放っていた。同性愛など男女のタブーも恐れなかった。でも普段の彼は妖艶な雰囲気はなく、普通の人だった。

出典布袋が、Yoshikiが…ロック界の巨星の死に衝撃 ― スポニチ Sponichi Annex 芸能 2016年1月12日 06:20

こうしたコメントを発表しました。
そして、1996年のデヴィッド・ボウイ日本公演でオープニング・アクトを務めた布袋寅泰氏は

David Bowie が旅立った…。突然の訃報がショックで信じられない。信じたくない。僕の人生を変えた人。永遠の憧れであり目標だった人。昨夜はずっとBlack Starを聴いていた。深く広がる音に身を委ね、この人を好きでよかった、と喜びに浸っていた。スターマンは今頃このロンドンの空に帰ってきているのだろうか。
R.I.P. David san...僕の永遠のアイドル。安らかに。素晴らしい芸術の数々をありがとう。

出典 https://www.instagram.com

Instagramにコメントとアンコールで共演した写真と共に哀悼の意を示した。
布袋寅泰さんはデヴィッド・ボウイに憧れていたのは有名な話でこの時、デヴィッド・ボウイに対して

共演と言っても、幸運なことにジャパンツアーの武道館公演の前座をやらしてもらうチャンスをいただき、
長年の想い余ってDAVIDさんへ「一緒に演らせてくれませんか?」とお願いの手紙を渡した翌日の楽屋で
「HOTEIさん!今夜はどの曲を一緒に演ろうか?」
そう、寛大な彼は僕の夢を叶えて下さったのです。
1996年6月5日、日本武道館。
その日のことを僕は一生忘れません。

出典 http://www.hotei.com

予定になかった共演が実現したことを過日のブログで紹介し「一生忘れない」と記しました。

デヴィッド・ボウイは亡くなってしまいましたが、デヴィッド・ボウイが残したものはこれからも残っていくでしょう。

デヴィッド・ボウイの死に哀悼の意とご冥福をお祈りします。

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政治・経済、思想・哲学、文学を学びつつ地元を中心にラーメンを食べ歩くフリーの物書きおじさんです。
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