【訃報】デヴィッド・ボウイが癌のため、1月10日に亡くなりました、69歳でした。ご冥福をお祈りいたします。

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1947年、イギリス生まれ、64年にデビューし、67年からソロ活動を始め、72年頃から現在にかけて全世界的なロック・スターであり続けているデヴィッド・ボウイ。

筆者もそうですが、多くのファンが新譜リリース直後の急な訃報に驚きを隠しきれない状況です。

筆者は、83年の大ヒット作「レッツ・ダンス」からファンになりましたが、実は70年代には化粧をした中世的な魅力でグラム・ロックの世界を牽引したり、自らが宇宙からやってきたロック・スターというキャラクターで創作活動をしたり、時代をリードする非常に存在感のあるアーチストでした。

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18か月闘病の末、癌で亡くなったというニュースが飛び込んでまいりました…

歳を重ねても「懐かしい」と言わせない力があった

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25枚以上のオリジナル・アルバムを発表し、20作以上の映画に役者として出演し、20種類以上の楽器を自由に操り、オブジェなどのアート作品も作るデヴィッド・ボウイ。

常に時代をリードしたり、最新だったりと、遅れることなどはなかった上、ベテランにありがちな懐古趣味的な作品も一切発表しない、常に前進するミュージシャンでしたので、彼の音楽を「懐かしい」という言葉で語る人を筆者は見たことがありません。

日本との関わりも深く…

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写真撮影の多くは、写真家鋤田正義が長年担当したり、山本寛斎のファッションを取り入れたり、大島渚監督の「戦場のメリークリスマス」では、坂本龍一やビートたけしとの共演をしたり、京都で休日を過ごしたことがあったり、日本に別荘を持っているという話だったり、日本の仏教を信仰をしているらしかったり、琴を上手に弾けるらしかったり…日本との関係はここに書ききれないくらいあります。

そして勿論、筆者を含め、デヴィッド・ボウイのファンは日本にも沢山います。それだけ愛されている彼の新譜が自らの誕生日1月8日にリリースされ、正にこれからまた何かをやってくれると思った矢先に…

では、追悼の意を込めて、筆者の営む洋楽バーで人気のある、デヴィッド・ボウイの作品(80年代系中心)を観ていきましょう

David Bowie - Let's Dance

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筆者の個人的な話で恐縮ですが、リアルタイム経験はこの曲からで、自分の意思で初めてエア・チェックした3曲の洋楽の中の1曲です。日本のFMの電リクのチャートのようなもののベスト3にエントリーされていました。

後にデヴィッド・ボウイは、この曲はコマーシャル過ぎたと若干後悔してるかのようなインタビュー記事を読んだことがありますが、この曲を機に筆者のように洋楽ファン、若しくは彼のファンになっていく人も増えたであろうし、オールド・ファンの再評価熱も高めたと思われるので、楽曲の質の高さもさることながら、歴史的に重要な曲ということが言えると思います。

ギター・ソロを弾く、残念ながら飛行機事故で故人となっているスティーブ・レイボーン
を、この曲でデビューさせたという話も有名ですね。

83年、全米第1位を記録。

David Bowie & Mick Jagger - Dancing In The Street

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ミック・ジャガーとデヴィッド・ボウイという、英国を代表するとてつもないコンビが1曲限りでしたが、アフリカの飢餓救済を目的としたライブ・エイドのプロジェクトから実現しました。

曲はマーサ&ヴァンデラスのカバーで、何しろPVでの絡みが大きな話題となりました。

この前にはクイーンとの「アンダー・プレッシャー」もありましたし、坂本龍一との映画でのキス・シーンもありましたから、いつの時期も本当に話題性には事欠かないアーチストだったことを思い出します。

85年、全米第7位を記録。

David Bowie - China Girl

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アルバム「レッツ・ダンス」からの第2弾シングルカットのこの曲。アジアを含めあらゆる文化、民族、人種、宗教などに理解を示していたようなに見えるデヴィッド・ボウイ。

この曲でも中国の美女との絡みが話題となりました。比較的ニヒルな彼の世界観の中で、このヴィデオに関しては珍しく明るくお茶目な彼の一面も見ることができます。

ナイル・ロジャースのプロデュース・ワークも実に効果的な「レッツ・ダンス」に劣らない名曲となりました。

83年、全米第10位を記録。

David Bowie - Ashes To Ashes

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この曲は大ヒット曲というわけではありませんが、ファンの中で根強い人気を誇る名曲とされています。店でのリクエストも多いですし、筆者も好んでこの曲をリクエストの無い時などにかけています。

当時の最先端なニュー・ウエイヴ的なシンセ音と、このヴィデオで見せる役者魂のような世界とが見事にスクラムを組んだ傑作と言えると思います。時代はまだPV全盛ではなかった時だけに、これだけのヴィデオ作品を作っていることにデヴィッド・ボウイの芸術家として、または表現者としての高次元なプロ意識を感じます。

80年、全米チャートインせず。

David Bowie - Heroes

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この曲もファンの間では名曲とされ非常に評価と人気が高い曲です。

1977年から79年にかけて、ブライアン・イーノをプロデュースに起用した、ベルリン三部作と呼ばれる作品群の中の2枚目で、77年にこの曲と同タイトルの収録アルバムが発表されています。

ベルリンへの移住は、薬物依存からの養生も目的とされていたようで、その後の長く充実した創作活動のためには必要な期間だったと振り返ると思えてきます。それにしても、その中でこういった質の高い創作活動を続けられたことは素晴らしいことでしたね。

77年、全米チャートインせず。

そして、発表されたばかりの新曲!

David Bowie - Blackstar

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そして、2016年1月8日。デヴィッド・ボウイは69歳になりました。各種SNSでも通常通り彼の誕生日を祝うコメント等が沢山載せられていました。

この曲を含む新作が、その誕生日に発売され、癌を患っていて闘病中とは聞いていましたが、今すぐ生き死にに関係するとは思っていませんでしたから、筆者を含め世界中のボウイ・ファン、ロック・ファンはショックだったと思います。まさか、この曲が遺作だなんて…

結局この曲に至るまで一切の懐古趣味は無しで、新しくなり続け、彼らしい創作活動を続け、このヴィデオを撮影したのがいつかはわかりませんが、まさかそのあと直ぐに…

この曲も大作で非常に聴きごたえのある仕上がり。今後の新たな創作も楽しみでしたし、久しぶりの来日公演も期待していましたので…

キャリアのほんの一部でしたがご覧頂きました…

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写真は、彼の83年の作品で全世界的な大ヒットとなった「レッツ・ダンス」のジャケットです。

筆者の思いと、多くの方の評価が高い作品といことで、最後はこの写真を選びました。

進化し続けた音楽性と、宇宙にまで広がっている世界観。奏者として、役者として、また、一人の人間として、多くの人々に重要であると思われ尊敬された、そんなデヴィッド・ボウイが、69歳という、まだまだ活躍できる年齢で他界されたことは、この世にとっての大きな損害です。筆者も洋楽ファン、ボウイ・ファンとして、大変ショックであります。

実は筆者、この投稿を涙目で書きながら、彼の死を受け止め切れていません…

今後も彼の死が誤報であったということにならないか期待しつつ、とりあえずは宇宙からまた歌を届けてくれることを期待します。彼の次のアルバムはきっと宇宙からリリースされますよ…

合掌

最後までお読み頂き有り難う御座います。

この記事を書いたユーザー

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東京都大田区大森生まれ。立正大学附属立正高等学校、尚美学園短期大学音楽ビジネス学科、放送大学教養学部生活福祉専攻卒業。STAY UP LATEオーナー。 ライター業と、セミナー講師、司会業も実質少々。江戸川区在住、一児の父。愛猫家。

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