プロ野球界にリストラの嵐が吹き荒れた・・・。
まだ20代、働き盛りの男たちにとって、
非情なクビ宣告は、あまりにも残酷なタイミングに突きつけられた。
野球を続けたい・・・諦められない男たちと、その家族の壮絶な戦い。
運命のトライアウトの結末は・・・

出典 http://www.tbs.co.jp

年末、炬燵に足を突っ込み暖を取り、貰ったみかんをむしゃむしゃ口元に運びながら、私はテレジョン受像機に映る番組を双眸でじっと眺めていました。

「プロ野球戦力外通告 クビを宣告された男達」

所属するプロ野球球団から解雇通告を受けた若い選手が起死回生のトライアウトに賭ける模様と、それを支える健気な美人妻を密着ドキュメンタリー風に仕立てた番組です。やっぱプロ野球選手の妻はみんな美人揃いだねえ、学生時代から運動神経がいい奴はクラス1可愛い子が彼女だったもんなあ、羨ましいことですよ、本当に、なぞ私の眼は番組を通じて殆ど、美人妻に注がれていたわけですが、まあ、私にはプロ野球選手の気持ちが痛いほど良くわかるのです。

実は私も野球界から“クビ宣告を突き付けられた男の一人”なのです。無論、プロではなく「草」ではありますが。

スカウトそして入団

「あら、あんた、野球ばせんね!」

当時、働いていた宅配会社で荷物を届けると、配達先のおじいちゃんから声を掛けられました。

「わたしゃ、誰にでも言いよるわけじゃなか。あんたの配達する足さばき、身のこなし、体つき、絶対に良か野球選手たい。わたしの目に狂いはなか。是非、うちのチームに入ってほしか」

草野球チームの監督をしているおじいちゃんでした。特に週末に予定もなく、無聊をかこつ休日を無虚に過ごすだけだった私は二つ返事でオーケーしました。

そうして私はライオンズの一員になったのです。森監督時代、圧倒的な強さを誇った西武ライオンズのような鮮やかな水色に染まったユニフォームに袖を通しました。

期待のルーキー、躍動

監督がおじいちゃん、というだけあって相手チームも殆どが高齢者で占められていました。ライオンズは正式なリーグに所属しているわけでは無く、その監督たるおじいちゃんと個人的な知り合いのチームと週末ごと、日曜日早朝にゆるい雰囲気で試合を楽しむスタイルでした。おお、外国人選手がいる、すげーと思ったらフィリピンパブを経営するおっちゃんが無理矢理連れてきた、パブで働くフィリピ―ナの息子で、野球のルールを全然知らないらしく、途中でキレて帰ったりしていました。

そんな環境の中、私は「一番サード」なる華やかなポジションを与えられ、打撃、守備、走塁とそれなりに活躍しました。相手は高齢者ばっかりであり、球はヘロヘロ、盗塁は全部成功、打球もゆるく守備も楽勝、そう、はじめは良かったんです。はじめは。

暗転、おはぎ、監督はドケチ

「それ、あんたのおはぎじゃなか!村田さんにやったとたい!この、欲張りが!」

数ヵ月後、私は監督にしばしば怒鳴られる対象に成り下がっていました。だんだん日曜日の早朝に起きるのが億劫になり、遅刻しがちになり、元来からの運動神経の悪さが露呈し始め、打率はチーム最下位、エラー連発でスタメンの座から呆気なく外されました。

それから社会人野球経験者、豪速球ピッチャー村田さんが加入し、チームで一番若いだけが取柄だった私の物珍しさは既に賞味期限が切れてしまったようでした。いかにもおじいちゃんチョイスらしく、試合直後におはぎを差し入れた監督に村田さんは「さすがに投げ終わった直後におはぎは食べきらんよ。爪切り君、やるよ」と私にぼそっと囁いたのです。万年金欠、貰える物は何でも貰っておけ精神の私はあざーす、と受け取ったのですが、それを見咎めた監督は声を荒げたのです。

監督はドケチでした。守銭奴でした。

毎月のチーム会費は一円単位で記帳されていました。雨で中止した場合の連絡網、電話代までも請求されました。すっかり監督の好意だと思っていた差し入れのジュース、缶コーヒー(おはぎ、も)全部、月謝から捻出されていたのです。

「村田さん。今からウチに遊びに来んね!メシ食べんね。どん兵衛あるばい」

余りの監督のドケチっぷりに私は嫌悪感を抱くようになりました。辟易していました。自分の未来予想図のようだったからかも知れません。

クビ宣告

「なんね。あんたのユニフォーム破れとるやんね。若かもんがみっともなさ。辞めたもんのが一着あるけん、買わんね。三千円たい」

(…中古ユニフォーム?…三千円?それって辞めた人が買った物だろう。要らないので返却した。つまり監督は一銭も払ってない訳だろう。俺が三千円払ったら、まるまる監督の儲けじゃないか。何でテメエの年金の足しに貢献しなきゃならんのだ)

私は思考を巡らせた挙句、無下に「いらん」と答えました。監督は、おじいちゃんは爆発しました。

「はあ!?遅刻はする、いっちょん打ちきらん、金は払わん、あんたんごたるとは、チームにいらん!もう来んでよか!」

まあまあ、とチームメイトは宥め私の耳元で「監督面倒くさいけど、一緒に野球しようよ」と諭されましたが、私は退団しました。

それから

たまにグラウンドの横を通り過ぎると、あの水色のユニフォームが野球に興じている光景に出くわします。

(…みんな、我慢強いな)

心で呟きながら、私は自分の人生を歩んでいかねばならぬのです。

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男は久留米という砂漠の中の一粒の砂であり、クルマ、金、女に縁がないライター志望の孤独で吝嗇な三十路だった…http://ameblo.jp/kt660cc http://tabelog.com/rvwr/002224433/

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