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ボーカロイド作品の作曲を行うボカロP・ベーシストとして活動、また最近では和楽器バンドのメンバーとしても活動をしている亜沙さん。1月6日に初の自身歌唱アルバム「明正フィロソフィア」をリリースしました。

亜沙さんは、一見女性と見間違えてしまう程の美しさですが、正真正銘男性です。

「中性的な美しさの裏には何かある!」そう思ったSpotlight編集部がコンタクトを取ってみたところ、インタビューが実現しました。

音楽の話はもちろんのこと、Spotlightだけに語って下さった“内緒話”まで、前編と後編に分けてお届けします。

アーティストになるまで

編集部:アーティストになるまでの経緯から聞かせて下さい。

亜沙:15歳頃から楽器を始めたんですけど、当時バンドブーム絶頂期でしてGLAYやラルク、X JAPANを見て「あぁ…かっこいいな…俺もあんな風になりたいな」と思ったのがきっかけでした。それからビジュアル系と言われるシーンの中で、10年くらいバンド活動をしていたんです。でも、昔からアニメが好きで…大学生の頃にニコニコ動画とかが出来始めて、最初は見る側でした。その少し後にボーカロイド(初音ミク)が発売されたんです。「おもしろそうだな」と自分も買って、バンド活動の合間に遊び感覚で曲を作ってニコニコ動画に投稿していました。…全然伸びなかったんですけど(笑)再生回数800くらいでした。他にもボーカロイドで曲を投稿している人はたくさんいて、もちろん人気のある人や再生数がめっちゃ伸びている人もいたわけです。俺はそんな人達を見ながら指を咥えていたわけですけど(笑)「いいなぁ…めっちゃ伸びてる…」って(笑)そうは言っても当時はボーカロイドにそんなに熱があったわけではなくて、メインでやりたかったのはバンドでした。

あくまでもバンドメインの活動をしていた亜沙さん。しかし、“ある曲”の誕生でアーティスト人生に転機が訪れるのです。

代表曲「吉原ラメント」誕生の裏話

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亜沙:俺、コミケでCD出したりもしていたんですよ。当時「コミックマーケット」というものがあると知って、コミケに出てみたいと思ったんです。ただ行くだけではなく、自分が売る側として参加したかった。じゃあ、どうすればいいか?って考えた時に、CD作ればいいんじゃないかと思って、「アニソンっぽい曲を作る」というコンセプトの元にサークルを作ってコミケに参加しました。その時に、コミケのブースで俺の曲を気に入ってくれた子と出会ったんです。その子が後に「吉原ラメント」の動画を担当してくれた小山乃舞世さんなんです。彼女は重音テト(初音ミク等、ボーカロイドに代表される歌声合成ソフトの一種)の元の声をやっていて、『テトで曲作って下さいよ』という話になり、「吉原ラメント」が生まれました。投稿したら「吉原ラメント」がすごく好評で、そこからボーカロイドメインになりました。「吉原ラメント」を作成した時はバンドを辞めたばっかりだったんです。だから旧友には『原点回帰したな』って言われます(笑)

さて、亜沙さんは音楽大学出身とのことですが、音楽大学に入学した経緯や、大学生活はどんなものだったのでしょう?

知られざる音大時代…どんなキャンパスライフだった?

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編集部:音大=クラシックのイメージが強いんですが、実際はどんな音楽を専攻していたんですか?

亜沙:俺が受験する時には、音楽大学の中にもポピュラー系の学科が出来始めた時でした。俺が通っていた昭和音楽大学でもポピュラー系のコースがあって、他に東京音楽大学と洗足学園音楽大学だったかな…数は少ないもののそういったコースがあったんですよ。「昭和音大ならポピュラーがやれる」ってことで入学したんです。

編集部:どんなキャンパスライフを送っていたんですか?

亜沙:キャンパスライフ?キャンパスライフ聞かれたの初めてですね(笑)
音大は専攻楽器があるんですよ。ポピュラー系の学科だったから、エレキギター、エレキベース、ドラム、キーボードとか選べるんです。ベーシストなんで当然ベースを専攻して授業が個人レッスン等を日々受けていました。

編集部:個人レッスン…なかなかハードですね(笑)

亜沙:まあでも、音大だから普通の大学とは少し違うと思いますけどね。廊下で楽器の練習をしている子が多かったりとか。

編集部:授業は真面目に出ていたんですか?

亜沙:全然真面目じゃなかったですよ。どちらかと言うとバイトとバンドがメインで、学校生活は二の次でした(笑)良くない学生の典型的なパターンですね。

※亜沙さん曰く、学校と最寄駅を行き来するバスが1時間に1~2本しかなかったため、バスに乗り遅れた時の「また1時間後にならないと登校できない」という絶望感も、学校から足が遠のいてしまった一因だったそうです。でも、大学生活そのものはとても楽しかったとのこと。

バイトとバンドがメインの生活だったならば、バイトの話も聞こうじゃないか!と、すかさず聞いてみました。

知られざるバイト経験…地獄の工場勤務

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編集部:どんなバイトをしていたんですか?

亜沙:色々やりましたよ。高校生の時は映画館の清掃のバイト。あと工場のバイトですね。延々と検品作業を8時間ですよ!?本当に辛くて(笑)二度とやらないって思いました。他はコンビニと…長くやってたのはコールセンターですね。

編集部:コールセンター、結構きついって聞きますけど…

亜沙:それがねー…俺の働いていたところは良かったんですよ。夜勤だったんですけどバンドマン多かったですね。メロコア系の人が多かったです。

ここまででもかなりギャップを感じますが、まだまだ聞けていないことがありました…。それは「女性と見間違えてしまう程の美しさ」についてです。まずは現在のスタイリングについて聞いてみました。

現在のスタイリングへの過程

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編集部:元々現在のスタイルでやっていたんですか?

亜沙:いや、そういうわけじゃないんです。前やってたバンドもビジュアル系だったので、ある程度コンセプトが決まっていてそれに合わせて衣装も決めていました。「吉原ラメント」を出してからですね。曲に和のイメージがあると思うし、聞いてくれた人たちもそうであろうということで、俺が曲のイメージに寄せていった感じです。その後、和楽器バンドに加入することになって、完全に和の人になりました(笑)自然な流れです。

編集部:アルバム収録曲の「明正フィロソフィー」のMVでは、着物以外のショットもあったのでかえって新鮮に感じました。

亜沙:「明正フィロソフィー」は明治と大正がテーマだったので、時代を考えてとんびを着てみました。

編集部:衣装のアイデアは亜沙さんが出しているんですか?

亜沙:スタッフと相談しながら決めています。ただ、どこかロックを意識したような仕上がりにはしたいと考えていて、今回の衣装にも襟に鋲を打つというアイデアを出しました。

衣装は曲の世界観に合わせているとのこと。しかし、衣装だけであの美しさは作れないはず!編集部は意を決して「美の秘訣」について聞いてみました。

やはり只者ではなかった!亜沙流「美の掟」

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編集部:こうしてお話していると亜沙さんはお肌がキレイですし、ファンの方からも「女子力が高い」と言われていますが美容や健康で気を遣っていることはあるんですか?

亜沙:ありがとうございます(笑)肌はニキビができやすかったので、丁寧にケアした結果改善しました。

編集部:食べ物とかにも気を遣っているんですか?

亜沙:食べ物はカロリーを気にしていますね。20歳くらいの時は代謝が良いから、たくさん食べても太らないじゃないですか。でも「25から30歳くらいになると太るよ?」という話を聞いて、俺は危機感を持ったんです。そこで体型維持のためにジムに通うようになりました。でも体重計に変化がなければ通わないし、ストイックに筋トレしているわけではないですよ(笑)プロテインは飲んでますけどね。美味しいですよ、プロテイン。

編集部:自炊なんかもされるんですか?

亜沙:最近は鍋をよく作ってますね。鍋キューブ、知ってますか?

編集部:知ってますよ。便利ですよね。

亜沙:一人用の鍋にキャベツ、えのき、豆腐、鶏肉とかを入れて…そこに鍋キューブを入れるわけです。キムチ味とか、塩とか…それにハマってますね。鍋キューブ、めっちゃ愛用してます!俺ほど鍋キューブ愛用しているミュージシャンはいない!
鍋キューブからCM来ないかな?(笑)味の素の方、CMお待ちしています!

インタビュー中、終始笑顔を絶やさずポテンシャルの高いギャップを披露して下さった亜沙さん。

後編では、どんなギャップを見せてくれるのでしょう?続きをお楽しみに!

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