野島伸司さんの作品で、いしだ壱成さんが初主演をつとめたドラマ『未成年』からちょうど20年の時を経てー。

なんとSpotlightのためだけに、初となる“同窓会対談”が実現しました。

1988年に脚本家としてデビューした野島伸司さんは、『101回目のプロポーズ』『愛という名のもとに』『高校教師』などのドラマ脚本を手掛け、1993年に『ひとつ屋根の下』で、いしだ壱成さんと運命となる出逢いを果たします。

その後『ヒーローインタビュー』『未成年』『ひとつ屋根の下2』『聖者の行進』『リップスティック』『フードファイト』『アルジャーノンに花束を』と、名だたる作品でタッグを組んだお二人。いしだ壱成さんは、“野島ファミリー”の代表格として確固たる存在へ。

ともにメディアで作品について語ることが稀少なお二人ですが、対談となると初。同窓会トークから、触れて良いものか…な“パンドラの箱”らしからぬ秘話が飛び出しました。

本インタビューは、1993年より野島伸司さんが3年連続で手掛けられた『高校教師』『人間・失格~たとえばぼくが死んだら』『未成年』を総称した『野島伸司三部作』の呼び名にオマージュを捧げ、史上初となる“三部作”でお届けします。

第一部となる本記事では、20年の時を経た『未成年』をはじめとする作品への想いや、撮影秘話を語っていただきました。

『未成年』では、役が役じゃなかった

ーー野島さん作品でいしださんが初主演された『未成年』から、2015年末でちょうど丸20年なんですよね。

野島:早いねぇ。

壱成:そうですね、題材が「浅間山荘事件」をモチーフにしたと聞きつつも、序盤は“青春ドラマ”。仲良すぎるぐらい、主人公の“5人”が本当に実際に仲良くて。変な話、自分たちも“お仕事をする”という感覚はありつつも、まさに青春時代真っ只中でしたんで、それをうまくスタッフの方々に切り取っていただいた印象が残っています。

ーーいしだ壱成さん、香取慎吾さん、反町隆史さん、河相我聞さん、北原雅樹さんの“5人”でした。

壱成:多分、野島さんも意図して書かれたのかな、と僕思ってたんですけれども、その時に思ってたことがそのまま台本に投影されていたり、逆に台本から“そうだよな”っていう気持ちをもらって…みんなで何を話し合ったわけではないんですけれども、“こういうことってあるんだなぁ”って。役が役じゃないといいますか。

先日『アルジャーノンに花束を』に出させていただいた時に、河相我聞くん、“5人”のうちのひとりだったんですけど、スタジオとかあちこちで一緒になって「役じゃなかったよね」「やっぱ野島さん考えてたのかなぁ」「ありのままだったよね」っていう想い出話にも花が咲きました。

壱成:野島さんが書かれたものに、本来であれば「役作りした」とか「ここのシーンこうしよう、ああしよう」なんていうことがみんなあまりないままやっていて、結果それが良かったかっていうのは視聴者の方が判断されることだと思うんですけれども、もうそのまま。ありのまま気のままで。凄く自分たちとしても“削った感”があったと思います。

ーー作品柄、“身を削る”というイメージでしょうか。

壱成:そんな痛々しい意味ではないんですけれども(笑)。“削る”という意味では、ちょっとまぁ、偉そうにいうと“魂を削る”じゃないですけれど、台本読んで泣きましたし…脚本って凄いなぁって

ーー“ありのまま”が投影されていたという台本が、いしださんへのオファー段階で完成していたのか気になります。

野島:なかったよなぁ?あの時はねぇ。

壱成:そうですね。

野島:準稿はあったっけ。(※最終台本の決定稿に至る前のもの)

壱成:はい、8(話分)ぐらいまで。

視聴者が「あの中に入りたい」と思えた瞬間

野島:その前の年に書いたのが『高校教師』だったんだよね。それまで割とストーリーを最初っから決めて、グッ、グッとストーリーで押し倒すような物語を作って。その後『人間・失格〜たとえばぼくが死んだら』っていうドラマもやったんですけど、それもストーリーを全面で、左脳で書く感じだったんです

けど『未成年』は5人のキャラクターを作ったら、勝手に好きなように、ある程度行きたいほうに行かせる。割りかし緩く「ここら辺で立て籠もるかな?」みたいなアバウトな感じで(笑)

ーーその3作品を総称して『野島伸司三部作』と愛されていますが、唯一『未成年』の脚本は、“ストーリーで作り込む”というスタイルは取られていなかったんですね。

野島:キャスティングが良かったので、勝手に動ける。本当にみんな良かったんで…北原意外と芝居うまかったし。あの時の反町くん、物凄く色っぽかったしね。

壱成:そうですね。

野島:とにかくあの時の壱成は、特殊なジェームズ・ディーン感があったから。壱成は“固める芝居”っていうよりも本当にフィーリングで動いてるし、所作ひとつにしても、決められてない中で、勘で。物凄く勘が研ぎ澄まされていて、それでいて独特の色気とか切れ味がある、壱成が大きかったと思いますよ

あの番組観て役者目指したって人は凄い多いんですけども、やっぱり思春期とかで観た、特に男子にとっては、壱成は本当にカリスマだったんだと思いますね

あの時の壱成は本当凄くてね。今でいうと、人気のある役者とかに会うと「あ、なんかあの人来てる!コソコソ」みたいなのがあるけど、たかられてたもんなぁ?

壱成:(照笑)。

野島:ボーリング場とか壱成行くと、みんなワーッて来てたもんねぇ。

壱成:キャラクターとしてなんでしょうね、きっと。(役名の)「ヒロがいる!」みたいな。それぐらいドラマの大きさがあったんだと思います。

ーー友達ができたような感覚ですよね。

壱成:そうですそうです。「おう、ヒロ!」みたいな。自分も嬉しいですし、自分の名前で呼ばれるよりも、役名で呼ばれたほうが。

野島:『ひとつ屋根の下』でも『未成年』でも観てる人が「あの中に入りたい」と思えれば、凄い良い兆候なんだと思う。

ーー当時、5人と友達になりたいな、なんて憧れちゃいました。その中でも、いしださん演じる戸川博人くん(ヒロ)へ、格別に感情移入したことを思い出します。

「何者でもない」ことへコンプレックスを覚える世代

野島:(『未成年』は)ノンポリティカルっていうか、色がない「なんだかなぁ…」みたいなキャラを主役にしてたので、周りはそれぞれに、勉強ができるとかアウトサイダーだったり、エッジが立ってる部分、コンプレックスがあったりするんですけど、主役は一番「あえていうと何?」「何が不満なの?っていえば何が不満なの」みたいな。家もお金持ちだったし、デキの良いお兄さんがいるけど、その兄が弟を嫌っているわけでもなく…。

そういう意味では「何不自由ないくせに、物凄く不自由を感じてた」っていう壱成の役は、凄い難しかったとは思いますね。それはやっぱり、独特の壱成の“中性的な部分”とフィットしたと思います。

ーー何不自由ないからこそ、視聴者は共感しやすかったのかもしれません。

野島:どうなんだろうね?

壱成:うーん…どこか鬱屈としていたのではないかなとは思います。

壱成:(ヒロは)何不自由ないんですけど…家は絵に描いたようなお金持ちで、しっかりし過ぎているお兄ちゃんやお父さんもいる。“自分は…果たして”。今、野島さんもおっしゃった「何者でもない」っていうところに一番コンプレックスがある。“ダチ”だっているのに、不器用だとすれば不器用なヤツ。

野島:それぞれいろんなものはあるけれど、みんなでいるときはふざけたり…。あの世代って、さっきまで笑っても瞬間で悲しくなったり、悲しくっても急に笑ったりできちゃう。

そういう裏の部分をより大事に作ろうかなっていうのはありましたね。だから壱成たちみんな仲良かったっていうのは、とても環境的にも良かったと思いますね。

ーー2015年春、学生たちの春休み時期に合わせて『未成年』が再放送され話題になったことも記憶に新しいです。放送当時とは時代背景が異なる、今の若者からの反響は届いていらっしゃいましたか。

野島:時代的にいうと、やっぱり今の子のほうがどっか冷めてるというか、その頃はまだちょっとバブル後期で「車何乗ってる?」的な名残があるけど、今の若い子は逆に「車?要らない」みたいな(笑)。

逆をいうと「あんまり他人と比べるな」的なのは『未成年』の主張としてはあったんですけど、今は「別にいいよ」みたいな、プライベートを優先するっていう若い子が増えてるんで、また全然違うとは思いますけどね、感覚とか。

壱成:再放送終わってから現場がいくつかあったんですけれども、冷めてる世代、さっくりいうとあまり反抗したがらない二世代下の子たちが「博人くんたちみたいに、何かしらにそれぞれあって抗っているという姿勢っていうのは、凄い火は着いた」と言ってくれることは多かったです。極端な話「凄く小さくて何もしてない自分が、ちょっと恥ずかしく思いました」とか…。

壱成:同じ画の中で、2人は喜んでいるけれども、反町くん(役)だけが「チキショー!」ってなっている、そのすれ違い。野島さんがさっきおっしゃった瞬間的に感情がポンポン変わっていく…「あれってやっぱり人間ですよね」っていう話も聞きました。

生まれて初めて、“人間として火が着いた”

ーー『未成年』をはじめ、今なお語り継がれている作品で数多くタッグを組まれた野島さんといしださんですが、その中でも想い出深い作品やシーン、セリフなどをお伺いしたいです。この質問自体が難しいものかと思うのですが、あえて挙げていただくとするならば…。

壱成:もちろん全部の…難しいですよね(笑)。

『ひとつ屋根の下』でいうと、「うちのあんちゃん(江口洋介さんの役)が一番かっこいいんじゃねぇかってさ」っていう工場の中かな、あんちゃんは頑張って最後(マラソンを)走っていて、自分は身を呈してねぇちゃん(酒井法子さんの役)を助けに…。

あの時、“人間として火が着いた”っていうのが、生まれて初めてでした。そこまで、“誰かになる”ということはなかったですね。

壱成:あとはやっぱり『未成年』になるんですけれども、もう全部ひとつひとつがやっぱり凄く想い出はあるのですが…あの廃校に立て籠もるシーン、全部ですね

もう感情的には(役柄の)みんなマックスなわけですよね。立て籠もる、もうそもそも未来はないとマスコミにも言われているし、生中継で全国に流れていて、でも誤解だと。誤解なんだけれども…伝わらない。若者たちの、本当の素顔のシーン。

あの時の撮影の話になってしまうんですけれども、みんな疲れとかではなくやっぱり佳境になってきて、よくケンカがあちこちで起こっていたんですね。ケンカっていってももうじゃれ合いから始まったような、役の延長だったりするんですけれども。要はみんなテンパってるわけですよ、単純に。

で、ケンカがガーッと後ろで始まったんで、「神谷(河相我聞さんの役名)止めに行くぞ!」って我聞くんと僕で。僕は反町くんを押さえ、我聞くんは慎吾ちゃんを押さえ「離せコノヤロー!」みたいな(笑)。スタッフさんみんな、待ってくれてて(笑)。

野島:過酷だったんで、ADも倒れたりしたんだよね。寝ずにやって、過酷すぎて。撮影自体も凄いハードだったっていうのもありますよね。

ーー劇中で廃校に立て籠もる5人が、寝ずに機動隊の見張りをしていたシーンとも重なります。

野島:まぁやっぱり(TBS 演出家の)吉田健さんが、粘るからな(笑)。極限までやらせるみたいな。

壱成:狙ってたんでしょうね。

『未成年』とは好対照の『聖者の行進』

壱成:特になんですけれども『未成年』と『聖者の行進』って好対照だったと思うんです。『未成年』がみんなあまり演じてないし、その場の空気で、大事にやってたんだとしたならば、『聖者の行進』というのは凄い細かい一挙手一投足にしても、かなり気を遣う。

ーー『聖者の行進』は、いしださんが演じられた町田永遠くん(とわ)をはじめ、主要人物が知的障がいがあり、実際に起きた「水戸事件」をもとにした作品でした。

野島:テクニカルな部分がけっこういるんで、本当は壱成は悩まない、どっちかっていうと乗り移る系の役者だけど、けっこう悩んでたよなぁ。

壱成:はい。

野島:それには乗り移れないな、っていう感じがあったのかもしれない。壱成はどっかからは吹っ切れたんだろうけど。

壱成:やっぱり触れてはいけない部分を触れなきゃいけないシーンはあったり…。

野島:知的障がいの度合いもみんなそれぞれ違うんですよね。だから手探りでやらなくちゃいけなかった。

壱成:それこそ、吉田健監督には凄く粘られたというか、最初のほうは何やっても、うーん、みたいな感じ…それこそ勘だけではちょっと寄り付かない所も多少ありましたね。

「やっぱり『未成年』の壱成は独特だった」

ーーでは野島さんにとっての想い出深い瞬間を、あえてひとつだけ挙げていただくとするならばどちらでしょうか。

野島:僕はやっぱり『未成年』の壱成は独特だったと思いますね。最終回で引きずり倒されて、パトカーの中の後ろにいる壱成のラストカットが、“凄い、いい顔したな”みたいな。独特の顔するんだよね、壱成は。意図してないような芝居なんだけど、ちょっとどっかいっちゃってるような、いい顔する瞬間が壱成にはある。それはお母さんの血なのかもしれないけどね。壱成には独特の“レゲエ感”がある

壱成は通常の役者とは違うアプローチというか、種類が違うんで、例えば壱成が役者に教えようとしても、教え辛いような、本人独特のものがあるとは思いますよね。

まぁ、壱成は長嶋茂雄!こうやって、パーン!こうやって打つんだぞ、パーンって。

(一同爆笑)

野島:(笑)。テクニカルじゃないところなんです。

時を超えて私たちの心に詰まされる作品への想い、そして撮影秘話はもちろんのこと、初めて触れる野島伸司さん×いしだ壱成さんの掛け合いに吸い込まれた第一部のトーク。第二部・第三部では、今までメディアが踏み込めなかった、お二人の神髄に迫っていきます。

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