記事提供:長谷川豊 公式ブログ

実は、現在99歳の祖父が…もう間もなく天国に旅立とうとしています。まっすぐに仕事に励み、戦後の日本を支えてきた、まさにど真ん中の世代です。

戦争を体験し、捕虜となり、自力で逃げ出し、日本へと帰還したときの話など、他では絶対に聞けない話を、私は何度か聞かせてもらってきました。「もってもう数日でしょう」医師に言われてから、まだ、祖父の心臓は動き続けています。

まるで、命のろうそくを絶対に消してはいけない、と最後の意思を示しているように。もちろん、私もいい大人なので、お別れが近いことくらい分かっていますし、こちらも堂々と胸を張って送り出してあげなければいけない、と考えているところです。

さて、随分先延ばしになっていましたが、フランスで起きたテロの時に、私が感じた思いを綴ろうと思います。

私がアメリカのニューヨークに赴任したのは、2010年のことでした。旅行や取材では多数の国に行ってきたものの「生活する」となると話は違いました。

異なる文化の中で苦労をしながらも、多くのニューヨークに住むアメリカ人たちの暖かな思いやりと優しさに触れ、私たち家族5人はよちよち歩きながらも、異国での生活をスタートさせていました。

そんな触れ合いの中で、私の中のアメリカ人のイメージは、それまでとがらりと変わりました。

日本に住んでいる当時、私はアメリカという国に対して、あまりいいイメージを持っていませんでした。乱暴な論調。乱暴な外交。自分たちだけが良ければいいという身勝手さ。

しかし、実際に接したアメリカ人の多くは、日本人のそれよりもはるかに優しく、温かく、何か困ったことがあるたびに「May I Help You?(私に何かできることはない?)」と聞いてきてくれました。

その一言一言が、どれだけ暖かく、私たちを勇気づけてくれたか。

しかし、その印象はもろくも崩れました。

アメリカを大好きになり、アメリカ生活になれ始めていた2011年に入って数か月のころ私は取材で南部のテキサスという州に行きました。

テキサスからオクラホマ。アメリカの中南部と言われる地域に、ある殺人事件の取材に行った時のことでした。

アメリカのことを大好きになり、アメリカのことをしきりにほめていた私に、取材に同行してくれた現地のスタッフが助言してくれました。

「ハセガワさん、気を付けて。テキサスは、ニューヨークとは違うから」何を言っているのか、体験するまでは分かりませんでした。

ひょっとしたら、デリケートな殺人事件にまつわる取材でもあったために、住民たちが気が立っていた部分はあるのかも知れません。

しかし、私が取材に行ったある町では、その街を出ていくまで、ほとんどの住民に、極めて差別的な、極めて侮辱的な、「日本人」という人種自体を侮蔑する言葉を浴びせられ続けました。

まさに、私がもともとニューヨークに行く前に、アメリカという大国に感じていた、その姿そのものでした。

また、別の時にある教育機関に取材に行きました。このエピソードはあまりに印象的だったために、私の書いた本の中にも紹介してあるのですが、「Atomic bomb(原子爆弾)」)について、取材をしていたところ、あるアメリカ人から声をかけられました。

「礼を言えよ」

そのアメリカ人は「アメリカの一般的な常識」を私に押し付けてきました。

「白人よりもはるかに劣るアジアのイエローモンキーが」

「白人よりもはるかに弱いくせに我々白人に逆らった挙句」

「パールハーバーで卑怯きまわりない奇襲攻撃をし」

「多くの同胞を殺した挙句、敗戦濃厚になっても竹やりで飛行機を突っついてくる」

「そんな愚かな行為をやめさせるために、神がアメリカだけに与えたもうた原子爆弾という『神の矢』によって…」

戦争を終わらせ、無駄な犠牲者を減らして「あげた」のだ。礼を言え。

と言ってきたのです。悪気を持って言ったのでも、侮蔑の意味で行ったのでもありません。そのアメリカ人は、心の底からそう思っているのです。それが正しい真実だ、と。

そして、実はその後、私も勉強して知るのですが、世界的な基本的な標準の意識は、そのアメリカ人の意識の方がよほど「常識」なのです。だって、竹やりで突っついていたことは事実なのだから。

私たちは唯一の被爆国(被害者)なのだ~

という被害者感情など、基本的には世界の中で日本だけの感覚です。世界では、今から70年前の日本は、明確にバカで愚かな「加害者」なのです。

今年は戦後70年です。私は、テレビ局の局アナウンサーとして勤めている間、暇さえあれば、国会に取材に行っており、会見と会見の合間など、暇な時間を使って、国会の横にある「国立国会図書館」に足を運びました。

もちろん、勤勉で、勉強熱心で…というものではありません。単なる暇つぶしでしたし、単なるカッコつけで行っていたんです。でも、国会図書館には驚くほどの資料が閲覧可能な状態となっており、特に私の興味を引いたのが「戦時中の新聞」でした。

紙面がそのまま残っているのです。もちろん、中身も当時のままです。若い皆さん、知ってました?朝日新聞も読売新聞も、戦争前からの新聞なんですよ?

今読むと、本当に面白くて…という話は置いといて、興味深かったのは当時のモラル感というか、価値観についてです。

一言で言いましょう。くそ真面目。

それ以外に表現できないほどに当時の日本人が「真面目すぎるほど真面目」であることがうかがえます。

例えば、これは私がMCを務める番組でも紹介したのですが、昭和7年の読売新聞の読者投稿欄…いまでいうところの質問コーナーのような欄があり、そこにこんな質問が来ていました。

「私は結婚前の17歳の女子です。お兄様のように慕っていた近所の男性に、突然、接吻をされました。私はどうしたらいいのでしょうか?」

「男女七歳にして席を同じうせず(男と女は7歳になったら隣の席などに座るものではありません)」という価値観をリアルに持っていた世代です。謝るときは、本気で腹を掻っ捌く(かっさばく)文化が残っていた時代の価値観です。

私は、よく「南京大虐殺など、本当にあったとは思えない」「従軍慰安婦問題は政府が強制連行など、絶対にしていないと思う」と言い続けているのは、当時の日本の価値観に触れ、当時の日本人たちがどれほどバカみたいに、アホみたいに…

くそ真面目

だったかを知っているからです。今でも価値観を変えるつもりはありません。南京の虐殺や、従軍慰安婦の「政府主導による」強制連行など、『明確な文書などの証拠』がない以上は、絶対に認めるべきではないと思います。何故かというと…

それは、まさに西洋人の文化、そのものだからです。

アメリカで学んだ多くのことの一つに、「白人の中には、本当に、リアルに、未だに『白人が最高の人種なのだ』と信じ込んでやまない人がかなりいる」という事実です。

日本では、今、アメリカ大統領選挙の有力候補として、あれほどの差別発言を繰り広げているドナルド・トランプ氏が挙げられていることに違和感を感じる人も少なくないでしょう。でも、私はとてもよく分かります。

アメリカ人の一部の人は、残念なことに、そもそも「白人だけが楽しい世の中であるべきだ」と心から感じていることは事実です。

逆に言うと、劣化民族である黄色人種や黒人など、白人のためには死んでも問題ないし奴隷で十分と「本気で」感じているんです。

今の、戦後70年間、GHQに支配され続けて、洗脳教育を受け続けてきた皆さんには、どうか戦後70年、もう一度、当時の正確な資料を基に「当時何があったのか」を学びなおす必要があると、私は感じています。

1900年前後、世界は完全に狂っていました。時代そのものが「狂気」だったのです。

アメリカ大陸にいたインディアンたちは、「世界一優秀で見た目も美しい」白人の皆さんに銃撃され、虐殺され、追いやられ、土地も生活も人生もすべてを奪われました。

そして、白人の皆さんは笑顔でこう叫びました。「俺たちは『開拓者(フロンティア)』だ」と。

東南アジアには「世界一優秀で見た目も美しい」白人の皆さんが次々と侵略していきました。インド・インドネシア・マレーシア…アフリカのみならず、東南アジアの諸国はそのほとんどが欧米の…要は白人社会の「植民地」となっていっていました。

レイプ・人身売買。当たり前のように人権など無視される社会。奴隷として本国に売られ、強制的に労働させられる人たち。

今の日本社会は、なぜ、歴史の教科書で、そのような黒い歴史があったことを克明に描かないのか不思議ですが、

ヨーロッパ諸国は、アジア人たちやアフリカ人を、心の底から「劣等民族」として思っており、行く先々で、極めて野蛮な行為を繰り広げてきていました。

アメリカでも、黒人を蔑視する歴史を報じる前に、残虐の限りを尽くして、インディアンの土地を奪っていったことを、もっと報じるべきです。まだ200年程度前でしかない、人類の恥ずべき歴史を。

私が中国南京の大虐殺や韓国人女性を政府ぐるみで強制連行し、従軍慰安婦としてレイプしていた、という話にどうしても共感がしきれないのは…

それらの姿って…欧米諸国の侵略行為の時になされていた行為、そのものの姿だからです。

そして、私が目にした戦前の日本の新聞や書籍から見る、日本人らしい表現や男性・女性の考え方が、それらに全くリンクしないからです。

ちなみに、欧米諸国の一つの特徴として「自分たちが納得するために平気でウソをつく」文化も忘れてはなりません。皆さんも忘れていないことでしょう。中東・イラクに戦争を仕掛けるために、アメリカは堂々と世界に対して、

「イラク・フセイン政権は大量破壊兵器を保持しているのだ」

と吹聴していましたが、イラクを攻め落とした後、しれっと「そのような事実はなかったようだ」と報告していました。

アメリカの、白人たちの大国の論理とは、今も昔もそれほど変わっていないような気がしてならないのです。

フランスで同時多発テロが起きたとき、私はフランスに住む友人を憂いましたし、心配しました。

ニューヨーク経由で献金もしましたが、同時にFacebook上で自身のプロフィール写真をトリコロールカラーに染めている日本人たちに対して、いくつかの理由を挙げて「それらは愚かな行為ではないだろうか」と疑問を呈しました。

一部の人たちには、その私のコラムが不快に覚えたのでしょう。「ハセガワは世間の逆の意見を言えば炎上する、と思っているのだ」「いつもの逆張りだ」

私の意見を笑うのは全く問題ないですが、ではそんな悲しい言葉を懸命に書き込んでいた皆さんに改めて問いたい。あなた方は、「フランスだけを支援している」と受け取られてもしょうがない行為をしているのだが、それでいいのか?と。

今、中東では、アメリカだけではなくフランス空軍によっても、連日のように空爆が行われています。無人爆撃機ドローンによって、罪もない人々が次々に殺害されています。

他国同士が、戦争をしているのです。我々日本人がそれに加わる必要などないのですが、本当に「アメリカやフランスの犠牲者側だけに立っていて」もいいのでしょうか?それらは真剣に問い、考える必要があると思うのです。

第2次世界大戦前、日本は欧米諸国にこのままだと、他の東南アジア諸国と同じように攻め込まれ、隷属させられると考えたのではないでしょうか?暴走した軍部がいたことは間違いなく事実でしょう。

でも「戦争に負けたから」と言ってそこから考えなしに

「戦争ハンターイ!」「戦争は何が何でもダメ!」

と考えることは、間違ってはいないのですが、なんというか…あまりにも考えが浅すぎるような気がしてならないのです。

戦争をした人間をなじることは簡単です。戦争で負けた人間をバカにすることは単純です。

しかし、あの戦争の時、私の祖父たち、多くの日本人は、本気で日本に住む家族や子供たちを守ろうとして戦ったのではないかという気もしてならないのです。それくらい、欧米諸国は、卑怯で間違った人殺しを平気でする、という側面もあるのです。

読売新聞の質問コーナー。

「私は結婚前の17歳の女子です。お兄様のように慕っていた近所の男性に、突然、接吻をされました。私はどうしたらいいのでしょうか?」

と問う、17歳のお嬢さんに対して、読売新聞の回答には次のように書かれていました。

「まずは窓を開けなさい。そして、深く息を吸い、そして吐きなさい。あなたがしたことは、ここだけの話にして、ほかの誰にも話してはいけませんよ」

キスをされただけで、このように回答する国の若者が、戦下とは言え、30万人もの人を虐殺して平気でしょうか?

お嬢さんに対して「まずは窓をあけなさい」と語りかける国の国民が、軍の統治下で何人もの女性を引きづっていき、レイプするのでしょうか?所詮、私の印象論でしかないことは重々承知ですが、あまりにも、それらの話は…

白人たちの侵略行為っぽいのです。日本人っぽく思えないのです。

戦後70年という節目の年が、もうすぐ終わろうとしています。そんな年に、99歳の私の祖父は天国へと旅立とうとしています。

彼らが戦ってくれたから、私たちは日本人として前を向いていられる側面もある気がします。

「戦争に負けた」ということよりも、祖父たちがあの時代、あの狂気の歴史に立ち向かい、戦ってくれたんだ、ということを…私は歴史を歪めて冒涜するつもりにはなれない。

今の時代に、最も恥ずべきは、こういうことを言うたびに「ハセガワはネトウヨだ!」
「戦争したいだけだ!」と話を捻じ曲げ、

勉強もせずに、歴史におびえ、真実を学ぼうという努力を放棄し、単純に「自分と違う意見をレッテル張りして排除しようとするだけの連中」だと思っています。

そんな連中に負けず、これからも私は自身の思った感覚、価値観や歴史観は発信していこうと思っていますし、書き綴っていこうと思っています。

今日は随分、長い文章となりました。あくまで私個人の戦争観です。お読みいただき、感謝します。

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