先日、奈良・東大寺の「奈良の大仏」の螺髪が定説の定説の「966個」ではなく、半分の「492個」だったことが話題になりました。今回はあまり知られていない大仏にまつわるエピソードをご紹介します。

正式名称は毘盧遮那仏(びるしゃなぶつ)

奈良の大仏は毘盧遮那仏という法華経の仏様です。毘盧遮那仏の化身がお釈迦さまであるといわれたり、密教の大日如来と同一視されることもあります。詳しく説明すると難しくなりますので、ここではお釈迦さまと同等か、それ以上に偉い仏様だとしておきましょう。

仏さまをあらわす三十二相

悟りを開いた仏さまには「三十二相」とばれる身体的な特徴があります。よく知られているのは「螺髪(らほつ)」。右巻きに巻かれたパンチパーマ状の髪型のことです。

お団子を結っているように見える頭の出っ張りは「肉髻(にっけい)」といい、生まれつきのものとされます。

眉間にあるのはホクロのようなものは「白毫(びゃくごう)」という毛の塊です。伸ばすと四・五メートルある白い毛を右巻きに巻いています。じつは仏様の体毛はすべて右巻きなのです。

手足に河童のような水かきがあるのは、すべての人々を取りこぼしなく救うという意味です。

他にも「歯が40本ある」「顔を覆って生え際まで届くほど舌が長い」など驚くべき特徴があるのですが、仏像ではみられません。

ハンドサインの意味

仏像の手の形や指の組み方は「印」と呼ばれ、それぞれ意味があります。奈良の大仏の場合、右手は安心を与える施無畏印(せむいいん)、左手は願いを叶えるサインの与願印(よがんいん)です。

施無畏印

手を上げて手の平をこちらへ向けた印。恐れなくてよいと励まし、安心を与える。

与願印

手を下げて手の平をこちらへ向けた印。願いをかなえる。

このニつの組み合わせを施無畏与願印といい、「怖がらなくて大丈夫。話を聞いてあげますよ」という意味になります。

この印は仏像を見分けるときにもにも重要な判断材料となります。鎌倉の大仏は浄土宗・浄土真宗でとくに信仰されている阿弥陀如来です。

両手を足の上で組んでいます。これは阿弥陀定印といって、阿弥陀さまの瞑想状態をあらわしています。

お釈迦さまと阿弥陀さまはよく似ていますが、阿弥陀如来は指を丸めた独自の印を結ぶので区別できます。

大仏はなぜつくられたのか

大仏建立は七四五年に聖武天皇の号令ではじまり、七五ニ年に魂を入れる「開眼供養」が行なわれました。

天然痘の流行や飢饉、政争や社会不安が蔓延していた時代、国の安寧を導く願いを込めて作られたといわれています。当時の人々は仏像や読経の力で災いを防ぐことができると考えていました。

奈良の大仏は14.98メートル、立ち上がると30メートルを超える巨大な仏像です。これほどまでに大きな仏像が作られた理由は、仏像は大きければ大きいほどパワーが強いと信じられていたことにあります。

天下泰平を願い、京都、鎌倉といった首都やそれに準じる都市にはこぞって大仏が作られるようになりました。

不可能を可能にしたカリスマ僧侶

莫大な資金と労働力を必要とする大仏建立は、当時の国家の力だけでは実現不可能でした。

この困難な事業に大きく貢献したのが法相宗の僧侶・行基。行基は官僧(国家公務員的な僧侶)を離脱し、布教活動と社会救済活動をしたことから弾圧の対象となっていましたが、民衆からの人気は絶大。

聖武天皇に協力を求められた行基は、その行動力とカリスマ性で民衆の寄付を集め、建立事業の要となりました。後に行基はその功績が認められ、大僧正に任命されます。

開眼供養会はインド僧の菩提僊那(ぼだいせんな)が執り行い、一万人の僧が参加したといいます。大仏建立は民衆の心を一つにする壮大な国家プロジェクトだったのです。

大仏の前に立つ時、現代人はその大きさに驚くとともに、作り手の情熱に圧倒されることでしょう。

【参考文献】
『知識ゼロからの仏教入門』(長田幸康著/幻冬舎)
『仏教入門』(松尾剛次著/岩波書店)

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華蓮 このユーザーの他の記事を見る

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