前回:ー2008年10月。嫌々行ったフットサル。そこにいたのは…

運命の再会を果たした二人はその後、週末は一緒にランニングをしたり、思い出のスキーにも行ったり、デートを重ねゴールイン。そして2015年。43歳になったとおるは、同じ会社に務め続けている。最近は、現場から離れたものの会議の多さに辟易していた。

そんなとおると35歳になった沙也香には結婚とほぼ同時に生まれた5歳になる息子、翔がいる。家族3人順風満帆かと思った矢先、とおるの様子がおかしい。元々家事は手伝わないし仕事が忙しくて家庭を顧みないタイプではあったけど、最近は妙にイライラしている。そんなとおるに沙也香は知らず知らずのうちに不信感を持っていた…。


――2015年、12月。

我が家の朝はいつも、戦争だ。

早朝、息子の幼稚園用にお弁当を作り、息子を起こす。ぐずる息子をなだめながら必死に着替えさせ、朝ごはん。息子は「あんしんちてください、たべてますから」と最近流行のお笑い芸人のマネをしている。

すきを見て洗濯機を回し、パパを起こして、時間になったら息子を電動自転車に乗せ、通園。

パパと結婚したのは、運命の再会を果たしてから約1年後の2009年冬。そんなに急ぐつもりはなかったけれど、いわゆる“授かり婚”だった。

妊娠を期に、5年以上勤めた出版社はやめた。今は、時々ライター仕事を貰って、家事の合間にネット記事などを書いている。今住んでいるマンションは東京都と神奈川県のちょうど県境あたり。5年前、30年ローンで購入したからパパの定年前には、ギリギリ返し終わる予定だ。

息子を送り届けヘトヘトで帰ってくると、パパはすでに出社した後だった。

捨てればいいティッシュもテーブルの上に放置。食べ終えた食器も、テーブルの上でカピカピに乾いている。台所まで持ってって水を張ってくれるだけでいいのにな、と思うけど、どうせやってくれないから、小言も言わないようにしている。

「少し休んでから洗おう……」

リビングのソファに腰かけ、スマホを開く。朝のこの時間は、私にとって恒例のSNSパトロールタイムだ。今日は誰が、どんな日常をあげているだろうか。前職の同僚や、10年以上会っていないような同級生達。そんな彼らの生活を垣間見ることは、今の私にとってちょっとした楽しみだった。

SNSを覗くと、まっさきに飛び込んできたのは幸の投稿だった。高校時代、大親友だった幸。結局別々の大学に行き、今では数年に一度地元で会う程度の仲になっている。

開いたスマホには…

『今日は主人がお休みなので、家族でデート♡
 お昼は近所の公園でピクニックして、夜ごはんはみんなでカレーを作りました☆
 明日の幼稚園の送り迎えもよろしくね、パパ(^ ^)』

幸のダンナさんは、SNSを見るかぎり本当に家庭的だ。毎日の幼稚園送り迎え、掃除、洗濯。盆と正月には毎回旅行にも行っているらしい。

もちろん、これが全てだとは思っていない。誰だって、良い面だけをSNSで垂れ流してるんだ。わかっている、でもやっぱり、羨ましいと思ってしまう。

うちのパパは、平日に休みなんか絶対取れないし、土日だって仕事になることが多い。たまに休みが取れても、疲れ果てて一日中寝てるだけ…。

その日は、12月とは思えない程暖かい週末だった。

「ねえ、パパ。一緒に公園行こう~」

昨日も午前様だったパパを、朝イチでおそう息子の翔。忘年会シーズンの12月は、営業職であるパパにとって地獄のデスロード月間だ。最近は何か悩みもあるらしく、特に考え込んでいる様子。

しかし、動きたい盛りの息子は、そんなことなどおかまいなしだ。

「ねえねえねえねえ~」

なんどもパパの布団にダイブし、起こそうとする翔。子供って、何でこんなにも反復運動が好きなんだろう。こうなったら、もう誰にも止められない。から、私も止めない。

「わかった、わかった!公園行くから!お腹にダイブするのはやめなさい!!」

どうやら、今日の勝負は翔の粘り勝ちのようだ。

うちから歩いて5分ほどの場所にある公園は、翔一番のお気に入りの場所だ。私はほぼ毎日来ているけれど、もしかしたらパパは初めてかもしれない。

「パパ!見て!見て!!」

嬉しそうに滑り台で遊ぶ翔。しかしその時、パパの携帯が鳴った。

「はい、宮野です…はい。すいません、まだ結論が出せていなくて…」

コソコソと喋りながら、少し離れた場所に移動する。5分くらいしゃべりやっと戻って来たかと思うと、また電話が鳴った。

「また?何かトラブル?」

本日4本目の電話に、知らずと声がとがってしまう。

「ごめん、俺いったん家帰るわ」

「は?なんで?」

予想外すぎる言葉に、かなり刺々しい反応をしてしまった。

「大事なメールがくるからさ」

「メールチェックなら、スマホでできるでしょ?最新機種が良いって、こないだ買い替えたばっかりじゃん!」

「ごめん。ちょっと急ぎだから」

出た、お得意の「ごめん」。何があっても、謝れば許されると思ってるのだろうか。

「まだ翔と全然遊んでないじゃん。あと30分でも待ってもらえないの? 」

「難しい…と思う」

「『と思う』って何?翔とクライアントと、どっちが大事なの?」

直後、しまったと思った。家庭と仕事どっちが大事かなんて、一番言いたくなかった台詞だ。でももう、取り消すことはできない。ここで引き下がったら、何かが終わってしまう気がする。お願いだから、もう少しだけここにいて。家族の方が大事に決まってるだろって、言って。お願い…!

「…あれ、翔?」

しかし次の瞬間、パパがつぶやいた言葉は、私への返事でなく、翔の名前だった。

「え? 翔が何? どうかした?」
「さっきまでそこにいたのに……どこいった?」
「……!」

慌てて、辺りを見渡す。さっきまで遊んでいた滑り台から、いつの間にか消えてしまっている。隣のブランコにも、ジャングルジムにも、その姿は無い。

「ウソ…翔? 翔!?」

気が付いたら、私は走り出していた。噴水の影、樹の上。翔が隠れそうな場所、好きそうなスポットを必死に探して回る。しかし、どこにもいない。

「どうしよう…どうしよう!」

事故か、誘拐か。最悪の事態ばかりが脳裏をよぎる。

――しかしその時、近くに置かれたドカン型遊具の中から…


「クスクス」

パパと二人で、慌ててドカンの中を覗き込んだ。するとそこには、とても楽しそうに笑う翔の姿があった。

「翔!!」

見つけた安堵が涙に代わりそうなのを必死でこらえ、翔の元に駆け寄った。

「何笑ってるの!」

「だって、パパとママ、おもしろいんだもん。いっぱい走って、おもしろい!ぼくもかけっこする!パパとママと、一緒に走る!」

そう言って、駆け出す翔。

「あ、待って!」

その時、私はやっと気が付いたのだった。翔は、喧嘩する私たちを笑顔にしたくて、かくれんぼをしていたんだ。一緒に遊べばきっと笑ってくれると、楽しんでくれると思って、自分なりに一生懸命考えてくれてたんだ…。

こみ上げてくる涙を必死でこらえていると、パパが私の手をぎゅっと握って、言った。

「あんな事いわせて、ごめん」

「ううん、私こそ、ごめんなさい」

「ほら、ママも一緒に走ろう。おっと、その前に」

パパはポケットからスマホを取り出すと、電源をオフにした。

「これで、よし。さーっ、走るぞー!!」

走るパパ。一緒に駆け出す翔。私もあとを追って駆け出した。あんなに楽しそうな翔を見るのは、久しぶりだ。いや…私もだ。広い公園の中を追いかけっこして思う存分に走った。

「はい」

ちょっと疲れた私が座るとパパが、アクエリアスを買ってきてくれた。7年前に再会して以来、二人で運動した後は必ずこれだ。

「実は…昔から良くしてくれている会社の社長にヘッドハンティングされてるんだ」

さっきの電話はそれだったんだ、とパパは言った。最近ずっと悩んでいる様子だったのはそのせいだったらしい。転職には興味がある。しかし転職にはリスクが伴う。まだ小さい翔を抱えてそんな冒険をしていいのかと、一人でずっと悩んでいたのだ。

「とおるさんは、やってみたいんでしょ?」

私は、自然とパパの事を名前で呼んでいた。子供が生まれて以来、初めてかもしれない。

「うん」

少年のような瞳でそう答えるとおるさんに、私は言った。

「じゃあ、やってみればいいじゃない」
「でも」
「でも、じゃないでしょ。『やってみなきゃ、わかんないよ』

それはかつて、とおるさんが私にくれた言葉だった。悩んだ時、立ち止まってしまった時。いつだって二人を救ってくれた、魔法の言葉だ。何かを思いだしたのか、“とおるさん”は昔のようにニカッと笑ってくれた。

「…ありがとう」

そう言うと、12月だというのに汗をかいた額をぬぐい、アクエリアスをゴクゴク。今までもモヤモヤも一緒に飲み込んでしまうような盛大な飲みっぷりに思わず見とれてしまう。

「『ぷはーー』」

と、いつかの私のマネをし、昔のようないたずらっこな微笑みを残して電話をしに離れていった。

春が来たら、また走りに行こう。

新しい試練がこのあともくるだろう。でも、まず挑戦してみる。一生懸命がんばれば、スキーのあとの、またフットサルのあとのアクエリアスのように、気持ちいい瞬間が待っているはず。

「やってみなきゃ、わかんない」。この言葉を胸に、これからも私たち家族はもっともっと“走り”続けたいと思った。

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