前回:ー1997年2月。ルーズにプリクラ…典型的な女子高生“沙也香”が出会ったのは…

宮野とおる、25歳。大手の広告代理店で営業職を担当する25歳。仕事のうっぷんをはらしたくて、週末スキー場へと向かった。偶然知り合った女子高生(沙也香)と雪山を楽しみ、スキーを教えアドバイスまでした彼。リフレッシュしたと思ったのもつかの間で、東京についたとたんトラブルを知らせる電話が鳴った。今日も朝からすし詰めの通勤電車に揺られ会社へと急ぐ。

――1997年、4月。

通勤途中の電車内。今日も朝から、携帯電話が鳴り続けている。

大学のときに流行ったポケベルは、結局最後まで持たなかった。暗号みたいな文字列でやりとりするなんて、何が楽しいかわからなかったからだ。携帯電話だって、本当は持ちたくなかった。確かに便利だとは思うけれど、同時に少し面倒くさいし、重い。

昔から、わりと面倒くさがりな性格だったと思う。流行にもほとんど無頓着。大学の時に開幕したJリーグ(※1)は今でも好きだけれど、顔にペイントしたり、チアホーン(※2)を吹いたり「オレオレ」叫んだりして応援したことは一度もない。

恋愛に関してもそうで、女の子は好きだけれど恋人となるとどうも二の足を踏んでしまう。そのせいか、「冷めてる」と言われることがよくある。事務の子にも、いつも「怒ってるんですか?」って言われるし。自分的には、普通にしているだけなんだけどな。

唯一の趣味は体を動かすこと。悩みがあるときや、ストレス発散したいときは、1人でスポーツをする。スポーツは何でもよくて、大事なのはこの「1人で」っていうところ。

友だちだろうが彼女だろうが、誰かがいると疲れるだけ。…あ、でも。この前東北のスキー場で女子高生と滑ったのはおもしろかったな。あの時は不思議と疲れなかった…。きっと、お互い名前も立場もしらない距離感が良かったんだと思う。

でも確か、あの日も帰りにトラブルの電話がかかってきて…ああ、思い出すだけでブルーだ。やっと組めたCM撮影も、タレントの密会写真がすっぱ抜かれてバラされて。せっかくクライアントのお気に入りで、俺たちも仕事しやすかったのに。な〜んか、最近熱くなれねえな…。

入社したころは、毎日仕事が楽しかったのに。いつから、こんな風になったんだろう。

「今週末ゴルフ行けるか?」

鳴り続けていた携帯電話の用件は、課長からの「今週末ゴルフ行けるか?」というお誘いだった。もちろん、ただのゴルフじゃない。いわゆる接待ゴルフというやつだ。しかも相手は、最近トラブル続きの取引先。

広告代理店に入社したのは、クリエイティブな仕事をしてみたかったからだ。しかし、配属されたのは営業。最初の頃は、慣れない作り笑顔でがんばったりもしたけれど、最近はその努力もあまりしていない。

業界では最大手と言われる会社に運よく入れたけれど、バブルの余韻はもう無い。先輩方も勢いばかりで、権力に迎合するばかり。自分もそうすればいいんだろうけど、どうしてもうまく立ち回れない。

やっぱり、この仕事は向いてないのかもしれないな。最近、ずっとそればかり考えている。

接待ゴルフ当日。

憎たらしいくらい晴れ渡る青空。本当は近所の公園で1人でジョギングでもしていたい。

「ナ〜イスショットッ!」

取引先の社長様が放ったヘナチョコショットに、たくさんの声援が飛ぶ。俺も、心ばかりの拍手を送る。

「おい、とおる」

途中、2年先輩の原口さんが声をかけてきた。相変わらず香水の匂いがキツい。噂によると、女子大生の彼女とペアで買った香水らしい。前に一度、プリクラを無理やり見せられたことがある。髪には驚くほどのシャギー、上目使いのキメ顔、原口さんの給料で買ったんだろうブランドバッグ。何がいいのか、さっぱりわからない。

「なんですか」

すると原口さんは、香水くさい体をぐっと近付けて、険しい顔で言った。

「おまえ…少しは考えろよ」
「え?」
「スコアだよ。マジで競ってどうするんだよ」

正直、この言葉には驚きを隠せなかった。今でも十分、押さえてるつもりだ。返答に困っていると、原口さんがまたかぶせてきた。

「いや、わかるよ!お前の気持ち。でもさ、ここは気持ちよく帰っていただかないと。な?」

そう言うと、原口さんは得意の営業スマイルで、取引先社長の元へとかけ寄っていった。

1ホール10回近く叩く相手に大差で負ける。それは逆に難しいミッションだった。とにかく力を抜いて、打つ。方向を考えずに、打つ。何も考えず、ただひたすら、打つ。

…俺は一体、何をやってるんだろう。接待だろうがなんだろうが、スポーツは全力でやるから、楽しいのに。

ちょうど半分終わった頃、課長が俺のほうにやってきた。

「どうだ調子は」
「どうって…見ての通りですよ」

大人げなく毒づいてしまった。そんな俺を見て、課長は笑った。

「相変わらずだなあ、とおるは」

その言葉に俺はカチンときていた。課長には、俺の気持ちなんかわからないだろう。彼の性格はいわば“ザ・サラリーマン”。上司や取引先に立てついているところは、一度だって見たことがない。どうせこのまま会話を続けても、原口さんと同じ忠告を受けるだけだ。

面倒くさくなった俺は、その場を去ろうとした。しかし、課長が俺に投げかけてきた言葉は、思っても見ないものだった。

「全力でやりたいんだろ? お前が思う通りにやればいいと思うよ」

耳を疑った。まさか、課長がそんなことを言うなんて。

「え、でも…そんなことしたら」

一体何を考えてるんだろう。困惑している俺に、課長は言葉を続けた。

「たまにはいいだろ。思う通りやってみろ。失敗するかなんて、やってみなきゃわかんないんだから」

その時、俺の脳裏には、2か月前のシーンがフラッシュバックしていた。スキーができないと、怯えていたあの子。あの時『やってみなきゃわかんない』と言ったのは、俺自身だった。

「やってみなきゃわかんない、か…」

あの時、あの子は「絶対無理」だと言っていたスキーをやり遂げた。…次は、俺の番だ。

「すいません、僕もう、わざと負けるの辞めます」

休憩中の取引先の元へツカツカと歩み寄ると、俺は言った。

「すいません、僕もう、わざと負けるの辞めます」

突然の発言に唖然とする取引先。原口さんが口パクで「やめろ」と慌てている。でももう、決めたんだ。どうせやるなら、思った通りやってみようって。

「全力で勝負、お願いします!」

そこからは、これまでの接待ゴルフが一体何だったのかと思えるほどの、本気の勝負が始まった。最初こそけげんそうだった取引先も、3ホールくらい経った頃から、明らかにエンジンがかかってきていた。あんなに叩いていた社長も、気付けばスコアがどんどん伸びている。原口さんもつられて本気になったようで、なかなかのショットを連発していた。

「ナイスショットッ!」

上がる歓声。その声は、さっきまでのそれより明らかに輝いていた。

結局、その日は俺の優勝で終わった。

春先とはいえ、まだ寒い中一生懸命ゴルフをして汗をかいたあとに飲むアクエリアスの格別なこと!仕事のあとの1杯より遥かに気持ちよかった。勝利の余韻とともに、アクエリアスが俺の身体にしみ込んで行く気がして、知らず知らずのうちに笑っていた。

取引先の社長がやってきた。ラウンド中は楽しくやっていたが、冷静になった今何を言われるかと、ニヤけた顔をひきしめ身を固くする。

「君ね〜、接待ゴルフで圧勝しちゃダメだよ(笑)」

苦笑いしながら頭を下げる俺に、社長がもうひとこと。

「でも…本当に楽しかった。こんなに楽しい“接待ゴルフ”は初めてだったよ」

そう笑いながら言うと、社長は俺と同じアクエリアスを買い、ゴクゴクと一気に飲み干した。俺は、そんな社長の言葉に、何かふっきれるのを感じていた。

「そういえば、とおる君…と言ったかな。君、フットサルはやるの?」

――時は経ち、2年後。1999年。

「人が多い…」

大学進学と同時に上京してきた沙也香。いつも考えるだけですぐあきらめちゃう自分が、まさか東京にくるなんて…。正直、一生のうちでこんなに勉強することはないくらい勉強したと思う。

あの雪山で、教えられた「やってみなきゃわかんない」という言葉が、受験勉強にへこたれそうになる私の背中を、何度も押してくれた。努力することだって無駄じゃないんだって、あのとき気付けなかったら、私はまだ地元で悶々としていたと思う。

だから、あの時のアクエリアスの空き缶は東京にも持ってきた。さあ、東京生活デビュー!色々がんばろっと。


沙也香ととおる。この二人が再会するのは、もっともっと先の話だ。

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(※1)Jリーグ…1993年に開幕した日本のプロサッカーリーグ。開幕当初は、フェイスペイントした女子高生や女子大生がスタジアムに足しげく通った。今では、バラエティ番組でお茶の間をわかすタレントが、サッカー選手だったことはみんな知っているのだろうか。

(※2)チアホーン…1993年Jリーグ開幕当時に流行っていた応援道具。元々は羊飼いが使用するラッパだった。ラッパということからもわかる通り、かなり音量がでるためスタジアム付近から苦情が殺到し、間もなく販売中止に。
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