これは以前務めていた某百貨店での出来事です。

その日は店外催しがあり、開店後すぐに緊急応援を頼まれて、急いで準備をして売り場を出ました。

店外とはいっても、メイン通路を挟んだ向かいのビルでしたので、制服の上に規定通りの濃紺のカーディガンを羽織り、時間的ロスもなく19階にある催し会場に入りしました。
早速、緊急応援=ご来店のお客様のお出迎えと、買い物に使って頂く大きなビニールの透明バックをご来店のお客様に配ることが仕事です。

これは、ご来店されるお客様に会う一番初めの仕事(=顔)ですから、「くれぐれも丁寧に!」と催し担当責任者からいわれ(言われんでも分かってるわい!と言いたいのをグッと堪え)「はい、かしこまりました」と返事して、にこやかに持ち場に着きました。

幸いお昼前には、催し会場へご来店のお客様の列も一段落したので「売り場に帰ってよし」となり私はひとり帰ることに…。

まずは責任者に挨拶をしてエレベーターホールへ向かうと、エレベーターから降りる人はいても乗る人は私ひとりという、さっきまでの賑やかさが嘘のように静かな空間でした。

19階から私ひとりというガラガラのエレベーターに乗りこみ、1階ボタンを押し、ドアが閉まると、ヒューんという音を立てて、下に向かって小さな空間が降りていきました。
そして、途中の階でドアが開くたびに(催し会場が特設されたビルは、下の階にいくつかの事務所が入っていたので)丁度お昼ご飯に出かけるサラリーマンやOLさんたちが乗りこんできて、さっきまでのガラガラの寂しいエレベーターの中は、嘘のように、ほぼ詰め詰め状態になっていきました。

もう、満杯かな…と思っていたら次の階でドアが開きました。そこに立っていたのは大きな紙袋を左手に持ったひとりの男性。

その姿を見て〝ひとりくらい乗れるか…〟と思ったのですが、その男性は「どうぞ、さきに行ってください」と言いました。

大丈夫ですよ、ひとりくらい乗れますよ」と、エレベーターの開けるボタンを押していた私が声をかけると、周りの人もその声に応えてくれるように一歩ずつ中に詰めてくれたので、その男性は「すみません。すみません」と何度も頭を下げて…、慌てたようにヒョコンヒョコンと肩を大きく上下させながら慎重に乗り込んできました

その時、なぜこの男性が、詰め詰めに近いとはいえ、まだ乗れる余裕のあるエレベーターを見送るように、初め「どうぞ、さきに行ってください」と言ったのか。
そして、今、必要以上に慌ててエレベーターに乗ろうとしているのかが分かりました。
彼は、両足が不自由だったんです

だから、多分、これは私の勝手な想像ですが、詰め詰めに近いエレベーターに乗り込めば、一階に着いたとき、最後に乗り込んだ自分が今度は一番初めに降りなければならない。

そうなれば、両足の不自由な自分は、普通の人のようにすぐにはエレベーターから出られない

だから、自分の前にいる=早くエレベーターを降りたい人の邪魔になることをさけよとしたのではないかな…と思ったのと、今、必要以上に慌てて乗り込もうとしたのも同じ理由で、自分の不自由な足のせいで少しでも早く下に降りたい人の…、いえいえ、多分、このエレベーターに乗っている人すべてに迷惑をかけてはいけないと思ったからではないかと彼の気持ちを想像したのです。

なので、1階に着いたときに私はエレベーターの「開ける」ボタンを押しながら、「どうぞ、お先に、皆さん待ってくれますよ」と彼に声をかけました。
(が、後から考えると…、これが、余計に彼の気持ちを焦らせてしまったのかもしれないという反省すべき出来事が起こってしまうのです。)

「すみません」と頭を下げた彼が、慌ててエレベーターを出て二歩ほど前に移動すると、彼を挟むようにして両端から人がエレベーターの外へと流れ出しました。
彼が五歩ほど歩いたときには、彼の周りを、人ひとり分の空間を空けて丸い円になりながら、エレベーターの中にいた人たちが足早に歩いて行きます。
まるで動かぬ岩を挟んで水が流れるように、彼を挟んで人が流れていく光景を見ながら、私は最後にエレベーターを出ました。

丁度それは、彼がもう一歩前に進もうと足を出そうとした時に起こりました。

彼は、多分自分を気遣って空間を空けて通ってくれる人たちに焦ったのだと思います。

不自由な足がよく磨かれた床(ぴかぴかの床は、雨などが降ったときなどの濡れた靴底で焦って歩けば、普通の人での滑るくらいキレイに磨かれていました。)に足をとられて、スゴい音を立てて前のめりに転倒してしまったのです

その勢いで、彼が左手に持っていた紙袋は中身をぶちまけながら、丁度、彼の真後ろにいた私の目の前に滑り飛んできました。

その瞬間、人の波はまるで静止画像のように止まってしまいました

みんなさん、多分、色んなことが頭の中を駆け巡って、今、この場で、自分がどう行動すべきか一瞬分からなくなっていたのだと思います。

私も、0.1秒くらい「助けなければ!」と頭の中では自分に言葉を発していましたが、いかんせん身体がそれにこたえてくれずに…動くことが出来ずに止まったまま…。
が、これではいけない!と思い動こうとしたのですが…。
なぜか、身体より先に声を出していました。

「大丈夫ですか-!」と…。

ですが、その自分の声で〝ハッ〟と我に返ることが出来たからか思考回路が復活し。
まず彼を助け起こすには、私の目の前に放り出された紙袋をどけないといけない。いけないから、思わず身体が屈んで紙袋を拾い上げようとしました。

すると、固まったその場の空気が少し動いたからか、周りにいた人たちが彼を救う為に動き出してくれていまいした。

彼の両端にいたサラリーマンの方が二人、彼に駆け寄り両脇を抱えて「大丈夫ですか。怪我はしていませんか?」と声をかけながら、完全に床にうつぶせになって倒れている状態から、彼が立って歩けるように引き上げてくれました

周りにいた他のサラリーマンさんやOLさんたちも素早く行動して、床に飛び散った紙袋の中身を拾い集めてくれました。

お陰で床一面に散らばったものを、あっという間に全部紙袋に戻し入れることが出来ました。

そして、彼は立ち上がり、小さくなりながら下を向いて…。
目には薄らと涙がにじんでいましたが、周りの人に向けて「すみません、すみません。ありがとうございます。大丈夫です」を何度も、何度も繰り返してお辞儀をしていました

そんな彼に「順番通りではないかもしれませんが、袋から出た分は全部入れましたよ」と伝えて紙袋を手渡しながら思ったのは、きっと、痛くて、恥ずかしくて、人に迷惑をかけないように頑張ったのに…、でも、迷惑をかけてしまったと思うと、辛かったんだろうなと感じたこと。

たった何分かの間、エレベーターに乗り、開いたドアから降りるという誰でも何気なくしていることに、たくさんたくさん周りに気を遣ってきただろう彼の心を思うと、なんだか胸がチクリと小さく痛みました。


彼は、きっと、自分の両足が不自由なことで、他人に迷惑をかけてはいけないと色んな場面で頑張ってこられたのだと思います。

多分…これは私の勝手な想像ですが…、この日の出来事と似たことがこれまでにもあったのかも知れません。もしかしたら、それ以上にもっと辛いことがあったかも知れません。だから、少し混んだエレベーターに乗るときに遠慮したり、降りるときも早く降りなければ…、との焦りから転倒してしまったのではないか…。

普通の人が思う以上に彼は、周りの人に対して、ずっとずっとたくさんの気を遣ってきたのではないのか…外に出ているときはとくに気を遣って、神経をすり減らせていたのかも知れません。

でも、これは多分だろうですが、同じエレベーターに乗り合わせた方々も、お昼ご飯を早く食べに行きたいという気持ちはあったとは思いますが、両足の不自由な彼を急がせる気は無かったと思うのです。

だからサラリーマンさん二人は、すぐに彼を助け起こしに走ってくれましたし、他の人も散らばった紙袋の中身を手分けして拾い集めてもくれました。
この親切な素早い動きに(連携プレーに)人間捨てたもんじゃ無いと、見知らぬ人同志の優しさの和に心がほんのり温かくて、嬉しくなりました。

でも、出来れば彼にもうひと言プラスして「ゆっくりどうぞ」と伝えればよかったと思ったのです。確かに、ひと言プラスして言ったからといって、結果が変わったのかは分かりませんが、それでも、彼の焦る心を、気持ちを、ほんの少しだけ楽にすることが出来たのではないかとこのとき思ったのです。

ひと言プラスしての「ゆっくりどうぞ」は、=「私たちは、あなたのことを迷惑だとは思っていませんよ」という、その場にいた人たちの心を伝える形の言葉だと思ったからです。

なぜならその場に居合わせて人たちが、もう彼は大丈夫だと分かると、彼がこれ以上恥ずかしくて、辛い思いをしないですむように、その後、何事もなかったように歩き出す姿にシャイな日本人の思いやりを感じたからです。

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知らないことが知りたくて、メンタル、カルマ、礼法に漢方スクール…etc.とお勉強。で、ですね、人を動かしているのは無意識、でも、この無意識を味方につけるとスゴいんだ~と気づいたら…、なぜか、「えっ?!そうくるかぁ~」と、色んな場面に遭遇しれしまう…という面白いことが起こりだすのでした。

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