先日国連にて11月5日を「世界津波の日」にすると発表がありました。

東日本大震災を受けて制定された「津波防災の日」の11月5日を「世界津波の日」と定め、国際社会が津波の危険性を共有し被害を減らしていこうという、日本が提案した決議案が、国連総会の委員会で全会一致で採択されました。

出典 http://www3.nhk.or.jp

決議案として、国連ではこのような決議を採択。

(1)11月5日を「世界津波の日」として制定すること,
(2)早期警報,伝統的知識の活用,「より良い復興」を通じた災害への備えと迅速な情報共有の重要性を認識すること,
(3)すべての加盟国,組織,個人に対して,津波に関する意識を向上するために,適切な方法で,世界津波の日を遵守することを要請すること,等を含む。

出典 http://www.mofa.go.jp

全世界で津波に対する危険性を認識して被害をできる限り最小限にとどめて、「より良い復興」を目指すことを決めました。

提案は日本が中心

この「世界津波の日」は日本が中心として世界各国に働きかけをしてきました。日本が中心になった理由は言うまでもなく4年前の東日本大震災です。

東日本大震災では地震だけでなく津波による未曾有の災害を受けて沢山の方がお亡くなりになり被災者も多数出ました。日本は来年が東日本大震災から5年になるのを受けて全世界で津波に対する被害の意識を高めようと国連に働きかけるために各国と交渉を重ねてきました。
今年の3月には東日本大震災の被災地である仙台で国連防災世界会議を開き、

世界防災会議で正しい避難方法などの津波対策の重要性を世界に広めるため日本を中心に世界142カ国が共同提案をして先日国連にて全会一致で採択をされました。
安倍首相も

12月5日(現地時間4日),ニューヨークにおいて,日本が提案し,最終的に日本を含む142か国が共同提案国となった「世界津波の日」を定める決議が,国連総会第二委員会でコンセンサスにより採択されました。これを心から歓迎します。

 11月5日を「世界津波の日」として制定し,津波の脅威と対策について理解と関心を深めることを目的とした今般の決議の採択は,大変意義深いものです。

 日本としては,本年3月に仙台にて第3回国連防災世界会議を開催するなど,防災分野での国際社会の議論を主導してきました。我が国が培った防災の知見や経験を活かし,今後ともより強靱な国際社会の構築に貢献していきます。

出典 http://www.mofa.go.jp

こうした談話を発表し日本がこれからも中心として防災の知見と津波の脅威を伝えるべくリーダーシップを取ると発表しました。

なぜ11月5日なのか?

東日本大震災を受けてならば3月11日にすればいいのにどうして11月5日なのか?と思った人もいるでしょう。それには理由がもちろんあります。11月5日は日本にとって津波に関するある歴史があるのです。

それは「稲むらの火」という物語があります。「稲むらの火」とは1854年(嘉永7年/安政元年)の安政南海地震津波に際しての出来事を小泉八雲が英語で記し、中井常蔵が翻訳・再話し1937年から10年間、国定国語教科書(国語読本)に掲載された。防災教材として知られています。

広川町役場前の「稲むらの火広場」にある浜口梧陵の銅像

出典 https://ja.wikipedia.org

「稲むらの火」の物語は

村の高台に住む庄屋の五兵衛は、地震の揺れを感じたあと、海水が沖合へ退いていくのを見て津波の来襲に気付く。祭りの準備に心奪われている村人たちに危険を知らせるため、五兵衛は自分の田にある刈り取ったばかりの稲の束(稲むら)に松明で火をつけた。火事と見て、消火のために高台に集まった村人たちの眼下で、津波は猛威を振るう。五兵衛の機転と犠牲的精神によって村人たちはみな津波から守られたのだ。

出典 https://ja.wikipedia.org

この五兵衛のモデルになったのが濱口梧陵。安政南海地震が起きたのが11月5日だったのです。濱口梧陵はこの時に

偶然紀州・広村(現在の広川町)に戻っていた梧陵は、海水の干き方、井戸水の急退などにより、大津波が来ることを予期しました。梧陵は村民を避難させるため、自分の田圃に積んであった収穫された稲束(稲むら)に火を投じて急を知らせ、村民の命を救ったといいます。

出典 http://www.yamasa.com

「稲むらの火」はこの時、広村(現在の広川町)で津波に気づいた実業家、浜口梧陵が収穫したばかりの自分の田の稲束を犠牲にして火を付けることで、村人を高台に誘導し避難させたとされる逸話だ。

出典 http://www.sankei.com

津波を予期して住民を高台に避難させて、避難させる時に自らの田んぼの稲むらを犠牲にしてまで高台への避難を訴えたことから「稲むらの火」と言われました。

たいまつを掲げる浜口梧陵の像

出典 http://www.yomiuri.co.jp

和歌山県広川町では濱口梧陵の銅像が建てられていて、資料や安政南海地震の教訓や梧陵の偉業と精神、教訓を学び受け継いでゆくために「稲むらの火の館」を作って

稲むらの火の館を訪れた各国の大使は

「梧陵は津波から人々を救い、被災地の復興にも貢献したヒーローだ」。ミクロネシア連邦のジョン・フリッツ駐日大使はこう評す。パプアニューギニアのガブリエル・ドゥサバ駐日大使も「広川町と聞けば即座に梧陵が頭に浮かぶほど、この逸話が世界に広まってほしい」と話した。

出典 http://www.sankei.com

地震が頻発するトンガのタニア・トゥポウ駐日大使も、一人の民間人による津波防災に深い関心を示し、「災害発生時に、簡単にできることではない」と適切な初動対応をたたえた。

出典 http://www.sankei.com

濱口梧陵の逸話を聞いてこのように語り、和歌山県広川町でも津波防災まちづくりや教育を行っています。

「世界津波の日」制定をうけて

世界津波の日が正式に制定されて「稲むらの火」の舞台でもある和歌山県広川町では

「採択を機に、『少しでも高いところに逃げ切る』という日本の津波防災を世界に伝え、犠牲者を減らすことができればうれしい」

 和歌山県広川町にある「稲むらの火の館」の崎山光一館長はこう語る。

出典 http://www.sankei.com

仁坂吉伸知事は「津波に対する国際社会の意識を高め、津波による犠牲者をなくすものとなることを期待します」とコメント。

各国の大使館に世界津波の日制定への理解を求めてきた地元選出の二階俊博自民党総務会長は和歌山市内で会見し、「世界の賛同を勝ち取ったことは素晴らしいこと。犠牲者を1人でも少なくするために、世界中の皆さんと一緒になって対応しないといけない」と語った。

出典 http://www.sankei.com

実際に日本以外でも太平洋地域の島国では津波による被害は甚大ですが国家予算も限られており、被害をなるべく最小限に防ぐには日頃からの啓発や避難の徹底が必要で提案国の中には自らも津波による被害を受けた国々が多いです。稲むらの火の館を訪れた各国駐日大使の国も津波による被害を受けた、若しくは甚大な被害が想定される国々ばかりです。
こうした危機感からも「世界津波の日」の制定を歓迎する声があります。

今回の「世界津波の日」を主導した日本でも一昨年「国土強靭化基本法」を制定し、防災減災対策を行っており、

国土強靭化の中に津波対策も入っています。「世界津波の日」制定に尽力をした我が国日本がこうした取り組みを最優先として推進し、世界各国のお手本になるように政府には津波対策も含めた国土強靭化を積極的に行って欲しいです。

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