プロ野球選手の契約更改の時期です。スポーツ新聞一面には派手な文字で、選手名と莫大な金額の年俸がデカデカと記されています。

「おかわり4億、大谷2億」

私は電卓で簡単な割り算を試しました。ざっと私の年収の2百年分の金額でございます。2百年、江戸時代が終わりそうな歳月です。日頃サプリを摂取し、早寝早起きで健康的なライフスタイルを貫き、長生きを目指したところで到底稼ぐことは無理だと思われます。人間には寿命があり、2百年生きた人は今の所いないし、定年したら働いて金を稼ぐことは出来ぬのです。私は深い絶望感に襲われました。遣り切れない心苦しさで胸が締め付けられました。冷たい雨が降っていました。

「大きくなったらプロ野球選手になりたい」

小学校の卒業アルバムの寄せ書きに大半の男子は、そう、書いていました。私だって将来はプロ野球選手になれるものと信じていました。だって、周囲の殆どの男子がプロ野球選手と書いているんです。自分だけなれない訳は無い、そう能天気に思っていました。正直あまり野球が得意じゃなかったけど、当時は弱小球団と世間から揶揄されていたホークスなら何とか入れて貰えるだろう、運動神経が良く野球が上手な友達はみんな巨人に入団する予定らしいから、と些か狡猾な将来設計を描いていました。

しかし、少年の夢は翌年、中学野球部入部と同時に割と呆気なく打ち砕かれてしまうのです。

ポジションは「ボールやり」

「お前も将来親父になったら、子どもとキャッチボールくらい出来ないかんぜ!ぎゃははーっ!」

キャッチボールで暴投しまくる私を見て、熱血顧問から掛けられた言葉です。

中学入学と同時に入部した野球部は県大会で優勝するような強豪でした。遊びでしか野球経験がなく、そもそも運動神経自体に難がある私は、入部早々に戦力からは除外されました。少年野球で全国大会出場を果たした同級生を中心に序列が決まり、将来のレギュラーは誰の目にも既に明らかでした。私は、キャシャリン(体が細かった)スポルティング(部にあった一番軽い金属バット、私以外誰も使用しない)カジキマグロ(意味不明)等、様々なあだ名で呼ばれる単なる弄られキャラになりました。

練習で私に与えられたポジションは「ボールやり」と呼称されるものでした。顧問の左斜め後ろに立ち、ノックする顧問の手に只管リズミカルにボールを手渡すだけの、工場ラインの流れ作業にも似た、運動というよりは単純労働染みたものでした。

(…ああ、早く家に帰ってテレビ見てマンガ読んでゴロゴロしてえ)

ボールを手渡しながら、私はすっかり野球が嫌いになっていました。

ケツバット

「はーい!じゃあ1年、ケツバット―」

アホな先輩達がいました。レギュラー争いから完全に脱落し、退屈な部活をただふざけることだけに全力を費やす輩でした。自転車でウイリーしてそのまま頭から落下したり(通学用ヘルメット装着の為、無事)、練習試合に行く途中で失踪したり(ブラックバスフィッシングに行った)、スパイクの金具歯をアスファルトで擦り上げ火花を掛けてきたり(熱いとリアクション)、熱血顧問にスパイクで顔面を蹴られたりしていました。

「これが1。ぶん。これが2。ぶん。これが3。ぶっん。数字が大きくなるにつれて段々スイングが強くなるぜ。先に手ば挙げた奴から1番たい。あっ、お前が早かった。そん次は、じゃんけんたい」

別に何も悪事はしていなくても、まるで単なる暇潰しの愛玩具のように1年生は扱われ、先輩は「ケツバット」を強要してきます。じゃんけんで連敗し7番を喰らう羽目になった私は、幾らアホでも最低限手加減するだろう、一応人間だし、と高を括っていました。ビュン。

(…ぎゃん)

目の前が真っ赤に染まるような激痛が走りました。

天才ドリブラー

「邪魔する奴等は全員ぶっ殺すけんな!」

冬になると野球部は息抜きと心肺機能強化を目的にサッカーをしました。今では暴力を専門とする職業に従事しているらしい先輩は、大声で怒鳴り散らしながらドリブルして来ます。誰にも止められません。というより、怖くて誰もディフェンスしません。海が割れたように、ゴールマウスまで一本の道が出来上がりました。最早、サッカーではありません。

メッシもクリロナもびっくりの先輩でした。

怪談

野球部には選りすぐりのエロい生徒が集まっていました。豪傑揃いでした。裏ビデオの貸し借り、中学生でもレンタル出来るエロい作品情報、昨日のギルガメッシュナイトの感想、実際に「今からヤリマンとこに行ってくるぞー!」と豪語する者もいました。

そんな環境の中で、その同級生の話は奇妙でした。普段エロい単語以外にボキャブラリーが無い部員なのですが、それはエロいというより、ほんのりホラーで、尚且つ、なんとも嘘くさい話でした。

「かゆかったけん、かきむしったら血が出て、乳首がぽろっち取れた。いっときしたら、黄色か膿んごたっとが出来てから、新しか乳首が生えてきた…」

彼は右乳首が取れてしまったそうなのです。話しを聞き終わった熱血顧問は静かに「よかったな」と言いました。

あれから

結局、私は中学野球部で、一度だけ訪れた練習試合での代打のチャンスも、同級生とのじゃんけん敗退で敢え無く失い、とうとう「ボールやり」だけで引退してしまいました。

失った青春を取り返そうと、社会人になってから草野球チームに入り、年間打率0割0分5厘のバッターに成長しました。フライが捕れない右翼手ですが、試合にぎりぎり9人しか来ないのでレギュラーなんです。まあ10人来たら補欠なんですけど。今でもドラフト会議のニュースを見ると、少しだけ、胸がドキドキ高鳴るのです。

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男は久留米という砂漠の中の一粒の砂であり、クルマ、金、女に縁がないライター志望の孤独で吝嗇な三十路だった…http://ameblo.jp/kt660cc http://tabelog.com/rvwr/002224433/

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