いよいよ12月に入り、受験生のみなさんはそろそろ焦ってきているのではないでしょうか?
神奈川県の高校入試はここ最近毎年のようにシステムや試験内容が変更され、入試の傾向がつかみにくくなっています。

筆者の学習塾は個別指導塾なので、入塾テストで生徒を選抜したり、団体授業でついていけない生徒が何割かいたり・・・なんてことはありません。ひとりひとりの学習状況をしっかり把握できるのが個別指導の良い所ですので、色々な子が在籍しています。学年1位の子もいれば、学習障害の子もいます。

お勉強が得意な子は先取り授業や英検などの勉強ができる個別指導のメリットをいかしてどんどんやりたいことを進めているので学校の授業や入試に余裕がありますし、他塾さんに入塾を断られてしまった学力の生徒さん達も個別指導だと他の生徒を気にしないですむので2~3学年前のわからなかったところから復習して、がんばっています。

入試は正しい方向へ向かっているのか

筆者は神奈川県の学習塾に勤務しておりますので、神奈川県の高校入試についてしか詳しいことを言及できませんが、毎年受験生にエールを送り、サポートをしつつも教育者として近年の高校入試はじめ、学校の教育方針に疑問と絶望を感じずにはいられません。

2020年の東京オリンピックに向けて、大きな教育改革を行おうというのが、今の教育の流れなのですが、それまでに国は
グローバルな人材を育てる
ことを目標にしています。

これ自体はとても良いことだと思います。
ただ、グローバルな人材とは
「多言語、特に英語を流暢に話し、外国人と対等に討論できる人材」
のことで、しかもそれをたった4年で育てようとしているところと、その方法に問題を感じます。

今の中学生が対象

4年後に大学生になる子供達を対象にグローバルな人材を育てようとすると、対象は今の中学生になります。そこで高校入試の中身を難化し、それに向けて勉強してもらうことで、グローバルな人材に育てようというのが今の教育の方針になっています。

実際の入試問題はどうなっている?

最近の神奈川県の高校入試システムは、基本的に内申点と入試の点と面接点で合否を判断するようにしています。
公立高校は統一の試験を実施し、私立高校は独自試験です。
推薦、専願、単願、併願入試・・・受験体制一つとっても様々方法がありますが、ここでは公立の一般入試で受験した場合の試験問題について紹介しようと思います。

教科横断型そして難化している

入試問題は公立は英・数・国・理・社の5教科ありますが、これからの入試は厳密にいうと英語長文を読んでみたら理科の問題であったり、国語の長文に数学の統計が入っていたりと、はっきり教科がわかれていない、教科横断型の問題になっています。数学もただ計算するだけの答えは少なくなり、公式の根本を理解しているかを問うような証明型・論文型の問題が増えます。

すべての教科において、考え方や意見を求める傾向にあるので、今まで論ずること、書くことが苦手だけれども計算は得意という子や、暗記は得意だから歴史だけは高得点だという子には非常に厳しい入試になります。

具体的には・・・
○従来の英語の試験では会話の穴埋め問題等がありましたが、これからは二人の会話の要約を英語で記述させる。

○歴史では年号と起きた事柄を答えるだけのものが、その事柄が今起きている時事問題と似ている点などを記述させる。

○数学では円の面積を公式を使わずに自分なりのやり方を解説付きでもとめさせる。

など、その生徒の思考力・発想を見るような試験問題になります。

結果的にとんでもない格差が生まれる

上記のような問題が解けるような子が増えれば確かに素晴らしいとおもいます。
しかし、一体何人の子供達がそうなれるでしょうか?
この入試スタイルは、基本がわかって当然。そこからの「応用力」と「生きる力=活用」を養うというスタイルのようですが、ではそれが苦手な子供はどれだけいるでしょう?

現在筆者の勤める学習塾には学習障害・知的障害・発達障害という診断をくだされている子供が全体の3分の1在籍しています。そして、診断を専門機関に依頼していないが、何らかの障害はあるだろうとおもわれる子を含めると、全体の半数になります。

そして障害がなくても保護者が子供の教育に関心がなく、学校もあきらめてしまっていて放っておかれ続け、その結果数も数えられないような中学生も在籍しています。

以前筆者が紹介した教育の格差の現状の記事がこちらです。


この子達が今から4年以内に前述のような問題をスラスラこなせるかどうかは残念ながら難しいと言わざるを得ません。

なぜなら
指導者がいないからです。

外国語をネイティブのように話し、外国人と対等に討論できる学校の先生は何人いて、その中で全部の教科に精通し、尚且つ教え方の上手い先生は何人いるのでしょうか?

中学生にそのレベルを教えるためには優秀な指導者が必要です。しかし今学校で指導している先生達の大半がゆとり教育世代です。
そもそも今いろいろ取り組まれている教育改革は、ゆとり教育の失敗を繰り返さないために考え出されたものなので、それをゆとり世代が教える矛盾がなんとも虚しい限りです。

神奈川県入試問題の文字数は2万以上

この文字数は京都府の入試問題の文字数の3倍にあたります。
また、すべての問題を最後までしっかり読まないとひっかけがたくさんあるので、解けないようになっています。

結局時間が足りずに終わってしまうことが多いのです。
昨年度、神奈川県高校入試の理科の平均点は30点台です。。。しかも2年連続です。

子供の可能性や楽しみを潰す入試

こんなやり方の入試では勉強の得意な子とそうでない子の差が開きすぎてしまうどころか、勉強が苦手な子は見捨てられてしまうと思います。

今筆者の塾に通っている生徒で学力に問題のある子はほとんどが先生や親から見放されている子ばかりです。

Aちゃんは中学3年生で6以上の数を数えられませんでした。普段の会話にはこれといって問題はありませんが、小学校の頃は特別学級にいました。小学校の授業ではほとんど授業らしい授業をしなかったようで、結局彼女は分数・少数の存在を知らずに小学校を卒業し、中学では皆と同じように普通級にはいったのです。そして学校の先生も親にも6以上の物が数えられないということを気づかれないまま中学3年になりました。

なぜ誰も気が付かなかったのかというと、彼女は周囲の大人に怒られ過ぎて、ごまかすことがとてもうまくなっていたのです。

筆者が彼女の問題に気付いたのは普通の会話からでした。

授業の時間が近づいたので、「あと5分後に教室に入ってね」とAちゃんに伝えたのですが、Aちゃんは「それって何時何分ですか?」ときいてきたのです。ですから「時計見ればわかるでしょ?何時何分?」ときき返すと「目が悪いから時計みえないんで」と答えました。

そして時計を近くまで持ってきて、答えさせようとして、ようやく足し算が出来ない事がわかり、小学生の復習をすると6以上のものが数えられない事が発覚したのです。

こんな些細な会話で彼女の問題点が発覚したのになぜ今まで彼女に関わった大人は彼女の問題にきづいてあげられなかったのでしょう?
それは無関心が原因でした。

一度に何十人も見る先生はおとなしい子を放りがちです。
テストの結果をみればわかったことかもしれませんが、学校の先生は成績で評価して終わりにしてしまいます。

家では彼女は両親と全くといっていいほど、コミュニケーションをとっていませんでした。まして、最近の問題の多い子の親はしつけも学校に任せきりな傾向にあります。親子でなにか一緒にしたり、家事を手伝わせることもなかったようです。

時計もデジタル時計だけ彼女は使っていたので、一切今まできづかれませんでした。

全ての人が同じ頭脳、同じ環境のもとで育ってはいない

念のため言っておきますが、Aちゃんのような子はたくさんいます。
現在小学校でも中学校でも特別級や通級というものがあり、障害を持つ子やクラスについていけていない子の為に少人数制でそれぞれ別の授業をこなす等するクラスがあります。それは一見ひとりひとりを大事にしているようにもおもいますが、実のところ他の子の授業をスムースに進めるためについていけない子をそのクラスにいれてしまっている先生も多く、そして、特別級では小学校で習わなければならないことをしっかり網羅せずに卒業させ、次の中学校や高校ではその事情を知らないままその子達を普通級で受け入れてしまい、低い成績をつけて卒業させてしまうケースも増えています。

グローバルな人材を育てるための改革が、彼らにあっていると思えますか?

「勉強ができる」といわれている子供達だけがどんどん上を目指し、苦手な子は行き場がなくなってしまいます。

グローバル化を目指すのであれば入試を無くしてしまえ!

そんなにグローバル化を訴えるのであれば、いっそのこと欧米のように入試など無くしてしまったほうが、よっぽど理にかなっているとおもいます。

小学校も中学校も高校も入試はないけれども、卒業までの条件を厳しくして、必要最低限の知識を得るまで卒業できないようにしたほうが、よっぽど学力はあがります。

入試の為だけに使えない知識を詰め込んで、入学したら勉強しないのが日本の大学生ではないですか。

筆者はアメリカの大学を卒業しましたが、卒業は本当に大変でした。
毎日夜遅くまで勉強してもネイティブの他生徒との英語の差は到底詰められるものではありませんでしたから。

4年間あれば英語を流暢の話し、英語で討論することは可能です。でもそれは英語にあふれた環境での話です。

今から幼稚園、小学校の生徒達に親も先生も常に英語で話して授業や生活をおくれば日本にいながら英語ペラペラになるでしょう。
でも今中学生の子供達に、数学も国語も社会も理科も英語で理解するようにするのはゆとり教育よりも悪い試みだとおもいます。

何のためのグローバル化か

海外と対等に渡り合える人材育成は大変結構なことですが、それは時間や計算や人とのコミュニケーションや親子の愛など生きていく上で最低限必要な知識が備わっていてこそ伸ばせるものです。

分数や少数がわからない大学生や小学校の漢字もわからない中学生をグローバル化したところで、それは学力の低い外国人をつくることとかわりありません。

事実2万語以上を入試問題に含む神奈川県の学力は年々下がっています。難関校は公立なのに統一試験問題の他に特色検査というさらに教科横断型かつ、難易度の高い試験を別に受験させます。内申点の足りない子や、学力に自信のない子は安全な道を選ぶようになり、難関校と定時制高校、通信制学校、クリエイティブスクール(入学試験のない学校)の倍率が異常に高くなっていて、偏差値50前後の学校は多くが定員割れという異常事態になっています。

グローバル化を訴えるお偉方、子供達全体を見てほしいですね。
このままではどうなってしまうのか。なんのための入試でなんのためのグローバル化なのか、教育方針を決める大人達が安易に子供達の未来を実験的にコロコロと変えないでほしいものです。

もっと大切な学ぶべきものに焦点をあてていただきたいと切に願います。

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uchinokoraうちのこら このユーザーの他の記事を見る

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猫漫画ブログを掲載していますが、学習塾塾長でもありますのでアート、教育、ペット、等々様々なジャンルに対して執筆していきたいです。

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