人は、普段、心に思っていてもなかなか口に出来ない言葉があります。

でも、愛する人を残していくと知ったとき、心に秘めていた想いは、言葉となって現れるのではないでしょうか・・。

「お見合い結婚」

彼女と旦那さんとはお見合い結婚でした。

それも九州に住む彼女のものに、仕事の関係で大阪に暮らす旦那さん(実家は九州)とのお見合い後のデートは、大阪から彼女に会いに来た旦那さんと、ほんの数時間だけ会って話すという慌ただしさ。

今から考えると、彼女自身、旦那さんの人となりを知るには時間が足りなかったという状態です。

そんな状態で、どうして結婚しちゃったんだろう。なにか?訳があるのかなと思い。「どうして、結婚を決意したんですか?」と聞いた私に・・。

「うぅ~ん、早く家を出たかったからかな。そんな理由で結婚を決めるなんて…と、いとこにも呆れられたけどね」と、彼女は自分のことをおかしそうに笑いました。


なんのときめきもなく(彼女の表現を借りますと)始まった彼女の結婚生活は、案の定、九州男児である旦那さんの亭主関白は予想通りのものでした。

加えて、家長制度の風習が残る兄弟関係(旦那さんは末っ子で兄姉がいました)は、嫁としては、まず年長者を立てることになり忍耐の連続だったようです。

ですが、彼女自身も九州出身ですから、九州女の我慢強さは半端なく、当時、まだそれほどお給料の良くなかった旦那さんを支えて、彼女自身もフル出勤で働きにも出ました。
仕事を終えて家に帰れば、家事はすべて女性である彼女の仕事。

そして、なにより知り合いも、友人も、親戚も、両親も側にいない、頼れる夫は仕事漬けの日々、彼女は関西という知らない土地で、仕事、家事、二人の子どもさんの子育てと自分の時間などなして頑張りました。

そんな忙しさの中で・・旦那さんと口げんかをすることはあっても、ゆっくりと話し合うことは、当時の彼女にはなかったのかもしれません。

私が知る限り、彼女は本当に我慢強い人で、相手の心を想って先に行動してしまう人です。してくれる人です。
自分よりも、まず相手のことを想い、相手を優先してしまう彼女。

それは・・、

相手にとっては、自分のことを思って行動してくれる人が側にいてくれることは、とても心地良いものです。多分、旦那さんも、そんな優しい彼女のことを十分すぎるくらい分かりながら、感じながらも・・それまで、その想いを、心の中を、言葉にして口には出来なかったのかもしれません。

「夫の最期の言葉」

やがて月日は流れ。
子どもたちも成人し時間の余裕が出来た彼女は、これからの旦那さんと二人の生活に想いがあったようです。が、それは実現することなく…、
彼女が知ったのは、旦那さんの「ガン」宣告でした。

初め彼女は、旦那さんの「ガン」宣告を聞いてショックを受けましたが、〝今の時代、ガンは恐ろしい病気とは言えない。薬や治療も昔より随分と進歩している。大丈夫。手術すれば大丈夫だから〟と、自分に言い聞かせたそうです。

ですが、その、彼女の思いは裏切られます。手術をして良くなると信じていた旦那さんの身体は、なぜか良くならずにガンは進行してしまい・・。
そのうち寝たきりになり。

彼女は、なにも考えられずに、ただ、病院と家を往復する毎日。このときの彼女は、多分、抱えきれない感情を、表に出すことさえ忘れていたのかも知れません。

そんな中、ベッドから起き上がることさえ出来なくなった旦那さんが、辛くて、苦しくて、そして、ガンはその身体を鋭く攻撃し・・激しい痛みがあったのではないかと思います。

ですが、彼女の旦那さんは、そのどれも口にすることなく

彼女に残した言葉は、

俺の人生はあんまり良いことが無かったけど…。ひとつだけ良いことがあった

・・それは・・

あなたと結婚出来たことだ

・・そして・・

あの時は、本当に嬉しかった


〝ねぇ、あなた・・、どうして、もっと早く言ってくれなかったの・・〟と、

私には、その話を聞いたとき、音になっては聞こえない彼女の言葉が聞こえ、溢れ出す涙が見えたような気がしました。

人は・・
自分の命が消える瞬間に、自らの口で語られる言葉には、疑いようのない、その人の真実の声があり、素直な心がそのまま言葉になって現れるのだと思います

思うから…
その場(この世)に置いていかれた者には、その言葉に対する自分の想いを、言葉という形にして相手に返すには・・、あまりにも残された時間が短すぎて・・、心が、悲しみや後悔の想いで溢れ出してしまい、辛い時間を過ごすことになるのではないのでしょか。

ですが、彼女の旦那さんが最期に「ひとつだけ良いことがあった」・・それは・・「あなたと結婚出来たことだ」と言ったのは・・。
言いたかったのは・・。

『だから、あなたには幸せになって欲しい(・・自分がいなくなっても・・)』という、これから始まる彼女の新しい未来へのメッセージが隠された言葉ではないのか…と…、私は思ったのです。

だって彼女の旦那さんは、彼女に会ったときから・・、ずっと彼女に恋していたのだから。

彼女の名は、楠木理恵(くすのき りえ)さん  (実名、記載了解済み)

理恵さんはその後、旦那さんの最期の言葉を、口に出すことが出来るまでに随分な時間・・、年月がかかりました。

それでも理恵さんが、その辛い時を、年月を乗り越えられたのは、病院から帰る電車の中で、偶然目にした言葉が、どうしていいか分からずにいる理恵さんに(…治ると信じていた夫の容体の悪化、知ってしまった夫の本当の心…)折れない勇気をくれたそうです。

私が一番辛かった時期・・・

病院から帰る電車の中で座席に沈みこむように座り、涙が溢れてくるのをハンカチで隠し・・

ふと前に立っている人のバッグに目をやると・・・

そのバッグに書かれている文字が何故か鮮明に私の目に焼きついて・・・

’Fais ce que dois, advienne que pourra”
(為すべきことを為せ、結果がどうなろうとも)

家に帰ってから、その言葉の意味を辞書で調べ・・それがその時の私への言葉だと思いました。

そしてこの言葉を書いた紙を、部屋の目立つところに貼り付けて・・・

それは今でも私の座右の銘です・・・

 

出典 http://ameblo.jp

楠木理恵さんの「ブログ」から…引用(了承済)

多分・・、この言葉に出会ったときの理恵さんの心は、旦那さんの命の期限という現実を目の前に突きつけられて、前に進みたくても進めない。でも、同時にそこから一歩も動けない状態になっていたのでは無いかと思います。

ですが、この言葉に出会うことで理恵さんは、苦しみながらも前に進むことが出来た。
辛い…、家と病院の往復をすることが出来たのではないか思います。


この出来事を知った私は、祖母から聞かされていた祖父の言葉を思い出していました。

「辛くて、不安で。どうしていいか分からないときでも、諦めてはいけない。神は苦しくても、歯を食いしばり、前を向いて歩く人間に、人を使って、あなたに必要な言葉をプレゼントしてくれるのだから、諦めてはいけない。そして大事なことは、神からの言葉を見落とさないために、顔をあげ、真っ直ぐ前を見て堂々と歩くことだ」と、祖父は言ったそうです。

人の目に神様の姿は見えないから、神様は、その人を助けようとするとき、人を使って現れるのだよと祖父が言ったように。

Fais ce que dois, advienne que pourra』・・<為すべきことを為せ、結果がどうなろうとも>・・は、涙を堪えて前に進もうとする理恵さんへの、神様からのプレゼントだった。

それも…、

自分の力で、その言葉の意味を調べなさい。
立ち止まって泣いているだけではダメなんだよ。
自らが動いて前に進みなさい。
あなたなら出来る…私は信じている。というように…、日本語ではない文字を使って…神様は、理恵さんの目の前にあらわれたのではないかと思うのでした。

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知らないことが知りたくて、メンタル、カルマ、礼法に漢方スクール…etc.とお勉強。で、ですね、人を動かしているのは無意識、でも、この無意識を味方につけるとスゴいんだ~と気づいたら…、なぜか、「えっ?!そうくるかぁ~」と、色んな場面に遭遇しれしまう…という面白いことが起こりだすのでした。

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