記事提供:子ある日和

私は四人姉妹の長女。次女は私が生まれた翌年に生まれた年子。

母もきっと、大変だっただろう。

父も今で言う“イクメン”ではなかったし、子どもの世話を率先してするタイプではなかった。

私が生まれてすぐ、妊娠し、あっという間に子どもは二人。

次女が生まれると私は祖父母が寝起きも面倒をみていたとのこと。私の幼少の記憶には、祖父母がよく出てくる。

そのせいかと、大人になってから、幼少時代の話を聞いて分かった。

気がつけば、三女、四女と生まれ、私は四人姉妹の長女。何をするにもよく言えば頼りにされて、お姉ちゃんをしてきた。

『お姉ちゃんだから、がまんしなさい』

今でも心に残る言葉。

責任感も自然と芽生え、しっかりものの姉御のような存在に…。

でも、思春期になれば泣きたいときや、相談したいとき、誰かを頼りたいときもでてきた。

それなのに、甘え方を知らない私は相談のしかたもわからず、内に秘めてしまい、部屋に閉じ籠り出した。

親に相談するのが恥ずかしく、話も次第に減ってきた。

自分はしっかりしなければならない。甘えてはいけない。弱音をはくのははずかしい。

どこかで、喜びを分かち合っていたのか、親子が抱き合っていたのを見た。

私は、そんな経験、ない。

そんな私も、26才で母親になった。

しかも、最初の妊娠で双子。喜びに溢れていた。

しかし、いざ子育てが始まると自分の理想とは大違い。旦那さんそっちのけで、育児のことで頭がいっぱいになり、夫婦喧嘩も絶えなかった。

「私は自分が子どもの頃みたいにはしないぞ」

「子供が大きくなったら悩みをたくさん聞いてあげるんだ」

「平等に二人とも抱きしめてあげるんだ」

と。

そう強く思っていたのに、まだまだ幼い我が子たちが思うようにいかないことに腹が立ち、声を荒げたこともあった。

子どもたちが私を見る目がこわかったのを覚えている。

そんなとき、ふと思ったこと。

『私の子供時代と同じになってしまう…』

子供たちにとって、いつも身近にいて安心させることができるママになりたい。この頃はそんな願望と現実が離れすぎている気がして、自分の感情をどうにもできなかった。

ごめんね。ごめんね。

ぎゅっと二人を抱き締めた。

涙が止まらなかった。

よく布団の中で一人で泣いた。

子どもとお風呂に入ってるとき、なぜだか急に涙が止まらなくなった。

そんな時もすぎ、今、子どもたちは6才になった。

もう大きくなって二人を一緒に抱き締めたり、抱き上げたりできないくらい大きくなった。

今は、またあの頃とは違う“思うようにいかないこと”が出てきて、また腹が立ったりするけれど、どんなにきつく叱った後も必ず“ぎゅっ”と抱き締めることにしている。

私は貴方の見方だよ。大切だから、叱るんだよ。大好きだから、叱るんだよ。

そんな思いを込めて。

それに、抱き締めると、怒りの心もウソのように治まるのが早い気がする。

何才まで、抱き締めさせてくれるかな。嫌がっても、抱き締めるから。

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