すっかり寒くなって参りました。人肌恋しい季節、恋人の祭典「クリスマス」も迫り、街はイルミネーションやら飾りつけで華やかな様相を呈しています。手がかじかむ冷え込んだ朝、私は一人の男を思い出してしまうのです。果たしてあの人は、今年も冬を越せるのでしょうか。淡い恋の行方はどうなってしまったのでしょうか。

我々は彼を“鬼ころし爺い“と呼んでいました。本名は誰も知りませんでした。

1.鬼ころし爺いと私

青い警備服の上から、ハンガーに吊るした私物の革ジャンを羽織りました。肩に回した警笛を括り付けた紐、それに腰の白帯(はくたい)が邪魔でうっとおしく、着膨れた上半身がもっこりしています。夜勤も残り数時間で終わりです。眠い目をこすり、ロッカーから煙草とライターを取り出し、ポケットに突っ込みます。まだ陽の上らない早朝、先輩と交代で一服しに外へ出ます。勤務する大型施設は全面禁煙を謳っている為、歩いて数百メートル先のコンビニエンスストアまで出張らねばなりません。其処にしか灰皿は設置していないのです。寒風が吹き荒れる中、身を屈め視線を横断歩道の先にやると、前かごと荷台にびっしり空き缶を積載した自転車が見えました。嫌な予感は的中しました。

コンビニの軒下、灰皿の直ぐ横に人影があります。地べたに座り込み、煙草を吹かしています。灰皿の直ぐ脇に居る癖に、吸殻はアスファルトに押し付けたまま散乱しています。紙パックの「鬼ころし」が転がっています。赤ら顔に粗末な身なり、止むことなくぶつぶつ独り言を呟いています。

“鬼ころし爺い”でした。噂は先輩から伝え聞いていました。一回でも相槌を打つと、永遠に喋り続ける厄介な親父だぞ、と。私は黙りこみ無視しようと決めました。

「あいー、寒かのう」
(ああ、寒いね)

彼は訛りの強い口調で天候の話題から切り出してきました。私に返答を期待しているようです。缶コーヒーと煙草に夢中な振りでそっぽを向きます。

「おっ!兄ちゃんの着とるジャンパー、革の?えらい格好よかじゃんの。おいもそげんかと欲しかー。高かったろう。六千円くらいしたやろう?」(おや、お兄さんが着ているジャンパーは革製なのかい?とても格好いい。私も同じようなジャンパーを是非とも購入したいものだなあ。でも高級品だよね。六千円は下るまい)

堪らず、ぶほっ、と飲んでいた缶コーヒーを吹いてしまいました。六千円のリアリティーにヤラれてしまったのです。蓋し慧眼でしょう。洋服の青山で父が購入したものの、サイズが合わないから、と私に払い下げられた合成皮革、中国製の一着でした。

もう止められません。“鬼ころし爺い”は目の色を変え嬉々として喋りまくります。やっと獲物を見つけたハンターでした。

「こん前、そん自転車で温泉に行ってきたったい。そしたらくさ、パトカーがおいの後ろばずいーっとくっついてくるじゃん。なんかじゃんち思うたら警察が“その自転車おたくのですか?”げな。おいば誰ち思うとるとか!馬鹿が!こん、警察、が!」(この前、自転車で温泉施設に行ったんだ。すると道中、パトカーがずっと僕の後ろをついてきたんだ。何なんだろうと思ったのさ。警察はこう言った。“その自転車の所有者は貴方で間違いありませんか“だってさ。僕を誰だと思ったんだろうね。スチューピッド!ファッキンポリス!)

警察、という単語は語気を強め、かなり激昂した様子で絶叫しました。狂気を感じました。

「おいはいつもは、あん橋の下に住んどる。寒うしていかん。仲間が何人かおったばってん、みんなおらんごつなってしもうた。おいは寂しか。話し相手のおらん」(僕は普段はあの橋の下で暮らしている。とても寒くて敵わない。仲間はいたけど、今は離散してしまった。僕は寂しいんだ。話し相手がいないのさ)

ホームをレスした人、特有のヴァイブスに満ちた言葉でした。

「だーれん、おらんばってん、たまに小学生の女の子にチョコレートば上げよるばい」(橋の下は全然人通りがないけれども、たまに通る小学生の女子児童にチョコレートを配っているんだ)

最近寄せられる不審者情報はコイツだったのかと得心しました。

「ごめんの。いらんこつばっか言っての。おいは、ざまなか。アル中たい」(すまない。余計な事ばかり喋ってしまって。僕はどうしようもない人間なんだ。アルコール中毒なんだ)

ばってん酒ば止めきらん…と静かに呟いた彼の背中に悲哀の色が強く浮かんでいました。警備室に戻ると「いつまで煙草吸いよったとか!」と先輩に怒鳴られました。

2.鬼ころし爺いとおばはん

それから数日後、夕食を買いに出た私はまた“鬼ころし爺い“の姿をみかけました。灰皿真横に陣取り、足元に吸殻と鬼ころしを撒き散らしています。ただ、私に気付いている素振りは微塵もありません。

革ジャンを着ていなかったからでしょうか。いえ、どうやら違うようです。彼には連れがいました。おしゃべりに夢中で周りが目に入っていない様子です。

「アンタの服ば煙草で燃やしちゃろうか」(貴方の服に煙草を押し付け発火させて差し上げましょうか)

「お前は何ば言いよっとかあ」(君、そんな冗談は止し給え)

連れは、化粧気のない浅黒い肌、でっぷり肥え太っただらしない体型、歳に相応しくないファンシーな格好に身を纏った美しいとは言い難い「おばはん」でした。二人は仲睦まじげに、きゃっきゃ、じゃれあっていました。傍目に見苦しかった“きゃっきゃ”なのですが「おばはん」は何故かプレイの途中でチラチラと忙しなくコンビニの自動扉の向こう側を覗いていました。“鬼ころし爺い“は目敏く見つけ、棘のある声で糾弾しました。

「お前はさっきから、ちらちらちらちら、何ば見よっとか!」(君は先程から一体何を覗いているんだい?)

「…いや、店長が。店長が。おるやか、ち思って」(ううん、その店長。コンビニの店長の姿を一目見たいと思っただけなの)

「はあん?店長ち、あのまん丸う肥えとる男か。お前、あげんか奴に惚れとるとか!」(なんだって!店長ってふっくら脂肪がついた男性のことなのかい。君は恋心を抱いているのかい!)

「…知らん。そげんかとじゃ、なか」(ふん。知ーらない。乙女心は複雑、なの)

二人に気まずい沈黙が訪れました。コンビニの白い蛍光灯が明滅していました。

3.店長と美少年

ほぼ毎日コンビニに通っていたのですが、その店長は「仏様」のような人でした。見た目がそっくりだったのです。福耳とかちゅるちゅるの短髪とかふっくらした頬の質感とか。レジでの精算は、いつも恭しい態度を崩さず「大変お待たせいたしましたあ。申し訳ございません。ありがとうございますう」と腰をめいっぱい屈め、満面の笑顔で卑屈とも受け取れる接客スタイルに徹していました。

その日は時間帯に因るものでしょうか、店内に客は私以外にありませんでした。レジに立っても誰も出てきません。すいませーん、とレジ奥に身を乗り出した私は、見てはいけない光景を目の当たりにしてしまったのです。唐揚げなんかを揚げるフライヤーの前で、店長は新人教育をしていたのでしょう。初々しい少年が身を固くしています。緊張しているんでしょうか。神妙な顔つきです。男の私からしても、色白で小柄、きゃーわいい、と声が漏れそうなジャニーズ系の美少年です。初めてみる顔で、新人アルバイトであろうと察しがつきました。その新人君が硬直しているんです。なにか変です。きな臭い感じが漂っています。視線を下げると、理由がわかりました。

新人君は尻をゆっくり撫でられていました。店長の右手が執拗にゆっくり円を描くように…。淫靡でした。

(戦国大名かよ!殿様か!店長!)

私の脳裏に”鬼ころし爺い”、おばはん、が浮かびました。世の中は、因果でした。

この記事を書いたユーザー

久留米の爪切り このユーザーの他の記事を見る

男は久留米という砂漠の中の一粒の砂であり、クルマ、金、女に縁がないライター志望の孤独で吝嗇な三十路だった…http://ameblo.jp/kt660cc http://tabelog.com/rvwr/002224433/

権利侵害申告はこちら

Spotlightのライターなら1記事最大3000円もらえる!日本最大級メディアでライターデビューのチャンス