今、生きづらいと感じている人はどれぐらいいるのでしょうか?人間関係の悩み、差別、貧困、病気、生きづらさを感じさせるものはまわりにあふれています。筆者自身も、障害のある子供がおり、生きづらさがないと言えばうそになるかもしれません。しかし、現代よりもさらに年代を遡れば遡るほど、もっと生きづらい世の中だったのではないでしょうか?
2008年、シベリアのデニソワ洞窟で4万年前のものとされる小さな骨のかけらが発見されました。それは推定年齢8歳の少女の指の骨。私たち現生人類ではなく、新種の「人類」の骨でした。彼女(デニソワ人)は現代よりも確実に過酷な状況の中で8年間生き続けたのです。

第三の人類

シベリアの洞窟でロシアの若き考古学者によって発見された小さな骨は、2010年、ドイツの進化人類学研究所によって全く未知の人類のものと発表されました。
人類の進化に興味がないという人も、ネアンデルタール人については、「知ってる」という人が結構多いかもしれませんね。学生時代に授業で習った記憶があるかもしれません。そのネアンデルタール人でもない、私たち現生人類でもない、第3の人類、デニソワ人の存在が明らかにされたのです。
そうはいっても、まだまだ謎の多いデニソワ人。その外見や行動などはわかっていないようです。

本能なのか?愛なのか?

デニソワ洞窟で見つかった骨の化石をDNA分析した結果から、現生人類とデニソワ人が交雑していたらしいという発表がありました。すでにネアンデルタール人と現生人類が種間交雑していた可能性が高いことは報告されています。現代に生きる人類に、デニソワ人やネアンデルタール人のDNAが受け継がれているかもしれないのです。現生人類がネアンデルタール人などの旧人類を滅ぼしながら世界を征服していったというわけでもなさそうですよね。彼らがどういう風に出会い、共に生きることになったのか。そこに愛はあったのか。

過酷な環境の中で

私たちの祖先である現生人類は、大気候変動、食糧危機、他の動物たちとの生存競争など幾多の困難を乗り越え生きてきました。その過程で、ネアンデルタール人やデニソワ人との出会いがあったのでしょう。ヨーロッパに先住していたネアンデルタール人やアジアに先住していたデニソワ人と交わることで、その土地に適したDNAを取り込み“生きづらさ”を克服していったのかもしれません。石器づくりなど文化面でも交流があったかもしれませんね。彼らの間で友情や愛が芽生えることはあったのでしょうか?種間交雑のせいでネアンデルタール人は絶滅したという説もありますが現代人にDNAを残し、一方で現生人類は交雑をも生き延びる手段として生き続けたのかもしれません。

生きろ!

過酷な状況の中で、生き抜き、子供を産み命をつなげてきた人類たち。先祖たちはDNAを残さなければとか考えたわけではなく、ただ必死に生きただけなのでしょう。彼らが生きることを諦めなかったから、今私たちは生きています。洞窟で見つかった8歳の少女は、子供を産むことなく命を終えてしまいました。彼女のように生き抜けなかった人たちのほうが多かったことでしょう。常に死が身近にあって、生きていることが当然ではない状況だからこそ、生への執着は強かったのではないでしょうか?筆者の子供は子孫を残すことはないかもしれません。それでも、私たちは今日も生きています。デニソワ人の少女は、4万年後の現代を生きる私たちに、「生きろ」とメッセージを送っているような気がします。

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aya このユーザーの他の記事を見る

中学生の娘をもつ母です。以前出版社に勤めていました。ウェブマガジンなどでコラムを執筆したりしています。

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