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新作『ラスト・ナイツ』の公開を控えた紀里谷和明監督が、早稲田大学で特別講義をおこなった。

「日本からハリウッドへ─映画監督・紀里谷和明」と題されたこの講義は、主に、早稲田大学の全学共通副専攻「映画・映像」で映画を学ぶ学生に向けておこなわれたもの。実際に映画監督を志す大学生たちと対話をするかたちでおこなわれた。

『CASSHERN』『GOEMON』と、興行成績的には成功だったにも関わらず、日本国内の批評家から、多くの批判を受けた紀里谷和明監督。

だが、ハリウッドからは好評で『CASSHERN』の公開前の予告編の段階から、直接電話で問い合わせがあり、5社からオファーを受けたほどだったという。そこで、今回はハリウッド資本の外国映画として新作『ラスト・ナイツ』を作り上げた。

日本とハリウッドでこんなにも評価が違うのはなぜなのだろうか。2つの違いについて紀里谷監督はこのように語る。

「ハリウッドは見たことないものが好きで、日本は見たことないものが嫌いなんです。イノベーションを好む国と、『イノベーションしなければいけない』といいながらイノベーションすることを嫌う国なんですよね」

それは、自身のこれまでの創作物への日本の反応からも感じ取ったのだという。

「僕は、もともとスチールのカメラマンから始まっているのですが、デジタルカメラを日本で最初に商業用に使ったのは僕なんです。

その当時はフォトショップで写真を加工するという行為が、『こんなものは写真ではない』『邪道だ』と散々言われましたよね。

同じようにグリーンスクリーンで撮った映画である『CASSHERN』を作ったときも、『こんなものは映画ではない』と言われました」

と、話は日本とアメリカの違いに。そのような経緯を経て、今回は日本企業はDMMが出資した以外は全て外国の出資で、新作『ラスト・ナイツ』を撮り上げた。

ハリウッドで映画を撮るのに英語が喋れるかは関係ない

学生から「ハリウッドで映画を作る際に、例えば言語の違いのように、日本人であることがデメリットになったことはないのですか?」と聞かれると、こう答えた。

「『CASSHERN』のあとに色々な外国の人に呼ばれて行って、僕が英語を喋ると驚かれるんですよ。

向こうは僕と仕事をしようとしているのに、僕が英語を喋れることを知らないってことは、裏を返せば、僕が英語を喋れるかどうかなんて、どうでもいいってことですよね。喋れなかったら通訳を入れればいいだけの話。出身も関係ない。

例えば、早稲田の学生同士で何かを作るとするじゃない。そのときにさ『あいつは熊本出身だ』とか気にする?(笑)」

心配しすぎは芸術をダメにする

さらに話は発展し、色々なことを心配しがちな学生を指南する方向に。

「心配してる人たちが多すぎる。テレビ番組を作るときも『これを言ったらコンプライアンスにひっかかるんじゃないだろうか』とか、友だちと居酒屋で喋っていても『これを言ったら嫌われるんじゃないだろうか』とかね」

その心配しすぎる姿勢は、芸術をダメにしていくと警鐘を鳴らす。

「自由であることを提案できる力を持っているのが芸術でしょ。システムに対して常に真逆の立場でいるもの。そういった、自由の可能性の提示が芸術だと思うんですよね。でも、歴史的にずっとシステムや体制が自由を駆逐しようとしてきたワケでしょ。

全ての作法やルールというものが芸術をダメにしていくんだよね。それなのに、既得権益を守ろうとする人たちの作ったルールに、なんで自分から飛び込もうとしていくんですかねえ」

大学に落ちたことで人の価値は変わるのか

学生から「なんでそんなに紀里谷さんはピュアでいられるんですか?」という質問が飛ぶ。

業界で色々な仕事を経験してきた47歳の紀里谷さんを、20歳は下の大学生がピュアだと感じるのもなんだかおかしな話だが、確かにそう聞きたくなるような、ピュアさを紀里谷さんは醸し出していた。質問にはこんな返答が。

「ピュアのままでいたいからじゃないですかね。人はみんな、もともとピュアで生まれてくるよね。子供の頃は人種とか役職とかで差別したりしないでしょ(笑)。

でも、成長の過程で、かけひきしないと親や友だちに嫌われるとか、こういう学校に入っていないとダメだとか、こういう役職につかないとだめだ…って“形”を過度に意識しすぎちゃってるわけでしょ。

例えば早稲田大学に落ちて、『もうだめだー』と思っている人は多いと思うんだけど、落ちたことで、その人の価値は変わったの?変わってないよね」

自分たちの中で勝手に作った枠組みを、勝手に恐れている若者たちの、枠を一気に取っ払おうとしてくれるような力強いトーク。最後に、映画を撮りたいという学生たちにこんなアドバイスをくれた。

映画はとりあえず作れ

「何事もやってみるのが一番勉強になるんですよ。批判してる奴らが何をしてるんだ、っていう話ですよね。その間に作ってるこっちは先進んじゃったんだもん(笑)。

だから、みんなもどんな小さい作品でもいい。映画を作りたいなら、今はiPhone 6sでだって4Kの動画が撮れる時代なんだから、撮らないっていう選択肢がないよね。

ちっちゃい自分の世界を作って、その宇宙の神になる。神になりたいと手を上げる。そして、あなたにしかできない世界はなんなのかを突き詰めていくことじゃないですかね」

全ての言葉があまりに本質をつきすぎていて、こうやって文字面にして、ネットニュースで流すこと自体が、本質的ではないのではないか、と思わせるほど、紀里谷監督の語調やオーラも含めた言葉には説得力があった。

本質をつきすぎていたがゆえ、日本の旧来の体制の人々からは敬遠されていたのかもしれないが、『ラスト・ナイツ』は満を持しての凱旋となるに違いない。映画『ラスト・ナイツ』は、11月14日より全国ロードショー。

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