記事提供:カラパイア

男なら女しか、女なら男しか愛せないという、昔から信じられてきた模範的な異性愛だが、そんなものは存在しないということが最新の研究で明らかとなった。

女性が性的な映像を見た時の反応を調査したところ、本人の自己申告とは無関係に、異性にも、そして同性に対しても身体が大きく反応していることが分かったそうだ。

アメリカ、コーネル大学のリチャード・C・サビン-ウィリアムズ博士の研究は、文化に深く根付いた固定観念を揺るがすこととなった。

同博士が採用する基本的な手法は、瞳孔の拡大の有無を観察して、性的指向を評価するというものだ。

彼らによれば、自分がストレートであると信じている女性でも、通常は男性に性的な関心を示すが、いざ運命の女性が現れれば同性であっても求愛するかもしれないのだ。

一般的な考えでは、性的指向は異性愛か同性愛に明確に区別できると思われている。ごく最近まで両方を愛することができる両性愛(バイセクシャル)が取り上げられることはなく、

はっきりと揺るぎない性的指向という観念が社会に刷り込まれていて、それが文化的な性的役割を決めている。

個人が自分の欲求を正直に伝えようとしないのも、こうした社会的な規範があるからだ。

かつて、本研究のような同性に対する反応は、女性のみに特有のものであると考えられてきた。

しかし、女性が自分自身に性的な行為をする写真を見て異性愛者として反応する男性に対して、男性が自分自身に性的な行為をする写真を見せた時もまた瞳孔がやや拡大することが確認されている。

すなわち心理学的には、男性であっても完全な異性愛者は存在しないということだ。

19世紀の婦人参政権運動から20世紀半ばに沸き起こった種々の社会正義運動まで、アメリカの政治活動家は構造的不平等を解きほぐそうとしてきた。

一見無害に思える社会規範でさえ、性の格差を維持する上で大きな役割を果たすことがある。サビン-ウィリアムズ博士らが目指すのは、こうした規範が科学的な事実であるという誤解を変えることだ。

性の境界は、男性にとっても女性にとっても緩まりつつある。

サビン-ウィリアムズ博士は、こうした傾向はおそらく好ましいことだろうと評価する。子供たちにより多様な意見が育まれ、選択肢も増えるからだ。

彼らは何が何でもそこに合わせなければならないとは感じなくなるだろう。

異性愛の人々にとっても、性的役割とあるべき振る舞いという観点において、異性の領域に足を踏み入れやすくなるはずだ。

LGBTや性同一性障害の人は、不当な社会差別や偏見に晒されているかもしれないが、人間としては、同性愛者であることが特権と言えるのかもしれない。

なぜなら、その人物には、異性愛というアイデンティティを押し付ける規範に対して疑問を抱くきっかけが与えられるからだ。

抑圧的な性文化は、同性愛側に生まれついた人々が遭遇する深刻な危害の原因であるかもしれないが、そうした境界によって人間性の探求が制限されているのはそこで暮らす全員だ。

本能に正直な動物の世界ですら同性愛は確認されているのだから、理性や社会的規範を取っ払ってしまえば、人間も完璧なストレートとはいいがたく、本当に心惹かれた人はたまたま同性だったという場合だってあるってことだ。

出典:broadly.

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