記事提供:子ある日和

息子が生まれて2年と少し。初めての子育ては、毎日が必死だった。

母乳育児の始まりは、乳首が切れて本当に痛くて、泣きながら、勢いよく吸う息子の顔を眺めてた。

夏場にロンパース一枚でスーパーに連れて行って、見知らぬおばさんに怒られた。

後追いが激しかった時は、精神的に切羽詰まって、息子の顔が見れなくなった。

旦那に可哀想だと言われて、号泣しながらいっぱいいっぱいなんだと訴えた。

一番大変だった時期が過ぎたら、育児にも慣れて、悩みを話せるママ友も出来て、毎日を漫然と過ごしていた。

余裕が出てきたこともあってか、段々と自分自身の今後に不安を覚えた。

専業主婦、子育てしかしていない自分、こんな自分でいいんだろうか。

自分の日常が、とてもちっぽけなものに思えた。

そんな時に発覚した二人目の妊娠。二人目は欲しいと思っていた。

思っていたけど、妊娠が分かって一番に思ったことは、

「またあの日々の繰り返しか」。

二人目ともなると、お金のこともシビアになる。妊娠はもちろん嬉しかったけれど、不安、もっと言えば憂鬱な気持ちも大きかった。

「二人育児は忙しいだろうな」
「息子の赤ちゃん返りはどうしよう」
「自分の時間が出来るのは一体いつなんだろう」
「大変だな…」

上の子がいての悪阻も、中々大変だった。横になれないし、ムカムカを抱えて遊びに付き合って、妊婦でも買い物荷物と寝入った息子を抱えて…。

「大変」思うことはそればっかり。

そんな風に過ごして、数ヶ月後のある日、本当に突然の事だった。訳の分からないまま過ぎてしまった。

数ヶ月一緒に過ごしたお腹の子は、あっと言う間にお空に帰ってしまった。

毎日涙ばかり流す私に、ある日息子がティッシュを取ってきて、たどたどしい言葉で言った。

「あな(鼻)出てるね〜。(目から)あめ、降ってったね〜!」

ティッシュで私の顔をガシガシしながら、目を見てニッコリ笑った。

あぁ、私は本当に馬鹿だった。

目の前にある息子の笑顔は、本当に奇跡の塊なんだ。

色々大変だった。

育児が辛くて泣いたこともあった。

でも、息子がこれまで何の問題もなくお腹で育って、健康な身体で生まれて、すくすく育って、今ここにこうして「いる」ことは、決して当たり前じゃない「奇跡」なんだってこと、今になってやっと分かった気がする。

私は今まで、その大きな大きな幸せを、毎日受け取っていたんだ。

それを「大変」なんて言葉で片付けて、なんてもったいない日々を過ごしていたのだろう。

もう自分の毎日を、「大変」だけで終わらせない。

ちっぽけだとも思わない。

私の日常は、奇跡の詰まったかけがえのない毎日。

これからの育児を目一杯楽しもう。

それを気付かせてくれたのは、小さな、小さな命だった。

権利侵害申告はこちら

Spotlightのライターなら1記事最大3000円もらえる!日本最大級メディアでライターデビューのチャンス