現在ではテレビなどで引っ張りだこのお笑いコンビ『サンドウィッチマン』

出典 http://laughy.jp

2007年に『M-1グランプリ』で優勝してからは、芸人としての仕事も絶えることがなく、現在もテレビなどで引っ張りだこのお笑いコンビ「サンドウィッチマン」

そんなサンドウィッチマンのふたりが、15日に放送された「八方・陣内・方正の黄金列伝!」(読売テレビ)に出演し、自分たちの成功までのどん底の時代について語りました。

結成前は、フリーターだった富澤さんと福祉の会社に就職していた伊達さん

Licensed by gettyimages ®

高校卒業後はフリーターだった富澤さんと、福祉の専門学校に通い、福祉の会社に就職していたという伊達さん。

サンドウィッチマンは富澤さんが21歳の頃にお笑い芸人になろうと思い、高校時代の同級生である伊達さんを誘ったことで誕生したといいます。

しかし、福祉の仕事にやりがいを感じていた伊達さんは富澤さんの誘いを断り続けていたんだとか。

結局、富澤さんは3年をかけ伊達さんを説得し、コンビを組むことになったのはお笑い芸人としては遅い24歳の時。

その後、伊達さんは就職していた会社を辞め、二人は上京することになったんだそうです。

そして、上京した後は、1DKで月の家賃6万8千円のアパートで共同生活をすることになったサンドウィッチマンの二人。

しかし、当時どこの事務所にも属さないフリーの芸人だったことから、お金になるような仕事はなく、アルバイトで生計を立てていたんだそう。

当時唯一のネタみせ番組だった、NHKの「爆笑オンエアバトル」にも、柄が悪いと門前払い。オーディションにすら参加できなかったといいます。

そんな当時、富澤さんは伊達さんに対して”死んでお詫びをするしかない”と思っていたんだそう

出典 http://girlschannel.net

そんな生活を5年も続けていた二人。29歳になった時、富澤さんは伊達さんに「解散しよう」と告げます。

当時、伊達さんをお笑いに誘い、会社を辞めさせて、東京に来たことを申し訳なく思っていたという富沢さん。

伊達さんと、伊達さんの親御さんに対して、”死んでお詫びをするしかない”と自殺を考えていたんだそう。

伊達さんもその当時を振り返り「なんか一時期、僕が思うに、おかしい状況がありましたね」と語っていました。

しかし、その翌年の2005年にサンドウィッチマンはブレイク

出典 http://www.amazon.co.jp

しかし、そんな富澤さんの解散話に『解散するまでの挑戦をしてないだろ』と言って反対したという伊達さん。

その後、『30歳になって地上波のテレビでネタができないのであれば芸人を諦めよう』『来年を勝負の年にしよう』と話し合い、アルバイトを辞めライブに専念したというサンドウィッチマンの二人。

それが功を奏し、二人が30歳になる2005年の5月、日本テレビ系のネタみせ番組「エンタの神様」にも出演し、初めて地上波でネタを披露することができたといいます。

そして、2007年にはM-1グランプリで優勝

出典 http://laughy.jp

そして、2007年にはM-1グランプリで優勝することになったサンドウィッチマン。

どん底の時代には解散はおろか、自殺を考えるほど追い詰められていたという富澤さんと「挑戦をしていない」との理由で、解散に反対した伊達さん。

二人の根のまじめさが伺える今回のエピソードですが、そんな二人だからこそ、多くの人にたくさんの笑いを届けることが出来るのかもしれませんね。

この記事を書いたユーザー

amaneck このユーザーの他の記事を見る

記事を読んでいただきましてありがとうございます。ネットでちょこちょこ記事を書いている神奈川県在住の副業ライターです。個人的に気になったことをお伝えしていきますのでどうぞよろしくお願いします。

権利侵害申告はこちら

Spotlightのライターなら1記事最大3000円もらえる!日本最大級メディアでライターデビューのチャンス