初代スーパーマン【クリストファー・リーヴ】

1978年、世界中で記録的に大ヒットとなった映画「スーパーマン」、この映画を見たことがないという若い人は多いかもしれませんが、胸に【S】のマークを携えた、この世界一有名なスーパーヒーローの衣装を見たことがないという人はいないのではないでしょうか?クリストファー・リーヴは、第四作までシリーズ化されたこの映画で、主役である新聞記者のクラーク・ケント(スーパーマン)を演じました。

映画撮影当時に受けたインタビューで、「真のヒーローとは?」という質問に対し、リーヴは次の様に答えています。

「先のことを考えずに勇気ある行動をとる人のこと」

しかし、後に彼は、この言葉を取り消すことになります。

この後、彼の身に起こった悲劇とは・・・

一瞬の事故で四肢麻痺となり、呼吸機能を失う

1995年5月27日、ほんの一瞬の間に起こった落馬事故で、彼の世界は崩れ去ります。趣味で出場した乗馬の大会で、馬の背から放り出され、頭から落下したリーヴは、第一、及び第二頸椎を骨折し、首から下の全ての感覚を失いました。自立した呼吸も不可能となり、残りの生涯を通しての人工呼吸器の装着を余儀なくされました。

自殺を思いとどまらせた妻の言葉

「第一、第二頸椎を損傷し、脊椎と頭蓋骨が繋がっていない状態です。」一生歩けないどころか、指一本動かすことも、自分で呼吸をする事さえも出来ないという残酷な事実に、リーヴは自殺を考えます。そして、唇を動かして、妻に意思を伝えました。

死なせてほしい」

すると、目に涙をいっぱいためた妻のダナは静かに答えました

「一度しか言わないからよく聞いて。これは、あなたの人生で、あなた自身が決めることだから、あなたがそうしたいなら、どんな事でも手助けするわ。だけど、これだけは知っていてほしいの。どんなに長い道のりでも、何があっても、私はあなたのそばにいるわ。どんな姿でもあなたは、あなたよ。愛しているわ。」

 この後、リーヴは二度と死を口にすることはなくなりました。

事故後初めて彼を笑わせてくれた親友ロビン・ウィリアムズ

夜、指一本動かすことが出来ない状態で、一人でICUのベッドに横たわっていると、リーヴは自分の中に湧いてくる怒りを抑える事ができませんでした。そして、近々行われる予定の脊椎と頭蓋骨をつなぐ手術の事を考え恐怖に怯えていました。自分の現状に気が滅入って落ち込むばかりのリーヴでしたが、そんなある日、突然ドアが荒々しく開いて、手術着を着た医師が飛び込んできて、ロシア語なまりの英語でまくしたてました。

「私は肛門専門医です。これから直腸診をして肛門を調べます!」

「・・・???」

以前に出演した映画の中の自分の役どころを再演してみせた親友のロビン・ウィリアムズでした。

この一件について、後にリーヴは次の様に語っています。

「事故の後、はじめて笑った瞬間でした。私の大切な友は、『きっと私は大丈夫だ、なんとかして乗り越えられる』ということを、私に気づかせてくれました。

ハリウッドきっての名優ロビン・ウィリアムズは、彼が映画『パッチ・アダムス』で演じた医師のように、「ユーモアと笑い」でどん底にいる親友を力づけ、そして、一瞬にして立ち直らせたのです。

リハビリ、そして復帰

頭蓋骨と脊椎をつなぐ、命を懸けた手術を見事に乗り越えたリーヴは、悲劇の事故から1カ月後の6月28日、リハビリ施設へと移されました。

彼は、持ち前の根性と揺ぎない決意をもって、自分の人生を立て直すことに全力を注ぎました。特別に作られた電動車いすを、口元に備え付けられたストローに空気を送り込むことで操縦するという訓練を受けました。人工呼吸器の呼吸の合間に話すという技を身に着けました。そして、どんな小さな進歩も見逃さず、必死でリハビリに取り組み、自分自身を相手に闘い続けました。

そして、事故から半年も経たない1995年10月16日、電動車いすに乗ったリーヴは公の場に姿を現し、奇跡の復活を遂げたのです。そして、この公の場というのは、なんと、リーヴの窮地を救った旧友ロビン・ウィリアムズを表彰するという、俳優連盟のディナーパーティでした。

その後の活動

このパーティーでの復帰を皮切りに、リーヴは同じ脊椎損傷で苦しむ人々の代弁者となり、精力的な活動を開始します。四肢麻痺などの障害者のための基金も立ち上げ、新しい治療法の開発援助にも力を注ぎました。そして、彼自身も、「50歳の誕生日には、再び二本の足で立って歩く」という、無謀とも思える目標を掲げ、そして、夢の実現を信じて邁進しました。タイムマガジンのインタビューではこう語っています。

「その昔ケネディ大統領が、『1960年代の終わりが来るまでに月に行く』と宣言したとき、科学者を含む全ての人が彼の言葉に呆れ果てて首を振りました。でも、私たちは月に行きました。意志の力さえあれば、脊椎損傷の治癒だって実現可能です。地球の外の宇宙で実現することは、この地球でだって実現できます。」

治療中の心停止ー突然の別れー

強い意志と、勇気をもって事故後の厳しい人生を生き抜いたリーヴは、2004年10月10日、褥瘡治療で投与された抗生物質の反作用により、心肺停止状態に陥り、52年の生涯を閉じました。リーヴを、尽きることのない愛で献身的に支え続けた妻のダナは、翌年8月に肺がんを発症し、僅か7カ月後の2006年3月に44歳で、夫の後を追うように亡くなりました。

『真のヒーローとは?』

当初、真のヒーローとはと問われ、「先の事を考えず、勇気ある行動がとれる人」と答えていたリーヴですが、事故後に聞かれた同じ質問に対して、次のように答えています。

「真のヒーローとは、どんなに厳しい難局にあっても、努力を惜しまず、耐え抜く強さを身につけていったごく普通の人間の事だ。」

まとめ

クリストファー・リーヴは、悲劇の事故により体の自由を奪われ、将来を奪われ、夢を閉ざされ、あらゆるものを失ったにも関わらず、その難局を努力と強い意志で乗り越え、真のヒーローになりました。

そして、どんな苦難にもひるむことなく彼を支え続けた妻ダナ、友の窮地に向き合うことを恐れず、飛び込んでいってリーヴを勇気づけた親友のロビン・ウィリアムズもまた、真のヒーローであったと言えるのではないでしょうか?

この記事を書いたユーザー

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オーストラリア在住。息子が生まれて一年半後、夫はアスベストが原因の悪性中皮腫という、これといって有効な治療法もない、強烈な癌を発症。そして、二年の闘病を経て他界しました。今は、5歳になった息子と二人、夫の眠る地で、毎日を大切に生きています。中皮腫の闘病記・アスベストの事・死別後の息子との二人三脚の毎日をブログに綴っています。http://ameblo.jp/maria1428

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