旅行という非日常的空間は、時々、人間の思わぬ両極端な面を見せてくれます。

『不機嫌な父親』

それは、ほんの少し前に行った小旅行で、とある(世界遺産のある)観光地の、小さな駅の近くにある喫茶店での出来事でした。

午後12時少し前、年代物の四人掛けのテーブル席がお行儀よく壁際に四席、窓際に二席並ぶ、その小さな喫茶店には、楽しい旅行の思い出を持って家へと帰る為の次の特急列車に乗る人が、そのとき待ち時間とお昼ご飯を兼ねての私を入れて8人が店内にいました。

それぞれにゆったりとコーヒーを飲みながら会話する人、弾む会話に食事の手が止まっている人、静かに食事を楽しんでいる人と・・、その空間を、互いに心地良く共有していました

お店はママさんと入って三日目のアルバイト女性がひとり(さっき、お店を出て行った常連さんとの会話からの判明情報)、壁側奥から順番に並んで年配の夫婦二人連れが2組。

反対側入り口を入ってすぐの席に成人した娘さんを連れた親子連れが一組。そして、狭い通路を挟んで反対側奥の窓際の席に座る私の席からは、真正面入り口格子ガラスドアから次に入って来る人の顔がよく見えました。


と、そこに若い女性が走ってくるのが見えて…。

カランカランと入り口ガラスドアの上についた三個のベルを激しく鳴らし…、この喫茶店に駐車場はないのかと…、ちょっと困ったような顔をした、その若い女性が焦りながらお店のママさんに聞いています。

その焦りように・・なんかヘン?・・と不思議に思い窓から外を見ると…。多分、その女性の父親でしょう。不機嫌な顔で車のハンドルを握っています。

助手席には、身体を小さくした…、多分、母親でしょう。すがるような目で、こちら…、つまり、娘が駐車場がないかと聞きに入ったこの喫茶店の入り口ドア付近を必死になって見ています。

なんだか、イヤな予感。。。の予感は的中!

外に出た喫茶店のママさんが、駐車場はあるが「ここは一方通行なので、前進して駅の方に行く道からクルリと回ってきて欲しい」と言うと、「誰も見ていないから大丈夫だ!」と、空いた窓から男の怒鳴り声が聞こえて来ました。

そして、一方通行を無視して思いっきりハンドルを切ると・・、駐車場へ頭から突っ込んで車を入れたのでした。

『ご遠慮したい空間に・・』

案の定、娘、母親・・、の後から入ってきた父親は、明らかに不機嫌全開の苦虫を噛みつぶしたような顔とイヤな空気を漂わせて・・。私の目の前に空いている四人掛けテーブルに座りました。

それは、つまり・・、四人掛けテーブルの入り口側奥に座る父親は、丁度、反対側奥に座る私と向かいあわせになります。

本当は見たくないけど、変に目をそらすことも出来ず。真っ直ぐ座っているだけですけど・・、見える。見たくないけど・・、イライラとした不機嫌な顔が、文句をいいたくてうずうずしている顔が見える。

〝まいった・・・。〟それが、その時の隠さざる私の正直な気持ちです。

見るとはなしに見える視線の先には、メニューとおしぼりを持ったアルバイトの女性に対して、その父親の不機嫌な目は、獲物を狙う鷹のように、もし、なにかひと言でも自分の気に入らないことを言えば、鋭い言葉で店内の空気を引き裂いてやる・・的な、イヤな空気がその父親の周りに漂っています。

それが分かるのか・・、母親と娘は「お父さんはなにがいい?」とか「これ、美味しそうだよ」とか変に明るい声でしつこいくらいに話しかけています。


〝この人、なにがあったのかは分からないけど・・、今、自分の中に抑えている怒りを外に出したくて…イライラしているんだ。どんな小さなことでも、店員の落ち度を見落とすまいとジッと見ている。イヤな目、イヤな表情・・。ほんと・・、いやな感じ・・。〟


このまま行けば、完全にこの店員さんは、この不機嫌な父親のターゲットにされて理不尽なクレームをつけられ怒鳴られるな・・多分、気の毒に・・と、咄嗟にイヤなことを想像してしまっていました。

そして、他のお客さんたちも、この親子が入ってきて店の空気が微妙に変わったのが分かったのか・・・。妙に会話が途切れ、店内はシ~ンと、ちょっとイヤな緊張感のある静けさになっていました

〝これ、この雰囲気もいや。〟

すぐ出たいくらいイヤな感じ・・、ですが。食べ始めたランチと、その後には飲み物がやってきます。それに、電車の待ち時間は意外にタップリとあるので、それを計算してゆっくりとお昼を済ませて・・と入った喫茶店。

仕方がないので、なるべく前を見ないようにして目線を落とし私は・・・、〝どうか、店員さん。この危機を上手くやり過ごしてください〟と、心のなかで祈りながら・・・。食べることに集中しました。

『声かけは、上手なスルーになる!』

しかし、しかしのこの店員さん、まだバイト三日目だというのに、親子が座るテーブルの雰囲気の悪さをものともせず、笑顔で、はきはきした元気な声で、あの不機嫌な父親のとこなどなにも気にしていない様子。

〝すごい・・、客商売むいているかも、この人〟と思いながら、見るとはなしに、聞くとはなしに聞いていると・・・。「お水、こちらに移動しますね」と、サンドイッチの皿を置く場所を確保するために、まずは声かけしてから移動。

ホットケーキ、もうすぐ出来ますから、もうちょっと待ってくださいね」とカウンターに素早くもどると・・Uターンしてきて・・。「コーヒーのほうが先になっちゃいました。ホットケーキがくるので、ここに置きますね。ミルクと砂糖、すぐお持ちします

お待たせしました。ホットケーキです」・・と、注文の品を次々運んでくるたびに声かけしていきます。

後からきた注文の品がすぐに置けないときは・・、「前からすみません。ピラフ、こちらに移動した方が食べやすいですよね」と、先に置かれているコーヒーや、水の入ったコップを邪魔にならないところに素早く移動していきます。

声かけと、にこやかな笑顔、加えて物怖じせずに元気にはきはき話す店員さんに、苦虫噛みつぶしていたような顔の父親は・・、文句が言えずにプイッと顔をそむけて窓の外を見ました。

代わりに娘さんと母親は心底「ほっ」と安心した、いい笑顔になっています

〝これは、食べることを楽しめる顔だ!!ナイス!ナイスです!店員さん〟と、このとき私は、心の中でバイト三日目の店員さんに小さな拍手喝采をおくっていました。


『ナイスな店員さんの、最後の仕上げ』

そして・・、この、店員さん!!最後にやってくれました。決めてくれました。この店員さん、最後の仕上げに不機嫌な父親だけではなくて、そこにいる人全員に「ウルトラ級の楽しい旅の思い出」をくれたのです。

食事を終えたこの親子・・、父親以外は入ってきたときの硬い表情は無くなり、笑顔がでて完全にくつろいでいました。

入ってきた時は、不機嫌MAXだった父親も、お腹に食べ物が入ったせいか・・人間、お腹が空くと不機嫌や凶暴になる人がいますが…、この父親もその部類ぽいような気がします。

で、お腹に食べ物が入ったせいか、この父親も入ってきた時の不機嫌極まりない顔は、いくらかはましにはなっていました

ですが、食べたいものを娘と母親が聞いた時に「あぁ・・」と二回ほど返事をするように言葉がでただけで・・、それ以外は食べているときも、食べ終わり、母親がお金を払い、席を立つまで・・ぶすたれぇ~として、終始無言を貫きました。


そして、娘さんがドアをあけて外にでて、不機嫌おやじがドアに手をおいて外に出ようと大きくドアを開けたとき・・。父親の一歩後ろくらいにいた母親が、笑顔で振り返り、「ごちそうさま」と店員さんに声をかけました。

と、店員さんが笑顔で、 「ごちそうさまでしたー」 元気よく言ったんです。


0(レイ)….(コンマ)何秒の間、お店の中は静止画像のように止まりました


勿論、不機嫌おやじの父親もドアに手を置いたまま止まりました


すると、店員さん「あっ!私が、ごちそうさまって言っちゃいけないですね、ありがとうございますだ!」と、これまた元気な声で、あっけらかんと笑顔でいうものだから、その瞬間店内は大爆笑の渦に巻き込まれたのです

あの、ドアを持って止まっていた不機嫌おやじが、ここで初めて笑った んです。それも、芯からおかしそうに笑って「間違えたらあかんでー」と、笑いなから店員さんにいい、手まで振って出て行ったのです。

その父親を後ろで見ていた母親が、嬉しそうに笑うと店員さんにぺこりと頭を下げて出て行きました。そして、その後のお店は、まるで〝・・。そしてき〟を取り戻したように、明るいざわめきに変わりました。

誰でも旅行は楽しいものにしたいし、そうなるから旅の思い出でが後々楽しい会話ではずむことになるのだと思います。でも、楽しい旅行のはずが、機嫌の悪い人がひとりいるだけで…、最悪の旅行の思い出になってしまうことって…時々…あります。

これが他人なら、駅や空港で解散!!もう二度と誘うか!!ハイ、さようなら…で、終わるんでしょうが、家族だとそうもいかずに・・。

下手をすると家にまで不機嫌な空気を持って帰り。次の日までも。或いは、それ以上の日数と時間を、家族全員で旅の不機嫌を共有しなければいけない……なんてこと……もあるかも知れません。


でも、そんな時、旅行先の小さな喫茶店で出会った、この店員さんのたったひと言が…

たった、そのひと言が周りを笑いの渦に巻き込んだとき・
・・。


私が見た、目の前の家族の中にいた不機嫌きわまりない張本人さんの父親は、どこかに消えていなくなっていました。きっと、あの親子は、その後密室という車のなかで、笑顔と一緒に楽しい会話が出来たのでは・・ないかな・・と思うのです。

店員さんが間違えて言ってしまった「ごちそうさまでしたー」のひと言で・・。

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知らないことが知りたくて、メンタル、カルマ、礼法に漢方スクール…etc.とお勉強。で、ですね、人を動かしているのは無意識、でも、この無意識を味方につけるとスゴいんだ~と気づいたら…、なぜか、「えっ?!そうくるかぁ~」と、色んな場面に遭遇しれしまう…という面白いことが起こりだすのでした。

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