どんな質問にも“即答”といえるほどの早さで回答し、長年の仕事生活のなかで積み重ねてきた思考の結晶を、言葉を選ばずに鋭い眼光で返す。相手に媚びるようなことは一切せず、どんな状況でも常に“本気”で臨むその姿勢には、まやかしは全くもって通用しない。

映画監督・紀里谷和明(47歳)へのインタビューは、一筋縄ではいかなかった。

11月14日(土)より全国公開の映画『ラスト・ナイツ』は、紀里谷氏が5年の歳月をかけて完成させた自身初のハリウッド進出作だ。カナダ人脚本家によって書かれた「忠臣蔵」を題材とした脚本に、クライヴ・オーウェン、モーガン・フリーマンといった世界的スター、そしてただひとりの日本人俳優として伊原剛志らをキャストに迎え撮影された本作。

その日本公開に向け、とてつもなく多忙なプロモーション活動に勤しむ紀里谷氏にインタビューを試みた。仕事観、日本人論、そしてネット社会の風潮にいたるまで多岐にわたり語ってくれた紀里谷氏。

インタビュアーを担当した30代前半の編集者2名がただただ圧倒され、打ちのめされた。そのインタビューの一部始終をご覧いただきたい。

監督自らビラ配り…「“え、やんないの?”と思っちゃう」

「よし、じゃあちょっと(開始予定時刻より)早いけどやっちゃいましょうか」という紀里谷氏の一言で始まったインタビュー。

『ラスト・ナイツ』のプロモーションにおいて紀里谷氏は、情報番組だけでなく『しくじり先生』(テレビ朝日系)や『ダウンタウンDX』(読売テレビ)といったバラエティ番組にも積極的に出演し、また日本各地の街頭で自らビラ配りに立っている。

そのような姿からは、これまで世間から抱かれがちだった「とっつきにくい」「こわい」といった印象を払拭しようとしているような意図が感じられたが、まずはその点について聞いてみた。

紀里谷:いや、特にそういう意図はなくて、自分は普通にやってるつもりなんですよね。元から僕を知ってる人たちは『いつも通りだね』って言うから、社会がそういう偏見をもっていただけだと思う。会う人会う人に『こんな人だと思わなかった』って言われるのが不思議で、なんでそんなとっつきにくいようなイメージをもたれていたのかなぁと思いますよ。

――監督自らビラ配りに立つのは、なかなかないことだと思います。

紀里谷:それもよく言われるんだけど、特別なことだとは思わないです。『監督自らよくやりますね…』って言われると、『え、やんないの?』と思っちゃう。僕は監督だけじゃなくこの映画のプロデューサーもやってるから、そりゃあ余った時間があればビラ配りだってやりますよ。

自分の子供が死にそうになってて、治療費用が莫大に必要だったら、募金箱もって街頭に立つ。それに対して『そこまでやるの?』とはならないはずです。作品は自分にとって子供のようなものだから、『そこまでやるの?』と言われると、やっぱり『やんないんだぁ』と思っちゃいますね。

紀里谷和明が語る仕事観

「労働」という言葉が出ると、紀里谷氏は日本人の仕事への考え方について話し始めた。

紀里谷:多くの人は、労働を“いいもの”として捉えていないですよね。なるべく働きたくない、休みが多いほうがいいと思っていて、『週何日休みか?』とか『有休はどれくらい取れるのか?』みたいなことばかり考えてる。

そういう人を見ると、『それだけやりたくないことをやらなきゃいけないのか?』と思っちゃう。確かに生きていくためには、やりたくない仕事もしなければならない。楽しいことだけな訳がない。しかし、それが生きるということでしょう。休み、休みっていうけど、その休みで何をするんですか?僕は、休みはいらないですもん。“オン・オフ”なんて言葉もあるけど、常にオンです。

――日本では、“働きすぎ・働かせすぎ”を悪しきものと考える風潮があります。

紀里谷:だから衰退するんだと思います、この国は。“失われた20年”なんて言うけど、単純に人が仕事しなくなっちゃったんだと思う。特に若い人たちは、熱をもって突っ込んでいかないし、熱をもって泥まみれになりながらでも血ヘド吐きながらでも何かをするっていう姿勢がないと思う。そのくせプライドだけは高い。だからすぐ辞めちゃうんじゃないですか?

で、こういうことを言うと今度は『熱いですね』っていう冷めた姿勢が始まる。『なんでそんな冷めていられるの?そんなに余裕あるの?』って感じます。余裕ないくせに、かっこつけて舐めたこと言ってるんですよね。そう言うことになんのメリットがあるのか、さっぱり分かりません。

15歳のときに故郷の熊本から単身アメリカへと渡り、そのずば抜けた行動力そのままに現在まで突き進んできた紀里谷氏。

「こんなこと言うと嫌われちゃうよね」と言いながら上述の仕事観を話すが、カメラマン・ミュージックビデオ監督・CM監督・映画監督と形を変えながら常に自分のつくりたいものをつくり、一流の世界で戦いながら結果を残してきたという圧倒的な実績が、「嫌い」などとは流せないほどの強い説得力をもたらす。

紀里谷:“失われた20年”もそうだし、“なぜ日本からイノベーションが起きないのか?”っていう議論もよくされるじゃないですか。で、専門家がそれっぽいことを言うんだけど、実際はその理由は誰も直視してない。“ぬるい”んですよ、一言でいえば。なんでもかんでもぬるいんです。レスポンスがとにかく遅いし、細かいところまでこだわらない。

日本人は勤勉とかよく言うけど、そんなのウソです。労働日数のデータも出てるけど、アメリカ人はまぁ仕事しますよ。働くときはちゃんと働く。対して、日本人の仕事は学校のサークルみたいに見えることもあるし、実際それでもやっていけちゃう。そりゃあどんどん引き離されますよ。

すべては“自己責任”

紀里谷氏がアメリカへ渡ったのは、15歳の誕生日の翌日。氏は、「小学生のときから行こうと思ってた」と語る。若き紀里谷氏をそうさせた“きっかけ”は何だったのかと聞くと…

紀里谷:それは外的要因のことですか?違いますよ。そこに至るには、単純に内から湧き上がるものがあったんですよ。無意味ですよね、外的要因のことを言い出すのは。外的要因の話をすれば、すべて“何かのせい”や“人のせい”になって自分の人生に制限をかけることになる。それは、きわめてつまらないことだと思います。

ただひとつだけあったとすれば、父親の教育ですね。当時から子供扱いされたことはなかったし、常に“自己責任”だと言われてきた。何をやってもいいけど、すべて自己責任。親というより、上司でした。

――紀里谷さん自身、“すべて自己責任”という考えを現在もたれていますか?

紀里谷:だって、それ以外ないじゃないですか。それ以外に何があります?いま、誰かのせい、社会のせいって、何かしら外的要因のせいにしてる人が多すぎる。それで遂には、何かのせいにしてなんにもできないからって、一生懸命がんばってる人を笑い、攻撃するヤツまで出てきた。

――それは、ネット上においてですか?

紀里谷:そう。なんにもせずに人のせい・社会のせいにするようなヤツらが、ウイルスのような毒素をばらまきまくってるわけです。炎上させたり、“リア充”って言葉で人を笑ったり。で、それに対して今度は“がんばってる人たち”側が気を遣ってしまってますよ。炎上したらどうしよう、リア充って笑われたらどうしようって。

バカじゃないのと思いますね。なんでそんなヤツらの言うことを聞かなきゃいけないのって。そういういらぬ気遣いを子供たちが真に受けちゃって、自分がやりたいこともやっちゃいけないんだって思いはじめちゃうんですよ。なんなのそれ、って思う。

「いま、日本では内戦が起きてる」紀里谷氏の考えるネット社会の弊害

紀里谷氏の“ネット論”は、さらに以下のように続く。

紀里谷:断言してもいいけど、いま日本国内では内戦が起きていると言えますよ。

どういうことかというと、“がんばって行動する人たち”と“しないヤツら”の内戦。“何かに情熱を傾ける人たち”と“それをバカにするヤツら”の内戦。インターネットが普及して以降、ここ10年くらいに起こった日本の衰退は、“ヤツら”のほうに耳を傾けすぎてしまったことによる衰退だと思いますね。

これをしたら、なんか嫌なこと言われるかもしれない、デメリットがあるかもしれない、炎上しちゃうかもしれない。そうやって耳を傾けすぎて、姿の見えない第三者の言いなりになってる。でも、そいつらは誰なの?なんなの?

実際にそいつらの住所をつきとめて会いに行ったとしたら、きっと笑い転げると思いますよ。こんなくだらないヤツらだったのかって。こんなヤツらの言うことを気にして真に受けてたのかって。

いい加減、目を覚まそうよ。そういうヤツらは、一体何人いるの?人数としては、すごく少数だと思うよ。そんな少数のヤツらのせいでどれだけの人たちが苦しんで、どれだけの人たちの夢がつまれて、どれだけの人たちが傷ついてるんだよ、って話です。

――紀里谷さんがTwitter等で悪口を言ってくる人に対してリプライを返すことがあるのは、そのような考えからですか?

紀里谷:うん。それが風潮になればいいよね。

悪く言うのはいいよ。何を言ったっていい。でも、その言ったことについてはしっかりツッコまれるっていう風潮ができればいいじゃないですか。それが匿名だとしても、言ったことに対しては責任をとらされる。

よく、『あんな悪口、放っておいたほうがいいですよ』って言われるんだけど、放っておくからこういう社会状況になるわけですよ。

いまや、少数である“ヤツら”の攻撃が10年かけてネット上を飛び出し、社会全体にボディブローのように効いちゃってる。テレビでもクレームや炎上を気にしてやりたいことや面白いことができないし、会社の会議の席でも思ったことが言えなくなってる。笑われるんじゃないか、変な質問だと思われちゃうんじゃないかって。

そんななかで、どうやってイノベーションを生み出すの?そんななかで、どうやってみんなが笑える社会をつくるの?誰も得をしないし、誰も幸せにならないよね。そういう風潮が、どれだけの弊害を作り出したか…。経済効果でいえば、何千億円何兆円レベルの悪影響だと思いますよ。

――“物言わぬ支持者”は、もっとたくさんいるということですか?

紀里谷:そうだし、その“物言わぬ支持者”が黙りこくってるからこうなっちゃうわけじゃないですか。駅で殴られてる人がいて、それを知らんぷりしてるようなものですよ。放っておけばいいでしょって。でも、本当に放っておいていいの?

その質問に「確かにそうですね」と返せば、「そう思うんだったら、あなたも行動に移しましょうよ。なんでやらないの?それは結局、ぐだぐだと言い訳をつくって自分のことしか考えてないからですよ!」と、本気を求めて本気でぶつかってくるのが紀里谷和明という人だ。

たったひとつの理想を実現するため、やれることは全部やる

インタビュー当日、紀里谷氏は午前中から複数の取材、午後はネット・テレビの番組出演をこなし、さらに「時間が空いたらビラ配りをやりたい」と話していた。プロモーション期間は、このような日が延々毎日続く。

そうまでさせるほど“内から湧き上がるもの”は一体何なのか?最後に聞いてみた。

――日本各地で何万枚とビラ配りをしていて、新たな発見や気づきはありましたか?

紀里谷:無心になって一生懸命何事もやる。その先に喜びがある。やっぱり、労働するっていうことはいいものだな、っていうことですかね。

確かに、ビラ配りっていうのは一種の行みたいなものですよ。修行の行。でも、『ビラ配りつまんねぇなぁ。やりたくねぇなぁ。けど映画ヒットさせるためにやっとくかなぁ』って思ってやるのと、『昨日は900枚配ったけど、今日はどうやって1000枚にしようか』って真剣に考えながらやるのとでは、わけがちがいますよ。捉え方なんじゃないかな、何事も結局。

――ビラを配るうえで、どのようなことを真剣に考えたんですか?

紀里谷:たとえばサイズです。今回は、ビラというか自分の名前が書かれた名刺を配ってるんですけど、そもそもビラなんてものは自分も受け取らないですよ。あんな大きなもの。手ぶらの男の人だったら、あんなもん捨てるしかないですよね。

じゃあ、自分だったら何を受け取るか?まずサイズに問題がある。小さければいけるんじゃないか。名刺サイズにしよう。名刺サイズなら、自分の名前を書いちゃおう。僕の顔を知らなくても、名前が書いてあれば『あ、紀里谷ってあの…』ってなってくれるかもしれないし、『写真撮りましょう』ともなるかもしれない。

その写真をSNSで拡散してくれたり友だちや家族に見せてくれたりすれば、1枚の名刺が何十倍にもなって、1万人に配れば10万人に届くかもしれないわけです。それはとても大きいですよね。

やれることは全部やらないといけないし、最も有効な方法を考えないと。実際にそれを考えて実践していくと、ビラをもらってくれる人の割合は全然変わってきますよ。

――なぜ、そこまでできるのでしょうか?

紀里谷:それを言うってことは、自分だったらやらないってことですよね。そこが違うんだよって言いたい。僕はよく、自分を取り巻いてきた環境について『恵まれてますね』って言われます。確かに、恵まれてるところはあると思う。でも、実際の仕事における立ち位置でどこに違いが生まれるかといえば、そういうみんながやらないことをやるところですよ。

きっと、上に立つ人はみんな、他の人がやらないことをやってるはずです。御社、サイバーエージェントの藤田(晋)さんだってそうでしょ。

最後に紀里谷氏は、ビラ配りも含めたあらゆる活動の究極の目的について語った。

紀里谷:自分の目的は何なのかといえば、単純な話で、“自分のつくりたい作品をつくりたい”ということ。そういう、きわめてシンプルなところからすべてがきてます。映画監督になりたいとか映画監督と呼ばれたいとかじゃない。いま現在の自分のつくりたいものの表現方法がたまたま映画なだけです。

とにかく、自分のつくりたいものを世界中の人たちと一緒になってつくりたい。そしてそれをひとりでも多くの世界中の人に見てもらいたい。それだけ。その一点です。

その理想のためにすべてがあるといっても過言ではないし、その目的を果たすために何をするのかということを僕は容赦なく考えます。その考えた先にビラ配りがあれば、もちろん一生懸命やりますよ。

おわりに

紀里谷氏が、この「自分のつくりたい作品をつくる」という究極の目的のもと、5年という長い歳月をかけて“命がけで”完成させたと語る映画『ラスト・ナイツ』。

「日本人監督がハリウッドで撮った」「豪華キャスト」「忠臣蔵が題材」ーーそんな要素は抜きにして、いま紀里谷和明の仕事に触れられるチャンスがあるというのは、それだけで価値のあることなのかもしれない。

<取材/宇佐美連三(フリーライター)・渡辺将基(Spotlight編集長)、文/宇佐美連三、写真/長谷英史>

『ラスト・ナイツ』作品情報

名優・クライヴ・オーウェン、モーガン・フリーマンの心を動かしたサムライの魂。“忠臣蔵”の物語をベースに<筋を通す男たち>を描く、紀里谷和明監督ハリウッド進出作!スピード感溢れるソード・バトルと壮大なスケールで贈るヒューマン・ドラマ。

11月14日(土)より全国公開中です。

出典 YouTube

この記事を書いたユーザー

Spotlight編集部 このユーザーの他の記事を見る

Spotlight編集部の公式アカウントです。

権利侵害申告はこちら

Amebaみんなの編集局に登録してSpotlightで記事を書こう!