記事提供:まだ東京で消耗してるの?

ニートブロガー、あらたさんがいいこと書いてます。

そうそう

これほんと。

25歳の頃は、ずっと無職で人生が終わっていると思ってました。今にして思えば全然終わっていませんね。

そう思わせる劣悪な社会状況のせいだと思います。20代の若者が少し無職でフラフラしているだけで「人生が終わった」と思わないといけない状況があるのはおかしいです。

僕は別に「20代無職」って悲観する必要はないと思っています。むしろ悲観すべき問題点は、「25歳無職とか…今後が大変だぞ!?」としか言えない人たちの世界観にあるとさえ思えます。

「25歳無職からでも、30歳無職からでも別に生きて行けるぞ」というたくましい世界観、価値観を持っている人の言葉に耳を傾けるべきでしょう。

出典 http://arata-media.com

いや本当に、別に生きていけますからね。

結局のところ、本人がどう自分を納得させるかだと思います。「20代無職なんて認められない」と悲観的になるのか、「どうせ人生長いし、でもいつ死ぬかわからないし、焦らず楽しく生きていこう」と冷静になるのか。他人と比較する必要はないのです。

えぇ、こういうことを書くと、「イケダは恵まれているから、そんなことが言えるんだ」なんて、当事者からの反論が来たりするんです。当事者からだから、これがまたややこしい。

でも、ぼくは厳しいですよ。

まさに、その思考がダメなんです。比較しちゃってますよね。その思考プロセスを捨てないと、自分をみじめに感じてしまう悪循環から抜け出せません。

自分がどう納得するかであって、他人の状況は関係がないのです。ぼくがどうであろうが、あなたの人生はあなたのものですし、ぼくの人生はぼくのものです。それぞれがどう生きるか、という問題にすぎません。

ぼくは悲観的になる必要なんてまったくないと思いますよ。20代無職、30代無職なんて、ごろごろいますしね。自分を認めてあげることさえできれば、十分楽しく生きていけるんですって。

とはいえ、突き放すのも違うと思ってもいます。自分を認めることができていない、苦しい状況にある人は、環境を変えてみると世界が開けます。

なので、「どん詰まり」にある人が、しばらくのんびり滞在して、自然なかたちでコミュニティに入ることができる場所を、高知に作りたいんですよねぇ。「無職村」的な。そういう非日常の環境に自分を投じれば、価値観は変わっていくはずです。

変な苦労をしないで済む社会にしたいですね。あらたさんの手記はすばらしいので、こういうテーマに関心がある方は必読です。

ニートまでの自分史|あらたメディア

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