娘の保育園時代のクラスメイトは、元気いっぱいで人懐っこい子達が多かったです。

送迎時にはかわるがわる話しかけてきてくれたり、時には抱きついてくることもありました。

不器用な娘の面倒をみてくれる子もたくさんいたので、毎日安心して娘を保育園に送り出すことができました。

『みんな本当にすごくしっかりしているなぁ。きっと早くから親元から離れて集団で過ごしているからなんだろうなぁ・・』

発達障害児の娘が年齢よりずっと幼い容姿と行動をしていたからか、私には保育園の子達がものすごく大人びて見えていたのでした。

保育参観後に目の当たりにしたのは・・

ある日の保育参観が終わった時の事でした。この日は仕事がなかったので、講堂に展示されていた子供達の作品の写真を撮りつつ、自転車置き場の混雑がおさまるのを待っていました。

少しすると娘が私を探して講堂までやってきました。そして一緒に帰りたいと言います。何人かお母さんと帰った子達がいたのを見て、自分も一緒に帰りたくなったようです。

娘に帰り支度をしてくるように言い、私も担任の先生にこのまま連れて帰る事を伝えるために講堂を出ました。

教室の方に向かうと、数人の子達が渡り廊下でうなだれている姿が目に入りました。

どの子達も、もう誰もいない門の方をじっと見つめています。

中には座り込んで目にうっすら涙をためている子もいました。

教室の中では、いつもやんちゃで気の強そうな男の子が号泣していました。

「おかあさーん!一緒に帰りたかったーーー!」

男の子をなぐさめようと周りにいた子達もみんなうつむいていました。

みんなの明るく元気な姿しか知らなかったため、この光景を見て言葉が出ませんでした。

今・・この子達の前で私と娘が帰る姿を見せてしまったら・・・。

そう考えると動くに動けなくなってしまいました。

ずるいという言葉に何も言えなかった。

娘が帰り支度をすませて私のところにやって来ました。

ちょうど担任の先生が教室の方に来たので、『今日はこのまま娘をつれて帰ります』と話しました。

ふと気がつくと、渡り廊下にいた子達のうちの二人が、いつもと違ってけわしい表情でこちらを見ていました。

1人の子が突然、渡り廊下の柱につかまり「ズール、ズール」と言いながらグルグル回り始めました。

そのうちもう1人も加わり、風車のようにグルグル回りながら「ズール、ズール」と言い続けました。

ズールというのは「ずるい」という事です。おそらく私達に抗議をしていたのでしょう。

娘は意味がわからずきょとんとしていましたが、私はズールという言葉の裏に『母親と一緒に帰れない寂しさと悲しさ』があると思うと止める事もできず、ただ黙って見つめることしかできませんでした。

だんだん声が大きくなっていったので教室にいた担任の先生が気がつき、二人に教室の中に入るよう言いました。

「だってうちのお母さん、今日休みとったっていってたもん!でもいつの間にか帰っちゃっていなかった!私も一緒に帰りたかったのにー!」

この言葉で、教室の中の泣き声もさらに大きくなりました。

どうしていいかわからず動けずにいた私を先生が促してくれて、やっとの思いで保育園の門を出ました。しかし背後から再び「ずーるーいー!」という声か聞こえてきました。

先生に止められてもなお、あの2人が渡り廊下の端まで追いかけてきて、私達に向かって叫んでいたのです。

『気持ちはわかるけど・・私や娘にずるいって言われても・・困る・・』

複雑な気持ちのまま帰宅しましたが、ふと一つの不安が頭をよぎりました。

『今度保育園に行った時に、娘が二人から「ズルい」と責められてしまったらどうしよう・・』

甘えるのを遠慮している子供達


さすがに次の登園日は、娘を保育園に連れていくのがとても憂鬱でした。

ちょっと早めに登園し、担任の先生に「様子をみていてください」とお願いしましたが、それでも不安は消えませんでした。

門の前にいた主任先生が、いつもと違う私の様子を気にして声をかけてくれたので、参観日にあったことを話しました。

『それはきっと、お母さんと一緒に帰れる娘さんがうらやましくなって「ずるい」と言ってしまったんですね。でも参観日の後が土・日で両親と一緒に過ごせて満足しているでしょうから、今日はもうやってくることはないと思いますよ。』

それでもまだ不安そうな私に先生は言いました。

『みんなすごく人懐っこいでしょ?相手をしてくれそうな大人が来たらすぐ話しかけてくるのは、かまってもらえるのがとてもうれしいからなんですよ。このクラスの子達のほとんどは、本当に小さいうちから親御さんから離れて集団生活を送っています。親御さんが働いていて忙しいとわかっているから、どうしても甘えることを遠慮というか我慢をしてしまう・・そういう子達ばかりなのです。』

そうか・・私にいつも人懐っこく話しかけてきてくれるのも、かまってもらいたいという気持ちからだったのか。

みんなすごくしっかりしてるって思っていたけど、本当は親御さんに心配かけないようにがんばっていただけだったんだ。

先生の言葉で不安はほとんど消えたものの・・帰りの迎えの時間までは「大丈夫だろうか」とそればかり考えていました。

迎えの時間になり、ドキドキしながら私は教室の前に行きました。

主任先生の言うとおりでした。子供達はいつもと変わらず元気よく私に話しかけてきてくれました。

変わったのは、私の意識の方だったかもしれません。

『この子達はまだ甘えたい時期の子達・・でも甘えるのをずっと我慢している子達・・』

参観日以降、私は話しかけてくる子達とは時間が許す限り相手をするようにしました。

すごくうれしそうな様子を見てよかったと思う反面、複雑な思いにもなりました。

だって・・この子達が一番かかわりたいと思っている大人は、私ではないのですから。

私自身も幼い頃に両親が働いていて不在だったため、とてもさみしい思いをしてきました。

だから同じ思いをしている子供達に少しでも甘えられる時間が増えますようにと願ってこの記事を書きました。

子供達が誰もいない保育園の門を見つめてさみしそうにしている姿・・未だに忘れられません。

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発達障碍児の母です。一時体調を崩したため現在は専業主婦。社会復帰に向けて準備中です。
主に発達障害関連、いじめ、不登校などの記事を書いています。

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