イタリア在住11年の筆者。生まれも育ちも日本で、自分はずっと日本人であるという確信があるのですが…。

日本に一時帰国した際に、日本へのちょっとした違和感、同じ日本人なのになんだかちょっと違うという疎外感を感じる長期海外在住者は多いのではないでしょうか?

また、身近に帰国子女や、海外生活の長かった知り合いがいる方たちで「なんかズレてる」「キツイ」「外国かぶれしてる」とその人たちのことを感じたことはありませんか?

今回は海外在住日本人の一人である筆者が感じる“あるある”を書かせていただこうと思います。

海外在住の方で共感してくださる方、日本在住の方で私のような海外在住者の気持ちを少しでも理解してくださる方がいらっしゃると幸いです。

日本語で日本人と話しているのに、現地の言葉が混ざる

現地に住む年数が長くなるにつれ、日本語よりも現地の言葉のほうが自然に出てくることがあります。

特に、現地に住む日本人同士で話していると、日本語で話しているにも関わらず、動詞や名詞が現地の言葉になることがしばしば…。

なぜなら、その国独特の表現や、物なのどの名前は現地の言葉を使った方がニュアンスが伝わりやすかったり、分かりやすかったりするからです。

まだ現地に慣れていない、日本から来たばかりの日本人が聞けば「外国かぶれしてるな~」と思われるかもしれませんが、“外国かぶれ”しているのではなく、お互い(長期滞在者)が理解しやすいボキャブラリーを選んだ結果なのです。


以前、日本人長期滞在者と話していて、「私たちの日本語が乱れてきてるよね。日本語で話しているのにイタリア語の単語を使うなんて…。ちゃんと日本語で話さないと!」と意識して話した結果、“長靴下”という言葉を使ってしまった知り合い。知り合いが言いたかったのは“ハイソックス”でした。

“日本語”ということを意識しすぎると、自然な外来語が使えず、不自然になってしまうこともあるので要注意です。

はっきりNoと言える

日本人が海外生活を始めるうえで、まず学ばないといけないのが、“Noとはっきり意思表示をすること”だと思います。

“何も言わない”“Noと口に出して言わない”=“Yes”と判断されることが多いからです。海外で日本人同士のように「私の気持ちを汲み取ってほしい…」なんて考えていてはずっと相手に意思を伝えることはできません。

海外で生活していくうえで“Noと言えること”は大変重要なことなのです。

しかし、日本ではっきり“No”と言ったり、反対意見を堂々と言ったりすると、角が立つことがありますよね。

自分の意思を明確に表示することに慣れ、日本人特有の曖昧さを忘れてしまうことも…。

日本在住の日本人にはきっと「外国かぶれ」とか「あの人、もう日本人じゃない」と思われていることでしょう…。

日本が理想の国になる

日本は本当に素晴らしい国です。海外に住んで初めて気づく日本の素晴らしさもたくさんあります。なぜなら、日本では当たり前のサービスが、多くの国では当たり前ではないからです。

郵便物がちゃんと届く、店が祝日も開いている、公共施設がきれい、電車が遅れない、店員さんたちが礼儀正しいなどなど…日本人にとっては当然のことが、海外だとそううまくいきません。

海外生活に慣れてきたころ、多くの日本人が思うことだと思うのですが…「日本だったらこうじゃないのに」「日本だったらもっとこうなのに」と、日本と住む国を比べ、日本をやたら美化してしまうこと。

世界に完ぺきな国などありません。日本には日本のいいところと悪いところ、他の国には他の国のいいところと悪いところが必ずあります。なのに、無意味に日本を“完ぺきな国”と思い込み、実際日本に帰ってみたら(筆者の場合)「イタリアだったらこうじゃないのに」「イタリアだったらもっとこうなのに」と日本も完ぺきな国じゃないことに気付くのです。

疑い深くなる

筆者がイタリアへ来たばかりのころ…いろいろな国籍の人たちと知り合いになり「週末一緒にでかけよう!」ということになったのですが…実際、週末になってみると「あれ?そんなこと言ったっけ?」「あー、やっぱり今週はやめない?」など、約束が果たされないこともしばしばあり、人間不信になりそうになったこともありました。

日本人は口約束でも守る人たちが多いように思います。一度言ったことはちゃんと守る。

日本人にとっては人として当たり前のことのように思うのですが、おそらく、こんなにちゃんと約束を守る国民というのは世界的に見て少ないのではないかと思います。“約束は未定”という考えの人たちが大変多いのです。

なので、日本人との約束ではない場合、前日に確認の電話やメッセージを入れる習慣がつきました。

しかし、週末どこかに行くくらいの約束なら、まだすっぽかされても、変更になっても許容範囲なのですが、ビジネスに関することなど重要なことに関しては“約束は未定”という考えでは困ります。なので、重要なことに関しては口約束は絶対にせず、必ず一筆書いてもらうことというのが海外生活での鉄則です。

「一筆書いてください」と相手に言うと、相手を信用していないようで気が引けると思うかもしれませんが、多くの国でそれは普通のこと。忘れてもらっては困る、変更されては困る約束などは口頭ではなく、メール、FAX、書面等、何かしら証拠の残るものをもらうことが大切です。

どんなに親しい仲でも、特に責任があったり、金銭が発生する場合は、きっちりルールを書いて残すというのが海外生活の鉄則です。


自分は日本人であることをより意識するようになる

筆者がイタリアに住み始めたのは11年前。日本に住んでいたころは自分が「日本人であること」など意識したことがありませんでした。

しかし、イタリアに住み始め、イタリア人はもちろん、その他いろいろな国の人たちと出会い、話して、自分が「日本人であること」を強く意識するようになりました。また、自分が母国のことについてどれだけ無知であるかも思い知らされました。

他国の人に日本のことについて聞かれて答えられないのは恥ずかしいこであることはもちろん、私というただの一日本人の答えが、他国の人たちにとっては“日本人の答え”になるという責任感も感じるようになりました。

「できれば自分の母国に好印象を持ってもらいたい」「日本のすばらしさを伝えたい」という気持ちは海外に住むとより強くなるのではないかと思います。

まとめ

いかがでしたでしょうか?

今の時代、留学したことがある、海外に住んだことがあるという日本人は少なくありません。

海外生活の長い人たちが日本に帰ると、母国のはずなのに違和感を感じることがあると思います。そして、そうした人たちと接する海外生活経験のない人たちは「外国かぶれ」とか「性格がキツイ」とか「日本人じゃないみたい」と思うかもしれません。

でも、それは海外で長い間住むために、生活するために必要であった能力を身に着けた結果なのだと思います。

もちろん、日本人として、日本社会においてのマナーや文化を忘れてはいけないのは重々承知。長期海外在住者も気を付けなければいけないことだと思います。

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2004年よりイタリアはフィレンツェに住んでいます。
イタリア人の夫と黒猫1匹との生活。
日本語講師としてイタリア人に日本語を教えています。
魅力的なイタリア、不思議なイタリア、海外から見た魅力的な日本、不思議な日本を中心にお伝えしていきます。

普段のイタリア生活についてはアメブロに書いています。
http://ameblo.jp/firenzefungo/

トスカーナ、フィレンツェ観光に関してFirenze in Tascaというトスカーナ、フィレンツェ個人旅行サポート会社のサイトにて記事を執筆中。
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