日本でトルコと言えば、長く伸びる「トルコ風アイス」や、「気球」「ベリーダンス」を思い浮かべる方もいるかと思いますが、逆にそれ以外だと……

しかし、トルコの方々は日本に対して非常に好意的に思っている事をご存知でしたか?好きな外国ランキングでは毎回のように1位。道を歩けば日本語で話しかけてくれたり、家に招待してご飯をごちそうになったり。そんなエピソードも1つや2つではありません。

なぜこんなにも日本に対して好意を持っているのでしょうか?それには私たち日本人もあまり知らない歴史が隠されていました。

みなさんは「エルトゥールル号遭難事件」をご存知でしょうか?1890年(明治23年)9月16日夜半、オスマン帝国(その一部は現在のトルコ)の軍艦エルトゥールル号が、現在の和歌山県串本町沖にある、紀伊大島の樫野崎東方海上で遭難し500名以上の犠牲者を出した事件です。

乗船していた大半の方が無くなり行方不明になった事件ですが、その中で70名弱の方が助かったと言われています。

その時に助かった方達を救出し手当をしたのが実は日本人だったのです。

それがきっかけとなり、トルコが日本に対し非常に好意的に持っていると言われています。

他にもロシアから常に脅威を受けていたトルコは、日露戦争で日本が勝ったことにより、間接的にトルコを助けてくれたから。

トルコの建国の父、アタチュルクが明治天皇の写真を寝室に飾るほどの大の日本好きだったから。など様々な理由が考えられますが、一番有力なのがエルトゥールル号の遭難事件がきっかけだと言われています。

我々の祖先がしてきた事ではありますが、何だか誇らしいですね。日本人の人を思いやるいいところは当時から大事にされていたんだなと実感しました。

そんな日本とトルコですが、時は流れて1985年3月17日、イラク・イラン戦争の真っただ中。イラクのサダム・フセィンが「今から48時間後に、イランの上空を飛ぶすべての飛行機を撃ち落とす」と無茶苦茶なことを世界に向けて発信しました。どの国もイランに取り残された国民を救うべく飛行機を出したのですが、日本は中々決断ができずついに飛行機を飛ばしても間に合わない時間まで迫ってしまいました。

ソ連、オーストリア、フランス各国に日本人も乗せてくれないかと嘆願しますが当然拒否。自国民を優先するのは当たり前のことです。

空港で絶望に頭を抱える日本人。もう助けは来ない。そう思っていた時に何とトルコから日本人を救出するための飛行機がやってきたのです!パニック状態に陥っている中で、皆が我先にとなっている状態で何と日本人を優先的に飛行機へ乗せていったのです。残されたトルコ人はトルコ大使館が用意した車に乗り込み陸路でイランから脱出したとのことです。

当時の日本政府、日本のマスコミはどうしてここまでトルコが日本に優しくしてくれたのかわからなかったと言われています。そんな中、駐日トルコ大使は短いコメントでこう教えてくれたとのことです。

「エルトゥールル号の借りを返しただけです」

当時から遡ると約90年前のできごとですが、トルコの人はずっと心の中に残っていたのです。あの時、何の見返りも求めず、ただ目の前の人を一生懸命に救った我々の祖先がした事が、90年後の未来に同じようにトルコ人から返ってきたのです。

そういう背景もあり、トルコが日本に対して好意的なのは「エルトゥールル号遭難事件」がきっかけだと言われています。

そして時は流れ2015年12月5日。日本とトルコの共同制作により当時の様子を振り返った映画「海難1890」が公開されます。

人が人を想う気持ちが国を動かした実話です。是非、劇場で観てみたいですね。

▼日本とトルコが贈る感動大作「海難1890」の予告編はこちらから

出典 YouTube

この記事を書いたユーザー

MIRUYO編集部 このユーザーの他の記事を見る

話題のオモシロ動画まとめアプリ「MIRUYO」の編集部。

アプリでは人気の動画を毎日100本以上配信しています。

権利侵害申告はこちら

Spotlightのライターなら1記事最大3000円もらえる!日本最大級メディアでライターデビューのチャンス