オーストラリアでは、国民的イベントのひとつである競馬レース、メルボルンカップ。2015年は、史上初女性ジョッキーが勝利をおさめ大きな話題となっています。夢をあきらめず追いつづけた女性ジョッキー、ミッシェル・ペインさんの道のりを紹介します。

家族との悲しい別れ。6か月のときに母親、2007年に姉を亡くす

豪競馬レース界では有名な家族Payne家で10人兄弟の一人として生まれたミッシェルさんは、生まれて間もない6か月のときに母親を交通事故で亡くしています。その後、家族の悲劇はつづき、2007年、母親代わりとして多くの兄弟を支えてきたと思われるPayne家の長女ブリジットさんを落馬が原因で亡くしています。ブリジットさんは、豪競馬界歴史上2番目の女性ジョッキーであり、豪競馬界における女性ジョッキーの草分け的な存在でした。もちろん、ジョッキーとして活躍をしていたミッシェルさんにとっては、家族の一員としてばかりか、プロの女性ジョッキーの先輩としてはなくてはならないお姉さんだったことでしょう。

厩舎で育ちながら、メルボルンカップでの勝利を夢でみる

4歳のとき、父親に機嫌の悪いポニーにポンと乗せられ、泥の中に落馬。「馬に戻れ、さもなければ2度と乗れないぞ」と厳しく言われても、すぐにポニーに乗ったミッシェルさん。5歳のとき、メルボルンカップで勝つ夢をみて、それを自分の夢と心に決めます。7歳のとき、学校で自分の夢を語ると、からかわれる始末。それでもミッシェルさんは夢を追いつづけ、15歳のとき、初めて出場したレースで勝利をおさめます。
2015年メルボルンカップの勝利馬プリンス・オブ・ペンザンスには、過去22回乗ってレースに参戦していますが、この馬が3歳のとき勝利を上げています。その時、ミッシェルさんは、「この馬はメルボルンカップの馬だ」と感じたそうです。

ダウン症のお兄さんとの深い家族愛

ミッシェルさんのすぐ上の兄であるスティビーさんは、厩舎を持つ家庭に生まれながらもダウン症ということもあり、他の兄弟に比べてプロのジョッキーへの道は進まれなかったようです。 そのスティービーさんは馬丁(馬の世話をする人)としてミッシェルさんを支え続けてきています。今回の勝利馬プリンス・オブ・ペンザンスの世話は、もちろんスティービーさんがしてきました。

「スティービーは、厩舎で他のスタッフと同じようにどんな仕事だってできます。今回の勝利を2人で分かちあえたことは大きな喜びです。10人兄弟の一番年下の2人だから、まわりから取り残されることが多くって、そのせいかいつも仲良く二人で遊んでいました」。ミッシェルさんの言葉訳

出典 http://www.thecourier.com.au

さらに豪チャンネル7や9、ABCのインタビューでミッシェルさんは、「これを機に多くの人々にダウン症にたいして特別視をせずにごくふつうに接してもらえたらと思います。兄のスティビーはダウン症ですが料理したり銀行に行ったり、なんでも自分でできます」とも語っていました。

男性優位のスポーツ、競馬レースという分野で女性ジョッキーが勝利を手にしたことは快挙としか言えません。ミッシェルさんの勝利は、多くの女性ばかりか、ダウン症を家族に持つ人々にも勇気と元気を与えてくれる結果になりました。

厩舎を持つ家庭に生まれたという恵まれた運はあったものの、ミッシェルさんの絶え間ない努力や辛抱、まわりの家族愛がいくつかの悲劇を乗り越えさせてきたのでしょう。
女性だからといって出来ないことはない、また夢は大きく持ち、叶うように努力をつづければ必ず実現するということを目の当たりにしたようです。

今後のミッシェルさんのご活躍と健闘を願ってやみません。

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sydneyshizuko このユーザーの他の記事を見る

Media翻訳・通訳・フリーランスライター。アメリカ&オーストラリア在住歴20数年、日本では得られない海外での舞台裏や感動ストリーなどを紹介します。個人のブログではさらに違った角度から英・米・豪などを追求しています。http://minamijyujisei.cocolog-nifty.com/blog

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