ブルガリアの聖人と呼ばれるこの老人

出典 http://www.huffingtonpost.com.au

第二次世界大戦時、近くに落ちた爆弾のために聴力に大きなダメージを受けたドブレフさんには、人には決して語らない重い過去がありました。「私は昔罪を犯したんだ・・・」多くは語らない老人ですが、その「罪」を償うために、今から20年ほど前、自分の残りの人生の全てを、自分以外の誰かの為に捧げる事を決意したのです。持てる全てを手放し、物乞いとして生きてまで償わなければならなかった罪とは一体どういうものなのか・・・その答えを知る者は彼自身以外には誰もいません

祈りを捧げるように

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雨の日も、風の日も、一日も欠かすことなく、自分の住む小さな村から25キロ離れた町まで出ていきます。100歳になるまでは、毎日この距離を一歩一歩、歩いていました。100歳を超えた今も、この長い距離をバスや近所の人の車に乗って出かけます。

そして、街でお金を集め、旅人や道行く人達と言葉を交わし、祈りを捧げるのです

100歳にもなる老人が、毎日祈りを捧げる様に集めるお金は、一円たりとも彼自身の為に使われることはありません。

その全てが教会や修道院、そして孤児院の運営費として寄付されるのです。

彼自身の生活は、国から賄われる月1万円ほどの年金で賄われ、服や身の回りのものはほとんどが彼自身の手作りです。教会の隣に増築されたテーブルとベッドがあるだけの小さな部屋に住み、快楽や心地よさからは程遠い生活をするこの老人が、多くの教会や孤児院に届けた寄付は日本円で何百万円にも及びます。

ブルガリアの平均年収は100万円にも届きません。その中で、一人の老人が物乞いで集めた金額と思えば、どれほどにすごい額が多くの人に届けられているのかがわかります。

ドキュメンタリー映画

彼の姿に心を奪われた多くの人によって、この一人の老人のストーリーは瞬く間に全世界何百万人の人によってシェアされてきました。そして、2015年、一本のドキュメンタリー映画『The Silent Angel』が誕生したのです。

彼が小さかった頃、彼の母は孤児院で働き、父はお金がない孤児院の運営を助けるために電気代を払い続けていたといいます。そんな父も、彼が2歳の時に戦争で負った怪我の為に亡くなり、残された4人の子供を母が女で一人で育て上げました。そんな両親の姿をみて育ったドブリ少年の心には、誰かのために身を捧げたいという思いが小さいころから育っていたのかもしれません。

出典 YouTube

2015年8月ドキュメンタリー映画として公開されています

まとめ

消費する事、自らの欲求を求め続ける事が当たり前となった今の社会の中で、何も持たず、ただ与え続ける事だけを選んだ老人の生き方は多くの人の心を捉えました。ありとあらゆる物に囲まれた「豊かな」先進国に生きる私たちは、この一人の老人の生き方から大切な「何か」を学ぶ事ができるのかもしれません。

この記事を書いたユーザー

Maria このユーザーの他の記事を見る

オーストラリア在住。息子が生まれて一年半後、夫はアスベストが原因の悪性中皮腫という、これといって有効な治療法もない、強烈な癌を発症。そして、二年の闘病を経て他界しました。今は、5歳になった息子と二人、夫の眠る地で、毎日を大切に生きています。中皮腫の闘病記・アスベストの事・死別後の息子との二人三脚の毎日をブログに綴っています。http://ameblo.jp/maria1428

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