困った、困った、困った

十数年前の当時、就職難の時代とはいえ、知名度のない僕たちの会社が、しかも人気のない営業職を相当数採用するというのは、なかなか難易度の高い仕事でした。

それでも学生を集めさえすれば、政治家顔負けのパワフルなプレゼン能力を持つ社長を担ぎ出せばなんとかなるだろうと、今回もしっかり当てにしていました。

ところがです。

その頼み綱を「今年は多忙につき社長セミナーは減らせ」という指令でバッサリ断ち切られてしまいました。

僕たちは、とても困ったことなりました。

この窮地。

採用担当の僕とA君は、居酒屋で緊急ミーティングを開きました。当時の我々は、会社の会議室よりも居酒屋の方が間違いなく新しいアイデアが湧きました。ですから行き詰って困った時には、何はさておき居酒屋に行くことにしていました。決して酒が飲みかった”だけ”ではありません。これは”ホント”です。

「社長の喋りはプロですからね」と腕組みをするA君に、

「確か社員が演劇で会社紹介するのがあったけど、素人劇じゃなく本職を集めてやるっていうのはどうだろう?」先日リクルートの採用の総括で聞いてきた話を振ってみると、

「それは大掛かり過ぎですよ。金も掛かり過ぎです」と即座に却下したA君が、ふと何かひらめいた、という顔でこう言いました。

”落語”はどうですか?

「だったら、落語はどうですか?」

語?」

「ええ、噺家は喋りのプロですからね。社長の代わりにプロの喋りで会社案内をさせるんですよ。舞台は座布団一枚でOKです」

A君は学生時代、落研に所属していました。現役の噺家にも連絡が取れると言います。

「それだ!」

善は急げということで、早速その場からA君の友人の噺家さんに電話を掛けて、僕たちの「落語セミナー」は始まりました。

”落語セミナー”の幕が上がる

会社説明会を「寄席」に変えるという大事に挑んだ僕たちは、進行や出演者を打合わせる一方、難関と思われた社内調整も、当時の管理本部長を「採用を成功させるにはこれしかない」という切迫した『熱意』と、最後にはA君の友人の噺家さんも交えた練り練った演出の『酒宴』の力で何とか押し切りました。

突拍子もないと思っていた「落語セミナー」が、いざ現実になりそうな様相を呈してくると、逆に色々と不安なことも出てきましたが、その不安を絶対にやってやるという『決意』に変えて僕たちは頑張りました。そして、普通の採用の何倍もの時間を掛けて準備した「落語セミナー」が、半年後、とうとう実現に漕ぎ付けたのでした。

セミナー初日。会場の銀座ガスホールは立見の大賑わいでした。ここに焦点を絞った集客が実ったのです。客が入るという舞台の成功の第一歩はクリアしました。

待ちに待った幕が上がりました。
現れたのは金屏風です。司会のA君の友人はもちろん着物姿での登場です。

先にあった演劇風のセミナーをやる会社もあるように各社それぞれ工夫したセミナーをやっているとはいえ、何かとんでもないことが起こるのではないかという不安に会場の雰囲気が揺れます。

自分はですという自己紹介に会場が凍りました。「皆さん何が始まったのかと、とても不安だと思いますが、会社の意向ですので、大いに楽しんでください」そう言ったA君の友人の言葉が空しく会場に落ちました。

途方に暮れたガスホール

先鋒のマジックの明るい舞台芸は、全員紺のスーツという会場の暗さとのコントラストを一層際立たせるばかりで、まずは笑いの雰囲気を作るという先鋒の役割を果たすことは出来ませんでした。

無理もありません。就活に来た学生達にしてみれば、下手に気を許したら命取りなるとさえ思っているのです。呑気に笑ってなどいられないという、就活生の意地がありました。

厳しい表情で控室に戻って来たマジックの芸人さんの肩を叩いた次鋒の新進気鋭の噺家さんは、「気にするな、敵は俺が討つ」とばかりの表情で舞台に向かいました。

当社の会社紹介の為に創った渾身の新作落語の披露です。恐らく普通に寄席で聞いたならば「とてつもなく面白かった」はずなのですが、これでも空気はまったく動きませんでした。

打ちひしがれて楽屋に戻った次鋒を横目に、それならば、と真打が意地に賭けて披露した伝説のネタも、ついに満員の観客を溶かすことは出来ませんでした。

意地と意地のぶつかり合いに、銀座ガスホールも途方に暮れていました。

「完全に斬られました」と真打は語りました。落語という性質において、とても成功と言うことは出来ませんでしたが、けれども「またやりましょう」と言う真打の言葉は実に力強いものがありました。

この年に二回。翌年も、その翌年も落語セミナーのトライは続きました。しかし、会場が笑いに包まれることは遂に一度もありませんでした。笑う準備を全くしていない学生を相手にするというのは、芸人さん達にとっては辛く厳しい仕事だったと思います。
それでも挫けずに何度もトライしていただいた皆様、本当にありがとうございました。

後日、学生に聞いてみました。忘れられない説明会(セミナー)だったと、聞いた学生の全員が答えました。

「あの後、生まれて初めて寄席にいきました」という話も一人二人のことではありませんでした。

果たしてこの落語セミナーが採用活動にどの程度効果があったのか、ハッキリとした是非は分かりません。でも僕にとっては「やって良かった」という思いが、後になればなるほど感じられる、そんなセミナーだったことは紛れもない事実です。それはこれに関わった多くの人の共通したものだと思います。

今も思い出す、あの舞台をもう一度

あれから十年が経ちました。
あの頃二つ目だった新進気鋭の噺家さんも、前座だったA君の友人も、もう真打に昇進しました。あの厳しい経験も、きっとどこかで役に立ったのでしょうか。

僕は今でもあの「途方に暮れたガスホール」のことを良く思い出します。バカバカしくも真剣なエネルギーが溢れていた舞台のことを。

情熱を燃やす仲間がいて、それを成功に導く『人の縁』があって。
何かがカタチになる時にはそういう偶然があるのだなと、しみじみと思います。きっと、その偶然のことを人は『必然』と呼ぶのではないでしょうか。

またそんな『必然』に出会いたいなと、僕は今日も思っています。

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心にいつも熱い想いが詰まっている「夢多きアラフィフ」です。子育ても給料を運ぶ以外はほぼお役ご免になりましたので、これからの自分はどう生きるかを模索しながら、第二の青春を生きています。『アオハルはいつも間違える』ので、記事には誤字脱字のなりように気をつけます(^^;;

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