母の愛は無償の愛とはよく聞きますが、本当にそうなのでしょうか?

見返りを求めている?

育児をしながら子どもに「こんなに愛してお世話をしているんだからもっと私にこうしてほしい!!」なんて思うことはありません。でも育児を通しての見返りは子どもからしっかりともらっていることに気付きました。それは「成長」です。そして母親は無意識のうちに成長という見返りを求めながら育児をしているのではないでしょうか?子どもの成長が母親にとって何よりも嬉しく幸せなことだからです。

赤ちゃんの頃は「笑ってほしいなぁ」と思って我を忘れたように子どもをあやしたり、子どもが少し大きくなると自分が作ったごはんを「残さず食べてほしい」と思うし、ちゃんと「ありがとう」って言える子になってほしい、ダメなことはダメだとわかってほしい、優しい子になってほしい…色々な期待でいっぱいになったりしますよね。

それを「見返り」というかどうかはさておき、子どもに対して「何も期待していない」っていう母親はいないと思います。

見返りがないと焦る

だから、体重が増えないとか言葉が遅いとか周りよりも我が子の成長が遅いと不安になったり、「こうして」って言うことを「イヤイヤ」されると腹が立ったりお友達や兄弟間のケンカを見て悲しくなったりしてしまうのかなぁって。

嬉しい子どもの成長とは「自分の思い通りに子どもが育ってくれた」とは違います。そもそも思い通りに育てようなんて考えたら自分よがりの育児になってしまいますよね。子どもがただ毎日を健康に笑顔で過ごしてくれること、それが喜びなんです。

母の愛は無限

母の愛は無償というよりは「無限」のほうがしっくりくる気がするんですよね!子どもに対してならいくらでもいつまでも「母親」として愛を注げる自信はあります。私の母も私たちが幼稚園の頃に作った工作や小学生の時に書いた作文、高校の時にもらった賞状やトロフィー、小さい頃に着ていた洋服まで大事に保管していて、アルバムも大量にあります。娘や息子が帰省するたびにそれぞれの好物を大量に作って待っていたり、何かあればすぐに駆けつけてくれます。

「もう子どもじゃないんだから」と言っても「ママにとってはいつまでも子どもよ!」と言い、孫も可愛がってくれますがそれ以上に自分の子を優先する母です。たくさん叱られたけど、門限には厳しかったけど、反抗もたくさんしたし酷い言葉もたくさん言ったけど母は常に味方でした。

子どもからの愛は無償

無償の愛というのは、母から子へというよりは子から母へというほうが正しいかもしれません。子どもはただとにかく母親を求めます、幼い時は特に。全力で愛してくれます。それはご飯をくれるから、抱きしめてくれるから、お世話をしてくれるからではありません。以前、虐待を受けた子ども達と関わっていたことがありますが、母親から育児放棄をされても暴力を受けてもその子達は「ママが大好き」「自分が悪い」というんですよね。

そんな風に無償の愛を必ず受けられる母親という立場は貴重であり、奇跡のようなことだと思っています。無償の愛に対して無限の愛を注ぎ続けていきたいです。

この記事を書いたユーザー

ひぃ このユーザーの他の記事を見る

5歳(男)、4歳(女)、1歳(男)の3人の子ども達の育児に奮闘中の主婦です!
母になって、日々思うこと、感じることを書き綴っていけたらいいなぁと思っています♡

権利侵害申告はこちら