記事提供:カラパイア

「この危機を乗り越えたら、君にきっと告白するんだ!」、「大丈夫、ここで待っててくれよ。なーにすぐ片付けて帰ってくるさ」そう言い残して帰ってきた試しがないのは創作物のお決まりのパターンである。

まあこれはフラグなので、この文面を見たら二度と戻ってこないと思って間違いがないわけだが、リアルはそこまで冷たくはないようだ。これまで数々の地球の危機、人類滅亡のフラグが立てられていったが、いまだ地球は残っているし、人類は滅亡していない。

ということでここでは、むしろ外れてよかったそんな、地球終了の未来予告の数々を見ていくことにしよう。まあでも個々の生命体の話をすれば、生まれてきたときにすでに死刑宣告がなされているようなもので、例外なくいつかは必ず終わるのだけどもね。

1. 4度目の赤い月が昇る時、世界は終わる(2015年9月27日)

2015年9月、キリスト教聖職者ジョン・ハゲーは最後の「テトラド(1年に四度皆既日食が起こる事)」は神が世界の終焉を告げる啓示であると語った。彼は2013年、ベストセラーとなった「Four blood moons(4つの赤い月)」という本の中でこう語っている。

「2014年4月から2015年10月に起こるテトラドによる4度の赤い月の後、世界は終わる」

ハゲー氏の言っていた最初の赤い月は2014年4月15日に起こり、その後、2014年10月8日、2015年4月4日に起こった。最後の赤い月は2015年9月27日に起こったが、彼の言う終焉は起こらなかった。

当時、彼は4つの赤い月が聖書と似ていると言っており、特にジョエル2:30~31を引用し「私は奇跡を天地に、火と煙と血の中で示そう。神の力が及ばない時、太陽は黒く曇り、月は血で染まる」と支持者に語っていたという。

ちなみにハゲー氏はその後「赤い月の直後に終焉がやってくるとは言っていない、もうちょっと先、近い未来に必ずやってくるのだ」釈明している。

2. マヤの暦が終わるとき、地球も終わる(2012年12月21日)

当時のメディアによるとマヤ暦に乗っ取り、2012年12月21日に世界は終わるとされていた。マヤ文明研究家によると世界はつい5125年前に作られていたという。そしてマヤ暦によると世界が一周するのが13万日後、西暦で言うと2012年12月21日だったそうだ。

しかし、現実に私達は今生きている。実は2012年12月21日というのはマヤ暦が終わっているだけであって、それが「世界の終わりだ」と示す預言は一つも存在していないのだ。

何らかの理由でその後のマヤ暦は存在していないが、この騒動はただ一つの大きな「勘違い」だった訳である。

3. ザ・グレート・スローター(大虐殺)により地球は滅亡する - ラスプーチン(2013年)

2013年8月23日、KGBはグリゴリー・ラスプーチンに関する機密書類を公開した。その中でラスプーチンは「2001年にヨーロッパの物理学者によって死者蘇生の方法が発明され、その結果世界は自殺者で溢れかえる」と予言していたという。

更にラスプーチンは「アメリカ合衆国に凶悪なウイルスが蔓延する」、「巨大竜巻により気候変動が起き、神が降りてくる」、「2006年夏、スコットランドの海で怪物が現れる」等の奇抜な予言を記していた。

他にも軍事的に影響する予言で、「イスラム原理主義が2000年代前期に台頭を始め、時同じくしてキリスト教がアメリカ合衆国を乗っ取る」と予言していた。

その後世界は「ザ・グレート・スローター(大虐殺)」と呼ばれる戦いにより、2013年に終焉を迎えると予言されていたのだ。

幸いにもこういった予言は外れていたが、ラスプーチンの予言には幾つか当たったものが存在する。

例えばアメリカの政治学者デイビッド・W・ノーヴァルクによると、ラスプーチンは1917年のボリシェヴィキ革命を予言していたり、ニコライ2世の暗殺も予言していたりする。

また、ヒトラーの危険性にいち早く気づき、月面着陸や、ソビエト連邦の終わりに関する予言にも成功しているのだ。

当時のソビエト連邦はこういった予言を隠していたという、何故ならそこには自らの団体が終わる日がはっきりと記載されていたからである。

4. 「洪水で人類が滅亡」という予言を宇宙人から受ける(1954年12月21日)

1954年、アメリカ、シカゴのドロシー・マーティンという家政婦がサナンダという宇宙人からメッセージを受け取っているという衝撃的な告白をした。

サナンダの予言は「1954年12月21日に世界中の人間は洪水で死に絶えてしまう」といった物だった。

唯一助かる方法は山の天辺に台座を作り、そこに宇宙人が飛行船で助けてくれる為の目印を作る事だったという。そうする事で宇宙人が人類を助けてくれる、という予言だったそうだ。

彼女を信じる者たちは仕事を辞め、学校を辞め、恋人や伴侶を捨て、彼女について行ったが、結果は言うまでも無いだろう。

当のマーティンはその後幾つもの脅迫予告や詐欺容疑で起訴されシカゴを後にした。彼女が1992年に亡くなるまで、彼女はずっと宇宙人との交信を試みていたという。

5. 人類は「黒い虹」によって全て窒息死する(1999年8月18日)

1994年、ティム・バートンの映画「エド・ウッド」に登場する「アメージング・クリスウェル」という人物をご存じだろうか。彼はタキシードに身を包み、棺桶で寝ると自称しており、超能力者である事を自称していた。

彼は1968年に「クリスウェルが書く、今から2000年までの世界」という本で1999年8月18日水曜日に世界が終わると予言していた。

その予言は世界中が黒い虹によって汚染され、人類は黒い虹によって生まれた低酸素症で死に絶えると言うものだ。しかしご存じのように私達はまだ生きており、世界は無事だ。

さらに彼は「世界が終わるのはマヤ暦の終わりの2012年12月21日だ」という予言も残していたそうだが、それも大外れしてしまった。

では彼はこの日をどう迎えたのか?と気になる人もいるかもしれないが、なんと彼は最初の「世界の終り」が来るずっと前の1982年に亡くなっていたそうだ。

このお騒がせな自称「超能力者」は自分自身の終りの日は予言できていたのだろうか、気になるところだ。

6. 何度も終焉を預言し、それを外した聖職者

ハロルド・キャンピングと言えばラジオで大々的に世界の終焉を予言していた人物だが、その予言が大外れすると彼は公の場での予言を控えるようになった。

彼の最も有名な予言は2011年5月21日に地球に巨大な地割れが出来ると言う物だ。彼の言葉を広める為、彼の支持団体と信者は数百万の大金を宣伝に使った。

その結果5000個近くの看板やレクリエーションビークル等の背面に描かれたイラスト等で世界の終焉が訪れている事を人々に警告していった。

そして運命の日、終焉が訪れなかった事に気付いた信者たちは彼の予言を再度読み直すと「5か月」外れているのではないかという結論に至った。

そこでハロルドさんは「地割れが起こるのではなく、その日が来たら神が信者のみを救う「裁きの日」が行われる」と予言を変えたという。

しかし、その後10月が過ぎても何も起こらない事に気付いたハロルドさんは自らの非を認め、予言が間違っていた事をウェブサイトで公表した。

そしてその説明文には「暫くの間世界が終わる事は無いだろう」というあとがきが成されており、彼は人々を扇動してしまった事を深く後悔していたという。

ハロルド・キャンピングは2013年に亡くなった。92歳であった。

7. 人種差別による戦争で世界崩壊(チャールズ・マンソン)

チャールズ・マンソンは人種差別によって引き起こされる戦争で世界が崩壊する事を信じていた。60年代後半、カルト教団のリーダーである彼は「黒人が台頭する」事を予言し、アメリカ合衆国のアメリカ人を虐殺していく事を予言していた。

1968年、彼がこの予言を広めていた頃、ビートルズが「ホワイトアルバム」をリリースし、その中の一曲に「ヘルタースケルター」という楽曲が存在していた。

その後、マンソンはその名前を採用し、世界崩壊を引き起こすこの一連の戦争を「ヘルタースケルター」と名付けたのだ。

彼はこのアルマゲドンを回避する為にある事件を引き起こしている。彼は信者に対して、「黒人がやったように見せかける殺人」を命じたのだ。

彼の信者であるマンソンファミリーはこれを承諾し、シャロン・テート&ラビアンカ殺害を行った。この殺人はアメリカ国民が黒人に対して憎しみを抱くように仕組まれた殺人事件だったのだ。

彼はその後ファミリーを連れてデス・バレーの近くにある洞穴に身を隠した。彼はこの一体にある洞穴のどれかが聖書にある「終わりのない穴」だと信じていたようで、

世界が終わる日にそこに黄金都市が現れ、神の力により14万4000人の大軍隊へと変貌を遂げ、世界を掌握できると信じていたようだ。

しかし1969年9月、ファミリーの一部が賢明に洞穴を探す一方で数台のバギーを盗んだり、国立公園に迷い込んだりしてしまうという事件が発覚した。この実に小さな事件が結果的に「シャロン・テート&ラビアンカ殺人事件」の発覚へと繋がったのだ。

9. コンピューターによる世界秩序の崩壊「2000年問題」

Y2K問題、日本では「2000年問題」で知られる一連の騒動はみんなの記憶に新しいだろう。1900年代までこの問題は多くの人によって語られ、コンピューター業界や一般家庭にも多大な影響を及ぼした。

これは、古いパソコンのカレンダーが年号の下二桁である99から00への変更が出来なくなり、パソコンが壊れるのではないかという所から来ている。

その結果1999年から2000年になった瞬間、1900年にカレンダーが逆戻りし、100年分の内部データが失われるのではないかと言う恐怖が人々を襲っていたのだ。

当時の企業はすぐさま対処法を練り、最新のアップデートを行い、バックアップを厳重に行っていたという。

幸いにも2000年1月1日明朝、世界は平穏な朝を迎えた。ぽつぽつとバグ等は見つかったが、世界が終わるほどの出来事にはならなかったのだ。

人々が煽った恐怖の連鎖は2000年問題として取り上げられ、多くの資金が無駄に投資される事になったのだ。しかしこれは結果にしか過ぎない。

逆に、この騒動を最小限にするために働いた人々のおかげでその程度で済んだともいえるだろう。

出典:oddee

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