2015年ドラフト会議

昨日プロ野球ドラフト会議が行われ育成選手を含めて116人が指名されて新たなプロ野球選手が生まれる事になりました。

今年のドラフト会議は阪神タイガースに1位指名された明治大の高山俊選手の抽選の時にこんな事がありました。

高山俊の抽選。阪神・金本知憲監督、ヤクルト・真中満監督が抽選に臨む。
一度はヤクルトの真中監督がガッツポーズを見せるが、事務局から訂正のアナウンスが行われ、高山俊は阪神で交渉権確定。と発表される。

出典 http://live.sportsnavi.yahoo.co.jp

これは以前辻内崇伸さん(引退)の交渉権獲得する時の抽選が巨人とオリックスだったのですが、最初オリックスが抽選で引き当てたというアピールをしたのですが結果巨人だったという事もありまして、その再現になってしまいました。
こうした悲喜こもごもが起きるのがドラフト会議です。

こうした悲喜こもごもから生まれる名言や珍言が出るのもドラフト会議。ドラフト会議に関わる名言珍言をご紹介したいと思います。

勝手に想ってた

1985年のドラフト会議はPL学園のKKコンビ桑田真澄と清原和博の進路に注目が集まってました。桑田真澄は早稲田大へ進学を表明。清原和博はプロ野球に行くことを表明して「巨人に入りたい」という希望を出してましたが、読売ジャイアンツは清原和博を指名せずに桑田真澄を指名。清原和博は6球団競合の末西武ライオンズに1位指名されましたが涙の会見となりました。
この年のドラフト会議は「KK事件」と言われて当時清原和博に同情が集まった時に清原和博のお母さんが清原和博に言った言葉があります。

「あんたが勝手に惚れて、勝手に振られたんやないの。男らしく諦めなさい」

出典スポーツニッポン 2015年10月22日 11:40

清原和博は当初西武の指名を拒否して社会人野球に進むのでは?と言われてましたがこの言葉を聞いて西武へ入団。清原に「巨人を見返す」と決意させたそうです。

嘘つきでいい

「KK事件」と言われたもう一方の当事者である桑田真澄。巨人に指名をされて早稲田大への進学を取り止めて巨人に入団を表明した時にマスコミから「早稲田大へ行くと言って巨人に入るのは嘘をついたのか?」と聞かれました。その時に桑田真澄さんは

「(嘘をついていたと)そう思うなら、そう思ってもらっていいです。それに僕は絶対行かないとは言っていない」

出典 http://www.logsoku.com

当時17歳。この時は清原和博の涙の会見もあって桑田真澄は完全な悪役扱いをされてたのに堂々とした態度を取ったことで余計にヒートアップして桑田真澄さんは長い間ダーティなイメージは付いて回りイメージを払拭するのに時間がかかりました。

因みに桑田真澄さんは当時PL学園の後輩から「天使」と言われてて後輩に手を上げたことは一度もない優しい先輩だったそうです。

特別な人

1992年のドラフト会議の目玉は松井秀喜。
松井秀喜はこの年甲子園で5連続敬遠されるくらいの選手で高校通算60本塁打を放ったスラッガーでドラフト1位で4球団の指名を受けました。抽選の結果

読売ジャイアンツが交渉権を獲得。松井秀喜は熱烈な阪神タイガースのファンで阪神タイガースも指名しましたが抽選に破れて交渉権獲得はなりませんでした。巨人に指名された時に松井秀喜は

「阪神ファンですから(巨人は)憎かった。でもあの人は特別」

出典 http://column.sp.baseball.findfriends.jp

当時の読売ジャイアンツの監督は「ミスタープロ野球」と言われた長嶋茂雄。長嶋茂雄さんのことを特別と言い、巨人に入団してその後師弟としての道を歩んでいきました。松井秀喜のプロ野球及びメジャーでの活躍はここで記すまでもありません。

心は一つ

1989年のドラフト会議は豊作の年と言われたドラフト会議で後に名球会入りした選手が数多い年です。日本人メジャーリーガーのパイオニア的存在の野茂英雄が目玉で8球団(近鉄、オリックス、日本ハム、ロッテ、大洋、阪神、ヤクルト、ダイエー)が指名。他にも佐々木主浩、佐々岡真司、潮崎哲也、古田敦也、与田剛もこの年のドラフト会議でプロ入りしています。
その時にオリックス・ブレーブス(当時)が1位指名したのがパンチ佐藤こと佐藤和弘です。本人も1位指名されると思っておらず驚いて会見に臨んでる時に当時の上田監督から電話がかかってきました。佐藤和弘は上田監督に電話で

「自分の心は一つです」

出典 http://www.logsoku.com

この言葉と本人のキャラクターも相まって人気を集めて現役引退後はタレントとして活躍中です。

オレなら入らない

1978年のドラフト会議は嵐のドラフト会議でした。
前年の1977年に当時のクラウンライターライオンズ(現埼玉西武ライオンズ)に1位指名されてた江川卓が入団拒否。翌年に江川卓の交渉権をもつクラウンが、西武グループの国土計画に経営権を譲渡し西武ライオンズが誕生。当時の堤オーナーはクラウンライターライオンズの本拠地を福岡から首都圏に移して「福岡は遠い」と言っていた江川卓の意思を翻意させようとしてましたが、ドラフト会議の前日に江川卓が巨人と契約。
ドラフト会議で定められた交渉権はドラフト会議の前々日までという規約の穴を突いた「空白の一日」と言われる事件が起きました。

江川卓と巨人の契約は無効としたコミッショナーの判断に抗議をして巨人はドラフト会議をボイコット。騒然した中で行われたドラフト会議で当時日本ハムファイターズ(現北海道日本ハムファイターズ)の監督だった大沢啓二は

「もしオレが江川だったら、これだけ世間を騒がせたんだからユニフォームは着ないぜ。また着ても大成しっこねえな!」 

出典 http://www.logsoku.com

痛烈に江川を批判しました。
この後江川卓はドラフト会議で交渉権を獲得した阪神タイガースと読売ジャイアンツの間で小林繁とのトレードで巨人に入団しエースとして活躍。同じ年にドラフト会議でプロ入りした選手に3度の三冠王を獲得した落合博満がロッテに3位指名されました。

ヨッシャー!

1995年のドラフト会議の目玉は福留孝介。
「10年の一人の逸材」と言われて走攻守揃った大型選手として7球団(近鉄、中日、日本ハム、巨人、ロッテ、オリックス、ヤクルト)が指名。抽選で交渉権を獲得したのは近鉄バファローズ(消滅)でした。抽選で交渉権獲得をした時に抽選を引いた当時の佐々木恭介監督は

「ヨッシャー!」 

出典 http://www.logsoku.com

喜びを叫びで表しましたが、福留孝介は希望球団ではないとして入団を拒否して社会人野球に進んだ3年後に中日ドラゴンズに入団。佐々木監督の「ヨッシャー!」だけしか近鉄には残りませんでした。

しかし転んでもタダでは起きず。近鉄は佐々木監督のこんなグッズまで作りました。

あるべき指名

2011年のドラフト会議は菅野智之(現巨人)が北海道日本ハムファイターズに交渉権獲得した時に最も議場が湧きました。なぜなら菅野智之は東海大相模から東海大へと進んだ好投手ですが巨人の原監督の甥で子供の頃から熱烈な巨人ファンだったこともあり、ドラフト会議前から「巨人以外は入団しない」しないと宣言してました。
この年のドラフト会議は菅野智之の他にも野村祐輔(明治大)、藤岡貴裕(東洋大)の三人が「大学ビック3」と言われて目玉候補でしたが、菅野智之の巨人逆指名で菅野智之は巨人の単独指名になる言われてました。
そんな中で北海道日本ハムは指名した理由として

プロ野球としてあるべき指名をします

出典スポーツニッポン 2015年10月22日 11:40

堂々と言い、菅野智之の評価の高さを示しました。交渉権を獲得しても菅野智之は北海道日本ハムに入団することなく浪人を選択して翌年読売ジャイアンツに単独指名で入団し、新しい巨人のエースとして活躍している姿を見ると北海道日本ハムファイターズが強行突破を覚悟で指名したのも頷けます。

くじ運悪い

その北海道日本ハムファイターズの栗山英樹監督。監督に就任して来年で5年になりますが栗山監督もドラフト会議でこんな事を言ってました。
2013年のドラフト会議でこの年最大の目玉選手の松井裕樹(現東北楽天ゴールデンイーグルス)の指名を北海道日本ハムは考えてましたが抽選は確実。栗山監督が抽選を引くことになりましたが栗山監督は

「クジ運は全くのゼロ。勝負運とかも、持っていないから」

出典 http://www.nikkansports.com

その言葉通り松井裕樹は5球団(楽天、日本ハム、福岡ソフトバンク、中日、横浜DeNA)の抽選で外し、その後も柿田裕太、岩貞祐太の抽選も外して渡辺諒内野手(東海大甲府)を1位指名しました。

因みに今年のドラフト会議で日本ハムは高橋純平(県岐阜商)、小笠原慎之介(東海大相模)の抽選を外しましたが栗山監督はくじを引いてません。

指名を知らなかった

1968年はドラフト会議が行われて4回目、この年は山本浩司(現・浩二、広島1位)、田淵幸一(阪神1位)、星野仙一(中日1位)、山田久志(阪急1位)、東尾修(西鉄1位)、有藤通世(ロッテ1位)など空前の当たり年と言われたドラフトです。
そのドラフト会議で一番の掘り出し物と言われてるのが当時阪急ブレーブスに7位で指名された福本豊です。福本豊は「世界の盗塁王」と言われ、リッキー・ヘンダーソンが更新するまで盗塁の世界記録を持ってて通算1065盗塁(現在も日本記録)をした名選手です。

福本豊はドラフト会議翌日に会社(松下電器)へ行くと会社の先輩がスポーツ新聞を読んでいたので、福本は先輩に「なんかおもろいこと載ってまっか?」と尋ねたら先輩は

「おもろいことってお前、指名されとるがな」

出典 https://ja.wikipedia.org

福本豊は阪急ブレーブスにドラフトで指名されてたことをこの時知ったのです。それから数日阪急ブレーブスから連絡はなく同僚も本人も指名を疑ったそうです。

因みに福本豊は盗塁の世界記録を作った時に時の首相中曽根康弘に国民栄誉賞を打診されましたが「そんなもんもらったら立ちションベンできなくなる」と断ったり、TVの野球解説で試合のスコアが8回まで両チーム0-0のままだった時、「たこ焼きみたいやな」と言った人で他にも色々なエピソードが残してる人でもあります。

これからプロ野球に入る選手はどんな選手になってどんな活躍をするのか楽しみですが活躍できるのはほんの一握り。活躍できるように精進をしてほしいです。

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政治・経済、思想・哲学、文学を学びつつ地元を中心にラーメンを食べ歩くフリーの物書きおじさんです。
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