これは、以前勤めていた某百貨店に訪れた個性豊かなお客様のお話です。

『おつり怖がりおばさん』

その日、同期だったKちゃんが「はぁ~、今日は疲れた」といいました。

「どないしたん?」と私。

「今日なぁ-、お客さんと運動会みたいに、かけっこしてん…、」とKちゃん。

「かけっこ???」

意味の分からない私は、もう一度聞き返しました。


当時、某百貨店に入社した私達新入社員は、売り場に出る前に何週間かかけて、伝票の書き方や入金の仕方、お辞儀の仕方等々を教えてもらいました。

一通りのことを教わると次は現場実習です。

それは、研修終了後の翌週から実際に売り場に立ち、現場実習を二週間ずつ三カ所の売り場を巡る初日でした。

(現場実習には、必ず食料品売り場が入っていました。私は最後の三カ所目でしたが、Kちゃんは初めの一カ所目が食料品売り場でした。)

その日、Kちゃんは現場実習初日ということもあり、かなり緊張していました。

おまけに実習先の食料品売り場は、柱周りに包装用の台がぐるりと置かれ、その上にも下にも備品(包装紙、テープ、箱、紙袋等々)がビッシリと隙間がないほど詰まっています。

人間(=販売員)は、その台とショーケースのわずかな間で横歩きのカニのように移動することしか出来ません。

精算も代金を預かると一旦そこから出て、近くのレジに走る…、という不便さでしたが、何とか夕方までその狭さと不便さに慣れようと頑張っていたそうです。

そして、あと10分で仕事も終わり帰れる(新入社員は、その当時の営業時間に関係無く早番で帰ることが出来ました。)とホッとしていたKちゃんの目の前に、なんだか少しオドオドした一人の年配の女性が立ち、無言で目の前の商品を指さします。

―この人…なんか変?―
と、
Kちゃんは心の中で思ったそうですが、先輩たちは他のお客様を接客しているので助けを求めることは出来ません。

そこで、勇気をもって「お客様、こちらの商品をご入り用ですか?」と声をかけたそうです。

するとその女性は、Kちゃんの声に怯えるように一瞬身震いしてから、両手で作った拳を胸の前にキューと押し当てて…、Kちゃんのことをジッと見て恐る恐る頷いたそうです。

―なに?私が怖いの?こんなに優しく話しかけてるのに!!―
と、
Kちゃんはその女性の怯えた目と、縮こまったようなそぶりに憤慨しつつも、研修で習った笑顔、笑顔と自分に言い聞かせ…。

商品を包み、代金を貰い、精算をしにレジに行くため、一旦ケースの外に出て大急ぎで帰ってくると(後10分で仕事が終わるという時間でしたから、早く帰りたいですもんね)商品をその女性に手渡しし、「お客様、4750円のおつりでございます」と、渡そうとすると、、、、、?

その女性は身体を半歩後ろに下げて、右手でイヤイヤいらないわ…というように手を振ります。

最初、Kちゃんは訳が分からなかったそうです。それでもう一度「お客様、4750円のおつりでございます」と言ってその女性に近寄ると、、、

逃げた!!

夕方のデパ地下、半端ない人が行き来します。

その中を、その女性はまるでKちゃんが怖い鬼でもあるかのように…、何度も振り返りながら恐怖の顔をして逃げたのです。

初め、ポカンとしてその女性を見送っていたKちゃんに後ろから「早く、追いかけて!!」と先輩の声!

その声にハッとしたKちゃん、「お客様さまぁー、4750円のおつりでございます。おまちくださぁーい」と猛ダッシュで追いかけた。

が、その女性、何度も振り返りKちゃんを見て、右手でイヤイヤいらないわ…というように手を振り逃げる!

こうなったら絶対につかまえて【4750円のおつりを】渡してやる!と、Kちゃんも人混みのなか「お客さまぁーー」と必死に追いかけて走る。

だが、敵は1階に上がるエスカレーターに素早く乗った!

―しまった!どうしょう…―

(従業員は、お客様用エスカレーターに乗ることは禁止されていました。これは、研修中にきつく言われていたことです。)

そう思ううちに女性は、エスカレーターに運ばれてドンドン上にあがっていきます。

―ええぇーい、階段なんか使ってたら見失う。よし!決めた。怒られたときは怒られたときだ!ー
と、
kちゃん「お客様さまぁー、お待ちください!4750円のおつりでございます。お忘れ物でございますーーー。お待ちをぉーーー」と大声で叫んでエスカレーターを全速力で駆け上がったそうです。

ですが、その女性はなおも振り返ってはイヤイヤと手を振り…逃げます。

それも、ものスゴいスピードで走って逃げます。

kちゃんも必死に走るのですが、制服を着ているので他のお客様にぶつからないようにと気を遣うから上手く走れなくて追いつきません。

―もぉ~、この人、何処まで行く気よ!!許さん!!-
と、
kちゃんはこのとき、だんだん腹が立ってきたそうです。

とうとう、一階フロアを突っ切り外に出てもその女性は逃げます。

建物の外は私鉄、JR、地下鉄に乗る人たちが、それこそスクランブル状態で行き来しているのでKちゃんは、とうとうその女性を見失ってしまいました。

仕方なく、ゼェハーしながら暫くそこで女性の姿を探したそうですが…。結局諦めて売り場に帰り、先輩に報告すると「仕方ないわね」とあっさりと言われたそうです。

―追いかけろっていったの…、あんたじゃない!!―
と、
先輩に言ってやりたいのをグッと堪えて、30分オーバーの残業つかない初日を終えて帰ってきたkちゃんがひと言…、言いました。

「都会には…、おつりを怖がる。『おつり怖がりおばさん』がいるんやなぁー。怖いなぁ…」と、しみじみと疲れた顔で言いました。


『おもちゃの刀を持った侍?』

Nちゃんは、顧客係に配属になりました。(エレベーターガールです。)
1時間のって、1時間休憩の勤務体勢です。

その日のエレベーターは屋上から地下まで、2カ所止まるだけのほぼ直通に近いエレベーターです。

乗ってくるお客様も殆どいないエレベーターだったそうです。

ですから歌の大好きなNちゃんは、これはラッキーなこと、この1時間をひとりカラオケで楽しもうとして…実際、「上に参ります」といってからドアが閉まるとエレベーターの中はNちゃんひとりになりますので、大好きな歌を大きな声を出して歌っていたそうです。

あと1回屋上に行って地下まで降り。もう一度、屋上に上ってきたら交代…と言うときにご機嫌で開いた屋上エレベーター乗り場の前には、、、、。

黒いサングラスをかけた。

髪の毛をちょんまげ(よく小さい女の子が頭の上で髪をくくって、上にパラリと髪の毛が広がっている感じ…)にして、浴衣を着(ホテルとかに置いている浴衣だったそうです)、帯(ホテルとなに置いている浴衣の帯…細い帯です)にプラスチック製の白いおもちゃの刀を差した侍(か?)が…若い男性が立っていた。

「しぃ…」と言いかけて目が点になるNちゃん。唾をゴクリと飲み込んで…「下に参ります」と少し声が震えたそうです。

それから、次の停止階に止まるまでの間…。

―どうしょう…、あの刀で(おもちゃの)切られたら…、死ななあかん?いやいや、死んだふりせなあかん?そうせな…、怒って、襲われる??どうしょ~!誰でもいいから乗ってきてぇ~!二人きりはイヤヤァ~―
と、
冷や汗をかきならがNちゃんは、このとき心の中で思っていたそうです。

するとドアが開いて、赤ちゃんを抱いたお母さんが目の前に…。
侍を見たお母さんの動きは一瞬止まりました。

―あかん、子どもにもしものことがあったらあかん。乗ったらあかん、このままスルーして…―
と、
笑顔で「下に参ります」と言いながらNちゃんは、目で赤ちゃんを抱くお母さんに訴えましたが…。

いかんせん、一瞬固まったお母さん、このままスルーしたら逆に何かされても…と思ったのか乗って来ました。

―あぁーー、神様、ごめんなさい。誰でもいいから乗ってきてなんて思ってごめんなさい!!私が悪うございました。こうなったら、赤ちゃんに何かしたら死ぬ気で助けなあかん!!たとえ、侍にあの刀で切られても…―

そう固く心に決めたNちゃんは、侍を睨みつけよとして…。

―いややぁ~、やっぱり怖いしぃ~―

と睨むことができず…、もんもんとするなか次の停止階に止まります。

―お母さん、降りて、お願い…ここで降りてー

と、Nちゃんが心の中で祈りますが、お母さんも顔が固まったまま身体も固まったのか降りません。

―あぁ~、このまま地下まで無事でありますように…―

張り詰めた空気のままドアが閉まり、エレベーターは下に下がり始めます。その時、赤ちゃんが少しぐずり始めました。

―もぉー、いやや。うるさいゆうて、赤ちゃんを刀で切らんどいてよぉ~―
と、
祈るNちゃん。お母さんも緊張した様子で赤ちゃんをキュと抱きしめています。

すると…。

侍が動いた!!

―こうなったら、前に出て、あの刀で私が切られるしかないわ!!-
と、
覚悟を決めたNちゃん…。が、侍が動いたのと同時くらいにガクンと揺れてエレベーターのドアが開いた。

そして、侍は、少しぐずる赤ちゃんの頭をポンポンと軽く叩いて…、何事もなく出て行った。

その間、Nちゃんはお母さんと目を合わせて、二人同時に「はぁ~」と大きな安堵のため息をついたそうです。

が、

「そんなん、おもちゃの刀で切られてもどうもないやん」と私。

「なにいうてんの!おもちゃんの刀で切られても死なんけどな。そのリアクションが悪い…ってなったらどうするの?!二人きりやでエレベーターの中。襲われたらしまいやで、ほんまに怖かったやでぇー!!」と怒るNちゃん。

「まぁ、そうやけど…、でも、どこから来たんやろか?そんな格好で…??」と、それに、なにをしに百貨店来て、何処に帰るんやかと思う私に…。

「そんなん知らんよ。侍は、とっくのとうになくなった昔の人。そんな人の考えてることなんか分かるわけないやん!」と、これまた怒るNちゃん。

そうやけど、それ、ほんまもんの〝侍〟違うし…と言いたかったのですが、多分そのとき本人が一番怖かったのだろうから、これ以上突っ込んで言うのはやめました。

百貨店は、誰でも「いらっしゃませ」の場所だからでしょうか、今から考えると個性的なお客様が毎度毎度いらっしゃる不思議な空間でした。




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知らないことが知りたくて、メンタル、カルマ、礼法に漢方スクール…etc.とお勉強。で、ですね、人を動かしているのは無意識、でも、この無意識を味方につけるとスゴいんだ~と気づいたら…、なぜか、「えっ?!そうくるかぁ~」と、色んな場面に遭遇しれしまう…という面白いことが起こりだすのでした。

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