記事提供:子ある日和

年中になった娘が、ひらがなを読めるようになり、たどたどしくいろいろな本を一人で読んでいた。

声に出して大まじめな顔で一生懸命読んでいるので、こちらも耳をそばだてていると、聞こえてきたのは…。

「わあ、つ」
「きや、ぼう、つ」

一体何読んでるの?と覗いてみたら、幼児向けの月刊雑誌の中のマンガだった。

「わあっ」「きゃーっ」を読んでいるつもりなのだ。

本人は至って真剣なのが、思わず笑ってしまった。

汗ばんだ小さい指が、一つ一つの活字を丁寧にたどっていくのを見ていると、初めて自分で字を読めた達成感が伝わってきて、心の中で「よかったね」「がんばったね」とつぶやいた。

娘にとって、今はひらがなを読むことさえ、新しいきらきらした体験なのだろう。

小さい子供には、大人から見れば些細なことでも、初めて出来ることが何と新鮮で喜びにあふれていることか。

初めてスキップが出来た。でんぐりがえしが出来た。逆上がりが出来た。自転車に乗れた。なわとびが飛べた。歌を覚えて歌えた。

そんな一つ一つの喜びが当たり前になるにつれて、「まだ出来ないの?」「出来るのにどうしてやらないの?」と、大人達の評価は少しずつ厳しくなっていく。

この、きらきらした喜びをなくさずに、出来ることが増えていったら、子供はどんなに幸せに日々を送り、成長していけるだろう。

頼っているのは、大人の方だ。

子供の丁寧な成長を待つことが出来ずに、早く早く、もっともっと、

と、出来るようになればなるほど安心して次々と要求を突きつけてしまう。

そして大人になると、自分が出来ないことに焦って、回りと比べて自信をなくして、どんどん生きることの楽しさが半減していく。

なんて、もったいないんだろう。

子供の小さな成長を喜べる今こそ、自分の小さな成長も素直に喜び、子供と一緒にわくわくして日々を過ごせたら、と思う。

うっかりしたら指を切り落としてしまいそうな、小さくてか細い子供の爪切りを上手に出来た自分。

片手で上の子の手を引いて、片手で下の子をだっこして駅まで歩いた自分。

駄々をこねて泣きわめく子供をうまくなだめられた自分。

みんな、今まで出来なかったことばかりじゃないか。

お母さん年齢は子供の年齢と一緒。ゼロ歳から始まって、子供が2歳ならお母さんも2歳。

二人目が生まれたら、二人育児のお母さん年齢はまたゼロ歳から始まる。

大いばりで、得意になって、わくわくしよう。

人生をまたゼロ歳から始めるなんて、めったに出来る経験じゃないんだから。

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