2006年の裁判の判決。
決して新しいニュースではありませんが、生活保護のあり方など改めて考えさせられる判決だったので記事にしました。多くの人にこの事件について知ってもらいたいです。

法廷が涙に包まれた“異例の判決”

出典 http://ord.yahoo.co.jp

※写真はイメージです

2006年2月1日に京都市伏見区桂川の河川敷で認知症の86歳の母親を殺害して承諾殺人などの罪に問われていた息子の裁判の判決。

「被告人を懲役2年6ヶ月に処する...」
「この裁判確定の日から3年間その刑の執行を猶予する」

承諾殺人で異例の執行猶予付きの判決が言い渡されました。

なぜ母親を殺害しなくてはならなかったのか

出典 http://diftion.com

被告は、両親と3人暮らしでしたが、1995年に父親が死亡しました。
そのころから、母親の認知症の症状が出始め、介護の生活が始まります。

2005年4月頃から症状は悪化し、おにぎりの包み紙を食べたり、「キツネがいる」と天井を叩いたりしたということです。昼夜逆転し、徘徊で警察に保護されることも。

被告は、休職してデイケアを利用しましたが、介護負担は軽減されず、9月に退職。

生活保護に頼ろうと3度も相談に訪れましたが失業給付金などを理由に認められませんでした。失業給付金は月10万円。
母親には、1日2回の食事を与え、被告自身は2日に1回しか食事を取っていなかったそうです。

生活保護の相談に訪れた際に「働くことができる」と言われたことも。
結局、介護と両立する仕事は見つからず、12月には、失業保険の給付が止まり、デイケア費やアパート代が払えなくなってしまいます。

被告は、2006年1月31日に心中を決心しました。

被告は、この日、最後の親孝行にと車椅子の母親を連れて鴨川など母親と過ごした京都市内を観光し、最期を迎える場所を探します。

被告は自宅アパートをきれいに掃除をして、親族と大家宛ての遺書と印鑑をテーブルに置いた。その間、被告は何度も母親に「明日で終わりなんやで」と話しかけた。
最後の食事はコンビニで買ってきたパンとジュース。電気のブレーカを落とすと、被告はリュックサックに死ぬためのロープ、出刃包丁、折りたたみナイフを詰めて、車椅子の母親と2人アパートを出た。

2人が向かったのは、三条の繁華街だった。被告がどこに行きたいかと尋ねて、母親が「人の多い賑やかなところがいいなあ」と答えたからだった。1人300円の運賃を払って淀駅から京阪電車に乗り、三条京阪駅に着いた。

駅を出ると鴨川が流れている。2人はしばらくこの川のそばで時間をつぶしている。やがてにぎやかな新京極通りをに向かった。この通りの入口にそば屋がある。被告がまだ子どもの頃、親子3人で食事をしたことのある店だった。しかし手持ちの金が多くないため、食事はしなかった。

夜、親子は伏見にいた。もう戻ることのできないアパートの近く、桂川の河川敷。次にどこへ行きたいかと聞かれて、母親が「家の近くがええな」と言ったからである。午後10時のことだった。
 
2月1日。厳しい冷え込み。被告は車椅子の母に防寒具をかけてやった。それから何時間か過ぎた。

「もうお金もない。もう生きられへんのやで。これで終わりやで」
 
被告は泣きながら目を覚ましたばかりの母親に語りかけた。
母親は「すまんな」「ごめんよ」と泣きじゃくる息子の頭を撫で、「泣かなくていい」と言った。

「そうか、もうアカンか、一緒やで。お前と一緒やで」 

「こっち来い。こっち来い」

母親に呼ばれた被告が近づいたところ、額がぶつかった。

「わしの子や。わしの子やで。(お前が死ねないのなら)わしがやったる」

その母の言葉に被告は「自分がやらなければ・・・・」と思った。
そして意を決し、車いすのうしろにまわってタオルで母親の首を絞めた。絞め続けた後、苦しませたくないために首をナイフで切った。

被告は遺体に毛布をかけた後、包丁と折りたたみナイフで自分の首、腕、腹を切りつけ、近くにあったクスノキの枝にロープをかけ首を吊ろうとしたが失敗した。「土に帰りたい」と走り書きしたノートの入ったリュックサックを抱いて、冷たい雨の降るなか虚ろな表情で佇んでいた。

通行人によって2人が発見されるのは午前8時ごろのことである。

出典 http://yabusaka.moo.jp

冒頭陳述の間、被告は肩を震わせメガネを外して右腕で涙を拭う場面もありました。

「母の命を奪ったが、もう一度母の子に生まれたい」

裁判の中で被告が残した言葉です。

判決のあと、裁判官は
「絶対に自分で自分を殺めることのないようお母さんのためにも幸せに生きて欲しい」と被告に話しかけ、被告は「ありがとうございます」と深々と頭を下げました。

そして裁判官はこう付け足しました。
「本件で裁かれるのは被告人だけでなく、介護保険や生活保護行政のあり方も問われている。こうして事件に発展した以上は、どう対応すべきだったかを行政の関係者は考え直す余地がある」

【個人的な意見】
10年たったいま、この男性が誰よりも幸せになって欲しいと願います。
これから、高齢化社会に伴い介護が必要となる人の人数は増えます。
決して他人事ではないと感じました。
いまはNPO法人などの支援も充実してきましたが、生活保護受給について行政もさらに力を入れてほしいです。決して忘れてはいけない事件の1つだと思います。

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