記事提供:カラパイア

2011年3月11日、この日を忘れることはないだろう。東北地方太平洋側を中心に巨大な地震により、日本は近年まれに見る大打撃を受けた。

未曽有の津波により福島第一原子力発電所は全電源を喪失。原子炉を冷却できなくなり、1号炉・2号炉・3号炉で炉心溶融(メルトダウン)が発生。大量の放射性物質の漏洩を伴う重大な原子力事故に発展した。

あれから4年半、第一原子力発電所周辺はいったいどうなっているのか?

現在でも避難区域となっている、第一原発から20キロ圏内の福島県双葉郡に、ポーランドのフォトジャーナリスト、Arkadiusz Podniesinskiが、取材クルーと共にドローンを使いながらの撮影に入った。

現地を訪れた第一印象は「そこだけ時間が止まっている」だったそうだ。スーパーマーケットの棚にはまだ商品が残っている状態で、学校の黒板にはその日学生らが書き残していった文字が刻まれている。

道路に置き去りになった車は深い緑に包まれ、宴会場の座敷のテーブルには皿が並んだままだ。世界各地にあるゴーストタウンと同様の光景の中、ただ1つ、異質だったのは、地面に規則正しく並んだ汚染土を入れた無数の黒い袋である。

草に飲み込まれていった道路脇のバイク。

茂みの中に取り残された車両。

草木はゆっくりと車を飲みこんでいった。

第一原発から20キロメートル圏内にあった公園のゴーカートは、まさに今からスタートする状態のままだ。

線量を計るガイガーカウンターのメーターは6.794uSV/hを示している。

地割れした大地に放牧された牛。これらの牛はこの地に残った吉沢正巳さん(60歳)がお世話をしている。取り残され、おなかをすかせた牛たちを見捨てることはどうしてもできなかったという吉沢さんは、彼らが死ぬまで世話を続けるという。

テレビは1つにまとめられて捨てられていた。

ドローンで撮影した航空写真からは汚染土を入れた袋の量に圧倒される。

スペースを節約するため袋の上には袋が積み重ねられている。

汚染土袋が置かれている土地の所有者には、いずれはこの土を撤去すると告げられているが、それがいつになるのかはわからない。

地震により本棚から本がばらまかれた状態の本屋。

パソコンも当時のまま並んでいる。

商品が散乱したスーパーマーケットには蜘蛛の巣が張り巡らされている。

自転車置き場の自転車も当時のままだ。

床が陥没した学校の体育館。

第一原発近くにあったスーパーマーケット。

お箸やお膳が並んだままの宴会場。

学校内も当時人々が逃げ出した状況のままだ。

学生らが書き残していった黒板の文字。

防護服を身に着け撮影を行ったArkadiusz Podniesinskiは、「ここだけ完全に時間が止まっているということをただただ実感した」と話している。

福島県の一部地域にだされていた避難指示だが、徐々に解除されつつある。福島県楢葉町の避難指示が先月9月5日をもって解除された。町に帰ることを決めた住民、帰ることをためらう住民と様々な思いが交錯する。

それでも今尚、浪江町・双葉町・大熊町が帰宅困難区域に指定されており、飯館村・富岡町は居住制限区域となっている。

昨年Googleのストリートビューが福島第一原子力発電所の門前まで撮影をしたそうだ。その様子はGoogleマップのストリートビューから見ることができる。

出典:dailymail
出典:mnn

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