世界大会での活躍により、いま国内でトップクラスの注目を集めているプロテニスプレーヤー、錦織圭さん。2015年にはいよいよ自己最高の世界ランキング4位まで登りつめ、今この瞬間もまさに、日本スポーツ界の歴史を塗り替え続けています。

…そんな錦織選手ですが、彼の功績に大きな影響を与えた人物が、実は今「TBSでアナウンサーをやっている」ということを皆さんはご存知ですか?

TBSアナウンサー・石井大裕(いしいともひろ)さん。錦織選手より4歳年上の彼は、実はあの元プロテニスプレーヤー・松岡修造さんを介して、錦織さんのテニス人生に”ある転機”をもたらしていました。

【TBSアナウンサー・石井大裕がもたらした「錦織圭の転機」】

1985年生まれ、現在30歳の石井さんは、元々将来を有望されていたテニス選手でした。

小学生の時に東京都ジュニアテニス大会の12歳以下部門で優勝しその頭角を現すと、以降も全国選抜ジュニアテニスで3位になるなど国内トップクラスの成績を残し続け、高校生の時にはついに全国優勝クラスの選手しか参加できない『修造チャレンジ』の参加メンバーに選ばれます。

そして石井さんがジュニア年長チームとして松岡修造さん直々の指導を受け始めた頃、さらに年下の選手たちを対象にしたジュニア年少チームも編成されることになり、そこで初めて呼ばれたのが、当時まだ11歳だった錦織圭さん。

当時の錦織さんもすでに全国大会で優勝するほどの実績を残しており、ここで2人は初めて互いを認識することになります。

こうして2人は同じ師の元で、育成選手としてその能力を伸ばしていくことになりますが、やがて錦織さんのその後の人生を大きく変える”転機”が生まれたのが、2001年11月に開催された『修造チャレンジ』。

この合宿では松岡さんの意向でそれまで分かれていた年長チームと年少チームが合同練習をすることになるのですが、その中でまだ小学6年生だった錦織さんは、なんと高校生との練習試合に挑みます。

そしてその”高校生の対戦相手”こそ、『修造チャレンジ』の第1期生で後にTBSアナウンサーになる、16歳の石井大裕さんでした。

「14年前のことです。修造チャレンジは各年代のトップが集められた全日本の合宿で、私は16歳代表、錦織さんは11歳代表だったんです。そこで錦織さんと試合をさせられたんです。高校生と小学6年生ですよ。練習試合だったけれど、やりたくなかったですよ」

出典極バラ「2014年余談大賞」 / 石井大裕(TBSアナウンサー) / 2014年12月23日

誰もが石井さんの勝ちを予想した練習試合、しかし松岡さんはあえて、そのままこの2人を対戦させました。そして実際に試合が始まると…圧倒的な体格差(身長差30cm!)を覆し、なんと小学生の錦織さんは高校生の石井さんに見事勝利!

「強かったですよ。あっという間に負けました」
「そのときの映像があって、今年、何回もテレビで流れました。私、そこで泣いているんですよ、情けなくて」

出典極バラ「2014年余談大賞」 / 石井大裕(TBSアナウンサー) / 2014年12月23日

…当時の石井さんにとってはその場で思わず泣きだしてしまうほどの悔しい記憶となりますが、逆に錦織さんにとっては、これが後に彼を世界の舞台へと羽ばたかせる、その大きな第一歩になりました。

「世界で勝負したい――最初にそう思ったのは、小学校六年生の時です。」

出典錦織圭 / http://www.uniqlo.com/jp/corp/pressrelease/2011/04/041917_mag1.html

「十一月には修造さんのコーチだったボブ・ブレット氏を招いてのキャンプがあり、練習試合で「修造チャレンジ」一期生の高校一年の男子選手に勝ったことも自信になりました。世界が見えたというか、世界を意識した、それが最初のきっかけかもしれません」

出典錦織圭 / http://www.uniqlo.com/jp/corp/pressrelease/2011/04/041917_mag1.html

その試合以降も2人は修造チャレンジの門下生として切磋琢磨し、注目を集め続けますが、石井さんは後に負傷が影響し、2006年に残念ながらテニス選手を引退。

一方、石井さんとの対戦をきっかけに世界を意識し、アメリカ留学も経験した錦織さんは、その後も各大会で好成績を記録。やがて17歳の若さで彼はプロの世界に進むことを決断、年上の選手たちの中でさらに上を目指していくようになります。

結果的に石井さんがテニス選手として錦織さんに残したあの日の記憶は、自身の引退後も、プロテニスプレーヤー・錦織圭の挑戦を力強く支え続けていくことになりました。

「私がTBSアナウンサーになってから、この試合について錦織選手にインタビューをしたことがあります。彼は、「こんなに大きな人にも勝てるんだ」「だから限界を作っちゃいけないんだ」と思ったそうです」

出典錦織圭 限界を突破する瞬間 / 石井大裕(TBSアナウンサー)/ 角川学芸出版 / 2015年

【錦織選手に夢を託しTBSアナウンサーとなった今も、彼は違う場所からスポーツ界を支え続けている】

テニス選手としての夢は叶えることができなかった石井大裕さんですが、競技引退後にアメリカでスポーツ番組のスタッフとして携わったことがきっかけとなり、彼はアナウンサーとして2010年にTBSに入社、選手時代とは全く違う生活を過ごすことに。

しかし彼にとっては今も、スポーツは大切な存在であり続けているようです。

TBSアナウンサーとして様々なスポーツの情報を日々視聴者に届けているのはもちろん、石井さんはテニス選手として世界を周っていた頃に音楽活動の経験があったことを活かし、なんと歌手としての活動も開始!

実兄とともに音楽ユニットWell stone bros.を結成し、最近では女子レスリングの吉田沙保里選手とともにアスリート応援ソング「目を覚ませ」を発表するなど、様々な切り口からスポーツ界の振興に汗をかき続けています。

出典 YouTube

…最後に錦織圭選手だけでなく、石井大裕アナウンサーにとっても”スポーツへの情熱”を伝えた恩人である、松岡修造さんとのエピソードを。

一度は石井さんのテニス引退によって切れてしまったかのように思えた両者の縁でしたが、石井さんがTBSに入社したことで後に2人は再会。以降TBSの試合中継では石井さんが実況アナウンサー、松岡さんが解説として、同席する場面もたびたび見られるようになりました。

2015年に松岡さんは自身のコラムで、かつての教え子である石井アナの今について、このようなメッセージを寄せています。

「最近は、地方ロケに行くと、たくさんの人たちから「朝チャンの石井アナ、朝から元気があっていいねぁ~。彼も松岡さんの弟子だろ?」なんて言葉をかけていただく機会が多くなりました。弟子だなんてとんでもない!
僕はスポーツキャスターとして、スポーツ中継やオリンピックのMCをやらせてもらっていますが、すでに彼は僕のライバル!
でも、自分のことを褒められるよりも、ずっとずっとうれしいですね!

アナウンサーとしてだけでなく、ウェルストーンブラザーズとして、アーティストとしても活動してる多彩な青年です。
そんな石井アナがいない間に、デスクでちょっと遊ばせてもらいました。
圭同様、石井アナも温かい目で応援してください!」

出典 http://www.shuzo.co.jp

「圭からテニスを、ともから伝える力を教えてもらっている 修造より」

出典 http://www.shuzo.co.jp

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twitter→ @drifter_2181 / 1983年生まれ。北海道在住。2012年にブログ「小娘のつれづれ」をスタート、2014年からはフリーライターとしても活動。デビューから応援しているアイドルの再評価をきっかけに、新規 / ライトファンを意識したエンタメ記事を日々研究しています。

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