記事提供:TRiPORT

こんにちは。TRiPORTライター、旅と写真できている赤崎えいかです。

2007年、ある青年がガレージセールでひとつの箱を落札しました。そこに入っていたのは大量の写真ネガ。いくつかの写真をオンライン上に掲載すると、その写真は瞬く間に世界中に広がり「20世紀最大の写真家」と絶賛されます。

写真の撮影者はヴィヴィアン・マイヤー(以下、ヴィヴィアン)。職業は乳母兼家政婦でした。15万枚もの写真を撮影しながら一枚も公表することなく、生涯独身でひっそりと亡くなっていたのです。

今回は、そのネガをガレージセールで購入し、ヴィヴィアンを世界に紹介した青年、ジョン・マルーフ監督にお話を伺いました。

ーヴィヴィアンの写真を発見したとき、すぐにその価値に気付きましたか?

正直なところ、箱の中にあまりにも大量のネガが入っていたから、すぐにその価値に気付いたわけではなかったよ。時間をかけてヴィヴィアンの作品を理解していったんだ。

まだたくさんの写真ネガがスキャンされるのを待っているし、映画の撮影途中にもどんどん新しい写真が出てきたので、急遽映画の中に入れたものもある。これからも新しいヴィヴィアンの写真に出逢うのを僕自身も楽しみにしているよ。

ーヴィヴィアンはどんな街で、どんなところを撮っているのでしょうか?

彼女は1956年まではニューヨーク、1957-1990年代はシカゴを中心に撮影しているけれど、街に住む人たちの写真が中心だね。子どももたくさん撮っているし、家族、親子の関係性、それから終焉にいる人にも興味を持っている。

アウトサイダーと呼ばれる人、ホームレス、ストリートに暮らす人たち、世界に入りきれない人たちにカメラを向けた写真も多く残っているよ。

ヴィヴィアンは社会や政治にも関心が強くて、意見や意思を強く持っていることが写真を見てるとわかるよ。

ーそのような人たちを撮るのに、ニューヨークやシカゴは適切な場所だったのでしょうか?

この二つの場所は、いろいろなタイプの人たちが集まってきている都市だから、いい場所だと思うよ。様々な人種、労働者、貧富の差も激しいし、文化も興味深い。

ヴィヴィアンは貧しい地域や、危険といわれる場所へわざわざ夜に行って犯罪のシーンの写真も撮っていることから、いつでもカメラを持って探検しながら写真を撮っていたとわかるよ。

時代は変わっても、今でも彼女が撮影した当時と変わらない場所も残っているから、行くと繋がりを感じることができるね。

ー1960年代当時、女性が街中でカメラを構えるというのは、どのような印象を他者に与えるものだったのでしょうか?

今のように誰もがカメラを持っている時代ではなかったし、彼女のようにエキセントリックな人が公衆の面前で写真を撮っていたのだから、周りの人はかなり怖がっていた部分もあると思うよ。

だからこそ彼女は自由に写真を撮れた部分もあるかもしれないけどね。

ーヴィヴィアンは自分のポートレート(肖像画)をたくさん撮っていますが、それは今の時代の「セルフィー」に似ているのでしょうか?

そうだね!多少の差はあるけど、今の時代にみんなもスマートフォンでしていることだ。自分を撮って、何をしているかをシェアしている。彼女もそれと同じ感覚だったんじゃないかな?

僕が思うに、彼女はみんなが想像しているほどシャイではなかったと思うんだ。自分自身を見せて残しているわけだから。

ーそんな彼女が写真を公表しなかったのは、なぜだと思いますか?

そこがまだよくわからないんだ。頑固すぎたのか、もしかしたら怖かったのかもしれない。

普通は大事なものを公表したいときに、まずは友だちや仲間に見せたり、相談したりすると思うけど、ヴィヴィアンにはそういった協力してくれる存在がいなかったんじゃないかな?

ー彼女は8ヶ月間世界を旅行したという記録がありますが、世界のどこに行ったのでしょうか?

アフリカ、中東、ヨーロッパ、アジア、南米…。具体的に今思い出せる国としては、何度かフランス、イエメン、エジプト、イタリア、メキシコ、インド、あと、カナダの先住民を訪ねたり、別の国の小さな島にも行っている。

それに、アジアだと上海の写真が出てきているんだ。そして、日本の東京らしき写真も発見したよ。まだ断定はできないけど、これからヴィヴィアンの撮った日本の写真がたくさん出てくる可能性だってあるよ。

ーヴィヴィアンは何を求めて旅をしていたと思いますか?

知的な人だったので読書もたくさんしていたし、いろんな違う文化を体験してみたいという好奇心も強かった。そういった欲求から世界中を見て、様々なことを実際に感じてみたかったんじゃないかな。

ー旅の前後で彼女の写真は変わったのでしょうか?

変わったね。まずカラーフィルム中心になった。カメラも中判フィルムのローライフレックスから35mmフィルムのライカなどに変わることによって写真のフォーマットも変わって、感覚も変わった。

写真の内容としては70年代後半からはより抽象的に変化して、人の写真が少なくなって、時事問題を扱った写真、様々なレイヤーや色、テクチャーなどを踏まえたトポグラフィー的なものへと変わっていった。

旅の経験によっても彼女の写真は変わっていったことがはっきりとわかるよ。

次回のジョン・マルーフ監督のインタビューでは、監督自身がヴィヴィアンを探す旅に出た話をお伺いします。

映画『ヴィヴィアン・マイヤーを探して』公式サイト 10月10日(土)より全国映画館にて順次公開

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