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「Yes!高須クリニック」のCMでおなじみの高須クリニック院長・高須克弥さん。明るいキャラクターと豊富な知識でタレント活動も行う凄腕美容整形外科医として知られています。

一般的には、美容整形をすることに対して偏見を持つ方もいらっしゃいますが、高須さんは海外の最先端技術を会得し、現在では当たり前になった様々な施術内容を日本にいち早く持ち込んだ人でもありました。

そこで今回は高須さんのこれまでと、医師としての素顔に迫りたいと思います。

まずはこれまでの経歴と、少年時代の意外な一面から見てみましょう。

医者一家に生まれた高須さん

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愛知県幡豆郡一色町(現在の西尾市)に生まれる。

生家は江戸時代から続く医師の家系であった。東海高校を経て、昭和大学医学部に入学。

1969年に同大学を卒業した。同大学院医学研究科博士課程を修了し、1973年(昭和48年)に医学博士を取得した。

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代々医師の一家に生まれ、パーフェクトな人生を歩んできたように思えますが、少年時代は辛い経験もしていらっしゃいました…。

なに不自由なく育てられた高須克弥は、いわゆるおぼっちゃまで、色が白く、太っていた。

それはすさんだ町の悪ガキたちにとって、格好のいじめの対象となった。みんなから白豚と呼ばれ、住所を書かずに「高須白豚くん」と書いた年賀状が届いたこともあった。

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当時高須さんが暮らしていた町には、博徒などがおりお世辞にも治安がいいとは言えない環境でした。

そんな町の大地主であり、医者の家に生まれた高須さんは容姿を揶揄され、学校でもノートを破かれる、石を投げられる、服を破かれるなどのいじめに遭っていたのです。

それでもいじめっ子には「口擊」で応戦、決して屈することはなかったことから意志の強さが垣間見えます。

幼少期から勉学に励み、家業でもある医師となった高須さんは、最初から美容整形の道に進んだわけではなく、整形外科を専攻していました。当時、高須さんの家族の中で整形外科医がいなかったからです。

しかし、25歳の時にドイツのキール大学で目にした美容整形手術が、その後高須さんを美容整形外科医として歩ませるきっかけになりました。

そして、医者の立場から日本の医療制度に対して疑問を抱いたことも、美容整形を始める一因でした。

高須さんが考える医療制度の問題点

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保険が効く病気やケガの場合、医者の側も早く完治させるよりも、いつまでも延々と治療していたほうが儲かる仕組みになっている。

つまり、早く治すことに努力しない医師のほうが、患者さんからも喜ばれ、収益も大きくなる。こんな制度が医療の進化を妨げていると考えざるをえなかった。

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近年入院すれば○円支給、という保険もありますよね。高須さんが若い頃に担当していた患者さんの中に、「給付金がもらえるから長期の入院をさせてくれ」という人がいたそうです。

早く元気になってもらおうと、医師として最善の処置をしたにも関わらず、入院させてくれと言われる。医師もその方が収益が上がるというシステムは、医療の根幹と矛盾していると高須さんは感じました。

一方、美容整形は保険が適用されず、全て自費。つまり、如何に短期間で高い効果を出すかが患者さんの満足度に繋がるので、医師も手を抜くことは許されないですし、文字通り真剣勝負の世界なのです。

このような理由で、高須さんは美容整形外科のパイオニアとしてキャリアを積んできました。

もちろん初めは迎合されませんでしたが、批判的な意見をも覆す最先端の技術を高須さんは会得し、結果を残すことで美容整形に対する理解を高めてきたのです。

そこで高須さんが日本に導入した技術の一部も紹介します。

脂肪吸引

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脂肪吸引の技術と機具はは約三十年前、僕の恩師でパリで開業しているピェール・フルニエ先生が発明した

僕はフルニエ先生の一番弟子で、脂肪吸引の技術を日本に伝えマスコミを使って普及させた

古い体質の日本の医学界は、脂肪吸引について懐疑的で
「インチキではないか」とか「脂肪は再生するから吸引はムダだ」とかずいぶんケチをつけられた

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今となってはメジャーな施術メニューとして知られる脂肪吸引は、フランスで発明された技術でした。

高須さんは、今から30年も前にその技術をいち早く取り入れていたのです。

ヒアルロン酸注射

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化粧水などに含まれているヒアルロン酸は、現在若返り治療にも使われていますが、このヒアルロン酸による整形技術を開発したのも高須さんです。

費用を抑え、術後のダウンタイムを極力短くすることが可能な技術として、90年代後半に誕生しました。

他にも多くの技術や特許を高須さんは取得しています。

しかし、患者の立場になってみるといくら最先端の技術とは言え、施術を受ける際には不安もあるでしょう。

このような患者さんのために、高須さんは医師として一つのポリシーを持っていました。

新しい技術は必ず自分が実験台に

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若返り手術では、ご自身が受けたフェイスリフト手術の変遷を…すべて動画で見せてくださいました。

海外の学会で発表された若返り治療を、ハードなケミカルピーリングから糸の手術まで、真っ先に高須先生自身が実験台となって、受けた結果を見せてくださいました。

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日本美容外科学会での講演を受けた医師の声ですが、自らを実験台にした効果を全て動画で公開していました。

「痛みやダウンタイムも、自分が実際に体験しなければ理解したことにはならない」「同じ体験をすることで、患者さんの気持ちを理解できる」という信念のもと、新しい技術、機材、薬剤などは全て高須さんが自ら実験台となっています。

高須さんの高い技術は徐々に世間に認知され、現在ではCMの効果もあってクリニックも全国的に知られるようになりました。

実は高須さんの卓越した技術を体験した芸能人がいるのです。

千原ジュニアさんの顔は、高須さんの手術で生まれた

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先日結婚した千原ジュニアさんは、バイク事故を起こした際に顔面の形成手術を受けたことで有名です。

そのジュニアさんの顔面形成手術の総仕上げを担当したのが、高須さんでした。

手術は院長が直々に行ったそうで、パソコンで術後の状態を「こうやって、こうすると、こうなりますから」と説明した後、あっという間に終えてしまったという。

ジュニアは「(院長が)『終わりました』って言って、見たら、何も変わってない。『なんやこれ』って思って。そこから自宅療養でいろいろあって、気がついたらこれ(今の顔)になってて」「ここが腫れていて、これは治癒力で治っていくとかってことが、全部計算されてんねん」と院長の腕に感嘆した。話を聞いたケンコバも、高須院長の手術の見事さに驚いていた。

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一見なんの変化もなく見えていたものが、腫れが引いてからしっかり治っていたというのは、当人であれば一層驚きを感じますよね。

今後はジュニアさんを見るたびに高須さんを思い出しそうです…。

医師として、最高のパフォーマンスを続ける高須さんですが、プライベートでは孫の学校行事にも参加する好々爺。

テレビでは見せないおじいちゃんぶりをご覧下さい。

お孫さんから絵のプレゼント

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穏やかな雰囲気が伝わりますね。

お孫さんの運動会で…

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親子リレーに立候補するものの、お孫さんに却下されてしまった高須さん…。

また、この日はあまり目立たないコーディネートにしたそうなのですが…

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帽子をよく見ると「Yes!!TAKASU」の文字が(笑)。思いっきりバレてますよ。

お孫さんはピュアであると信じたい

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元旦にお年玉をあげる際に「お正月中は、何回でもじいじいに会う度にお年玉をあげる」とお孫さんに言ったところ、お孫さんが再訪してきたとのこと。

お年玉目当てではないと信じたい…。

おわりに

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日本での美容整形の先駆者として、批判の矢面に立ちつつも患者さんには最高の医療を提供してきた高須さん。

自らが実験台になる姿勢を見ていると、医療に対する責任意識がとても高いことが分かります。

美容整形自体には賛否両論がありますが、患者さんを第一に考える高須さんの姿は医師の鏡ではないでしょうか。

今後の活躍を期待したいと思います。

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