えっ?!それって…何の商売…?!

『小便組(しょうべんぐみ)』…小便を垂れて稼ぐ美女たちがいた。

江戸時代の川柳に「お妾のおつな病(やまい)は寝小便」と、寝小便は妾の持病だと詠んでいるのですが、これは、お妾さんに寝小便の癖があったわけでもなくて一種のレトリック…皮肉ですね。

では、なぜ?寝小便なのでしょうか。

実は、江戸時代中期に「小便組」と呼ばれたお妾さん達がいました。彼女たちの多くは、主に浪人や町人の娘たちで、あまり柄が(お育ちが良くない)良くありませんでした。

江戸には参勤交代によって全国からたくさんの武士が集まります。その中でも身分の高い武士たちは、遊郭へ出入りをすることを憚り、お妾さんを囲ったのです。

そうした身分の高い武士達や、大家の主(たいかのあるじ=財産や身分のある家の主)なのを狙って妾となったのが小便組(小便をして稼ぎまくったので、そう呼ばれていました)と称された彼女たちです。

彼女たちは前金で手当を貰って妾になると…。適当な時期を見計らって寝小便をするのです。そうすることで相手の男性から嫌われてしまい、お払い箱になります。
ですが、ここで彼女たちの隠れた知恵は、相手が嫌いになって自分に暇をだすのだから、前金を返せとはいえないところまで計算していることです。

その様なやりとりで、「ここで二両かしこで五両とって垂れ」と川柳で詠われるように、寝小便をしてお金を懐にしまうとまた次の相手を探すのです。

おまけに、小便組の彼女たちは大変な美人だったようで「小便のくせに容顔美麗なり」とも川柳で詠われています。逆を返せば、いつの時代も男性は美人がお好きだと言うことですね。

ですがこの商売、やがて終わりが訪れます。

きっかけは、ある主人が寝小便をするのは彼女の病気だと思い、治そうとして医者に相談します。

そこで、医者は…。
鶏の卵ほどの大きさの艾(もぐさ)を用いて灸をすえたのです。
その熱いこと…、熱いこと…。

ほんの小指の先ほどの大きさでも、熱くて我慢するのは大変なことです。それを鶏の卵ほどの大きさなら…、どれだけ我慢強い人でも、もう二度としたいとは思わないでしょう。

お灸の熱さに堪えきれず、それ以後、彼女は二度と寝小便をしなくなりました。

この話を聞いた他の主人たちが同じことをしたので、小便組という商売はこうして絶えたのでした。

多分、お医者さんに相談した主人は、お金を払っているとはいえ彼女のことを本気で好きだったのかもしれませんね。そして、相談された医者は、その気持ちを汲んで、彼女に文字通りのきっーい!お灸をすえたのでしょう。

『蠟燭(ろうそく)の流れ買い』…蠟燭の垂れたしずくを再利用していた。

蠟燭に火をつけると蠟(ろう)が溶けて、しずくとなって落ち、下にたまります。そのしずくのことを涙にたとえて蠟涙(ろうるい)ともいいますが、それは言い換えれば蠟燭のカスのことです。

ですが昔の人は(もったいないの心から)そのカスも捨てずに再利用したのです。

日本古来の和蠟燭は櫨(はぜ)や漆(うるし)などの実から取った蠟が原料で、それを取り出すのにも技術が必要でした。また、その蠟から蠟燭を完成させるまでにはかなりの手間と時間がかかりました。

そして、和蠟燭は…、
・油を用いた行灯に比べて三倍から五倍ほどの明るさがあった。
・江戸時代、蠟燭は高級品だった。
・庶民にとって、いわば贅沢品であり。いつも使えるというものではなかった。

以上のことから、蠟のしずく(蠟)は大変貴重品であったので、再利用するために買い集められたのです。

買い集められた蠟のしずくは、溶かして型に入れられて、障子や戸の桟につけて滑りをよくするのに使ったり、或いは、木製品のつや出しに使ったりしました。

日本人の「もったいない」の心が蠟燭の流れ買いという商売をうみ、ものを大切にする心が再利用品を作り出して、最後まできれいに使い切る。それは、現在のリサイクルにと繫がっているのでしょう。

『下肥取り(しもごえとり)』…長屋の糞尿は大家の収入源だった。

化学肥料がなかった江戸時代。人間の排出する糞尿は田畑の肥料として広く用いられ、下肥(しもごえ)といわれていました。

100万人もの人が住む江戸では、毎日大量の糞尿が発生します。ある統計によれば、その量10トン積みトラックに140台分にもなるとか…。

糞尿は、肥料という大きな利用価値があるので、タダで取引されることはなかったのです。
(反対に今は、個別浄化槽から糞尿を収集して貰うにはお金がいります。)

江戸で排出される糞尿は近郊の農家の重要な肥料となりますから、農家では糞尿をくみ取り、その対価として現金を支払ったり、或いは大根や茄子などの野菜を人数に応じて提供していました。

庶民が暮らす長屋(よく時代劇とかに出てくる裏長屋ですね)のトイレは共同トイレです。この共同トイレの収入は全て大家のものになりました。

長屋に糞尿を取りに来る農家は、ふつう現金で支払います。年によって異同(その年の出来不出来の作物の時価だったのか?それとも、糞尿にも良い悪いの品質があったのでしょうか?)はありますが…、

江戸後期の1年分は、大人10人あたり、二分か三分だったようですから、大人が30人暮らす長屋であれば(二分×3で六分。三分×3で九分。四分で一両ですから…)約、一両から二両の収入を得ることが出来ました。

ですから大家は、店子(長屋の部屋を借りている人)が増えると農家に糞尿代の増額をきっちりと要求しました。人間、損はしたくないの心理ですね。
(でも、反対に減ったときはどうしてたんだろう?もしかして知らん顔をしていたんじゃないのか…、いやいや、まてまて、糞尿の量で分かるか…、などと余計なことを考えたりしてしまうおもしろい商売です。)

当時の川柳に、「店中の尻で大家は餅つき」と詠まれたものがあります。これは、糞尿代として一両から二両の収入があれば、正月の餅代に十分だ。
店子の尻から出たもの(糞尿)で、大家は餅をつくというわけだ…と、ちょっと皮肉っているんでしょうね。

世の中需要と供給の世界。きっと現在にも、江戸時代には考えられないようなおもしろい商売があるのでしょうか…。


最後に、すこし考えるとどこかおかしいと思ってしまう商売を一つ、

それは「放し鳥・放し亀売り」というのですが、これは八幡宮さんで行われる放生会(ほうじょうかい)で、放生(=捕らえた生き物を放してあげること。生かしてあげること)の為に生き物を売る商売。

でも、待って!その生き物って、たまたま捕まったのを可愛そうだから、食べられてしまうのが可愛そうだからと放してあげるのとは違って…。
放生会の為に捕まえられたんですよね…。

それって、なんか…、変でしょう?おかしくありませんか?と、よく考えるとどこかおかしいのですが、きっとそんな細かいことは気にしない。
買う人、売る人、放してもうら生き物の三方良しのおおらかさが日本人の良さなのでしょうか…とも思うのでした。




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知らないことが知りたくて、メンタル、カルマ、礼法に漢方スクール…etc.とお勉強。で、ですね、人を動かしているのは無意識、でも、この無意識を味方につけるとスゴいんだ~と気づいたら…、なぜか、「えっ?!そうくるかぁ~」と、色んな場面に遭遇しれしまう…という面白いことが起こりだすのでした。

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