お堂の壁や天井をにびっしりと飾られた、紋付き袴姿の花婿と金襴の打ち掛けを身に纏った花嫁の絵。

山形県の村山地方には江戸時代より続く「ムサカリ絵馬」という風習があります。

ムサカリとは山形の方言で“婚礼”を意味します。嫁に迎えて去ることの「迎え、去る」が語源とも「娘(むすめ)が去る」からきた言葉ともいわれています。

あの世の結婚式を描いた絵馬

ムカサリ絵馬に描かれているのは死者の結婚式。未婚のまま亡くなった人のために親兄弟や親族が婚礼の様子を描いた絵馬を奉納するのです。

地元の人以外、訪れる人もあまりいないであろうお寺の欄間で繰り広げられる無言の婚礼。

今まで幾度も見てきた光景だが、震えるほど美しく、そして物悲しい絵の数々。

出典 http://chindera.com

各地に見られる冥婚

死者の結婚式は「冥婚」といい、中国をはじめとする東アジアと東南アジアに古くから見られる習俗です。

三国時代、魏の曹操が息子の葬儀にあたって同時期に亡くなった娘を夫婦として埋葬したのがはじまりと言われています。

同時期に亡くなった死者と結婚させて葬る場合もあれば、人形を遺体とともに棺に治める場合もあります。寺に絵馬を奉納するムカサリ絵馬は村山地方のみで行われている冥婚です。

若松寺のムカサリ絵馬

山形の民謡“花笠音頭”の冒頭部分、「めでためでたの若松様よ」はこの若松寺を指しているといわれ、縁結びで有名なお寺です。

若松寺には数多くの絵馬が奉納されています。ほかにもいくつかの寺院にムカサリ絵馬が奉納されていますが、納められた絵馬の数や年代から見て、若松寺がムカサリ絵馬の風習の中心的な役割を担っているといえます。

かつては観音堂に飾られていましたが、重要文化財に指定された後は絵馬堂が設けられて保管されるようになりました。

若松寺のサイトでは現在でもムカサリ絵馬の奉納を受付けています。ここでは生者の縁も死者の縁も等しく引き受けてくれるのです。

ムカサリ絵馬の変遷と禁忌

昔は遺族が描いた絵を納めるのが普通でしたが、今では専門の絵師が描くものになっています。昭和以前の絵馬は現世で果たせなかった夢を描いたものが多く残っているそうです。

しかし、今も変わらないのは「生きている人の名前や肖像を書いてはならない」という禁忌です。絵馬に書かれた人間は死者に連れて行かれるという伝承があるため、結婚相手には架空の人物を描く決まりになっています。

映画「空人」では物語の重要なポイントに

出典 YouTube

太平洋戦争末期に特攻隊に選ばれながら生き残った男性の苦悩と救いへの出会いを描いた映画「空人」でもムカサリ絵馬が重要な意味を持ちます。

死者に連れて行かれる話などからオカルト扱いされることが多いのですが、ムカサリ絵馬は死者を悼む純粋な気持ちから生まれた風習です。鎮魂の儀式としてのムカサリ絵馬を見ることのできる貴重な映画となるでしょう。

「空人」は10月17日から全国公開に先がけ山形県天童市のイオンシネマ天童で上映されます。

絵馬に込められた悲しい願い

親は不運だった我が子を思い、せめてあの世で幸せになってほしいという願いを込めて絵馬を奉納します。ムカサリ絵馬が最愛の家族を失った心の傷をも癒やしてくれるのです。

亡くなった人を仏にするのも鬼にするのも生きている人間の心次第。死んだらすべての縁が切れるという考えはあまりにも悲しい。ムカサリ絵馬からは情深い東北人の気質が感じられるのです。

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華蓮 このユーザーの他の記事を見る

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