今週金曜(10/2)に「孤独のグルメseason5」がスタート!

出典 YouTube

主演の松重豊さんも多忙な日々を送っておられるでしょう。多忙な日々を送れるまで苦労があったのはご存じの方もいるかと思いますが、松重さんの役者としての基礎を作った師匠や芝居仲間、長年の友人とのエピソードをご紹介したいと思います。

役者を目指すきっかけ

松重さんが役者を目指すきっかけになったのは大学時代に状況劇場、天井桟敷などの舞台を数多く観劇する中で演技に感動して役者を目指すようになり、新宿にあった小劇場「スペースデン」にて初舞台を踏み、その後に三谷幸喜さん主宰の「東京サンシャインボーイズ」に参加しました。

大学卒業後に蜷川幸雄さんが主宰する「蜷川スタジオ」に入ることになりました。

蜷川幸雄さん

出典 http://www.webdice.jp

松重さんが「蜷川スタジオ」を選んだ理由は「お金がかからない」からだそうでして、特に蜷川幸雄さんに憧れてとかいう理由ではないとのことでした。その「蜷川スタジオ」のオーディションの日に松重さんはとんでもないことをしてしまいます。

山下リオ「蜷川さんのオーディションでセリフが全部飛んだと聞いたんですけど、なんで受かったんですか?」
(松重さん苦笑)
鶴瓶「いや、尋問してるわけじゃないよ。松重頼むよ、それは」
松重「大学出て、どうしようかって時に役者続けたいからってことで蜷川さんが作った蜷川スタジオはお金がかからなかったんです。他の劇団はお金がいっぱいかかるからじゃあそこ受けてみようかなと思って。
オーディションのセリフがあったんですけど、まあ適当に覚えていって。で、オーディションの会場で僕の前の女の子がやってる最中に女の子のセリフがつまってプロンプを劇団員が出せって蜷川さんが指示を出したんですけど、その指示が上手く伝わらなくてモタモタしてたら蜷川さんがその瞬間「テメー何やってるんだ!」って目の前のテーブルを蹴飛ばしたんです。
もうこんななるでしょ(硬直しまくってるポーズ)。次の僕もこんななるでしょ。次お前って言われてセリフ一行しか出なくて「すいません。セリフ覚えてないんで帰ります」って言って帰ってきたんですよ。怖いからもう、あんなとこいるもんじゃないと思って。で、一週間後に合格ってきたんですよ。」
(鶴瓶笑う)
松重「何かの嫌がらせかなと思ったんですけど、取り敢えず行ってみたら「テメーなんでセリフ覚えてねーんだ!」って罵倒されて、でもデカいから入れたって言われて、そこからですね。」

出典TBS系「A-STUDIO」2014年11月21日放送

蜷川幸雄さんは怖い演出家として有名で灰皿を投げるなんて当たり前だそうで、灰皿を投げることについて蜷川さんは

〈過去の新聞記事には、「灰皿が飛ぶ」「稽古場のオニ」などと書かれている〉
 最初に灰皿を投げたのは「ロミオとジュリエット」の稽古場です。その他大勢の役がサングラスをしている。スリッパはいて、剣の代わりにほうきを持ってくる。それで、幕開きの乱闘シーンで、チャーンチャーンチャン(と立ち回り)。
それじゃあ誰だって灰皿投げるよ。声がかれるからと、舞台稽古でも本気の声を出さないんだから。でも今は何も投げません(笑)。

出典 http://www.sankei.com

さすがに現在御年80歳ですから灰皿を投げるなんてことはないそうです。

役者を辞めてた

松重さんは一時期役者を辞めて普通のサラリーマンとして働いてました。結婚もしてえん堤した収入が必要だったからだということで建設会社に入社して建設現場に行ってました。そんな時に蜷川スタジオの先輩だった勝村政信さんから「もう一度やらないか?」と声をかけられて

「一度だけ」のつもりで舞台に復帰して、舞台が終わった後にまた建設会社のサラリーマンに戻って建設現場で働いてた時に事故に遭いました。

松重「高所作業だったんですけど、そこで転落事故を起こしたんです。キャンバスというかテント職人みたいなのがあって5mくらいなんですけど、そこでラッキングっていって修正してたんですけど、
穴が開いて下何もないですから5mくらいのところから落ちていって、捕まるところもないから落ちる時に走馬灯のように布地が目の前を通っていって、下に何か物があったら死ぬなあと思って落ちていったんですよ。
取り敢えず受け身取ろうと思ってバンと手をついたらこっち(右)に発電機があって、こっち(左)に長いバールが置いてあったんですよ。ああ真ん中で良かったあと思ってそれで骨折だけで済んだんです。」

出典TBS系「A-STUDIO」2014年11月21日放送

そんな事故に遭った後に入院中に勝村政信さんと今の所属事務所の社長に「戻ってこい」と激励をされて役者として戻ってきました。

バイト仲間はロックスター

松重さんが劇団員の頃はご多分に漏れずアルバイトをしていましたが、アルバイトをしていたのが下北沢になる珉亭(みんてい)という中華料理店でしたが、そこで同じ日にアルバイトとして入ってきたのが

甲本ヒロトさん

出典 http://www.oricon.co.jp

元ブルーハーツのボーカルで現在「クロマニヨンズ」で活躍中の甲本ヒロトさんです。
甲本ヒロトさんのことを松重さんは

旧友からの手紙。

30年前からずっと繋がってる。

んじゃあと30年繋がってみるか。

互い五十にして天命を知る。

出典 http://matsushige.cocolog-nifty.com

その手紙とはNHKの「スタジオパークからこんにちは」で公開された手紙になりまして、

松重豊くんへ。上京して下北沢で同じ中華料理店でバイトに入った日が一緒で、10代の僕らが仲良くなるのに時間は必要ありませんでした。僕はバンド、豊は芝居の道を歩き始めたばっかりでした。

あの頃の下北沢の永遠に続くかのような時間は、今というこの場所につながっているのだろうか。こうやって豊に手紙を書いている事も同じ物語のワンシーンなのだろうか。そしてあの時のあの場所がスタートだったとしたらゴールはどこなんだろうか。
30年たった今も僕はバンド、豊は芝居に明け暮れています。そう、ちっとも変わっていません。これからもずっと変わりそうにありません。
もしかしたら、あの時僕らはすでに夢を叶えていたんじゃないだろうか。そう思ったらとても会いたくなりました。飲みましょう。

その時は、この手紙をからかって笑いましょう。甲本ヒロトより

追伸 おいしそうに食べる様子はあの頃のまんまです。

出典NHK「スタジオパークからこんにちは」2013年1月5日放送

珉亭(みんてい)でのアルバイト経験のおかげで松重さんは餃子が好きで餃子作りが今でも上手だそうです。過日のブログではこんなことを記してます。

下北沢のみん亭というラーメン屋で働いてたのよ、
その当時、いまから25年くらい前、
行列のできるラーメン屋のはしりだね、忙しかったさぁ、
その賄いで三食中華、毎日中華、飽きないのよ。

僕は餃子まくのが得意です。今でも。

 みん亭のバイト、同じ日に始めたバンドマンがひとり。
25年前の甲本ヒロト。
この話も後日ゆるりと。

出典 http://matsushige.cocolog-nifty.com

30年の付き合いがある違うフイールドで活躍する長年の友人と今でも餃子を食べながらお酒を飲んでいるのでしょう。

師匠との絆

先述の通り、松重さんは大学卒業後に蜷川幸雄さん主宰の「蜷川スタジオ」に入ったのですが、蜷川スタジオを逃走した事があります。

松重「僕ね、稽古中に逃げ出したんですよ。脱走して。夏の暑い日で目黒かなにかのプールに行って泳ぎに行こうと思って、そのまま泳ぎに行きました。」
鶴瓶「泳ぎに行こうったって神経向こうでしょ?泳いてる時に蜷川さんの顔が浮かんでくるでしょ?」
松重「だからもう終わったなあと思って、役者も終わりだなあと思って泳いでたんです。そんな話が出るとは思わなかったな。」
鶴瓶「ここ通っておかないと。今は別に蜷川さんとは何もなくて」
松重「ええ。しばらくしてから蜷川さんの方からお前出るか?って話があって」
鶴瓶「ええ人やな~」
松重「本当に、本当に感謝してます。」

松重「師匠と呼べる人はこの人しかいないです。」

出典TBS系「A-STUDIO」2014年11月21日放送

蜷川幸雄さんのことを今でも師匠と呼び、過日のブログでも

マッチゲにとって師匠と呼べる人
後にも先にも演出家の蜷川幸雄以外いません。

出典 http://matsushige.cocolog-nifty.com

30年経っても師匠として慕っていますし、役者としてブレークする前にも

松重「・・・ただやっぱりベースにあるのはスタジオのころにやってた、自分の生理とか観念みたいなものを伝える、なんというか、重い形のものを重視した芝居なのかもしれません。そのふたつの距離ってのを理解するには、やはり時間がかかったんじゃないかと思います」

出典 http://www.thirdstage.com

蜷川スタジオでやってた頃のことを役者を続けることで大事なことだと述べています。そして、師匠と言われてる蜷川幸雄さんも

――ここでたくさんの若者が育ちましたね。
「俳優では、勝村政信、松重豊、演出家になった鈴木裕美などが巣立っていき、スタッフでは、原田保、井上正弘、中越司、井上尊晶、明石伸一などと、必死で実験して作ってきた。原田なんて、どんなに他の仕事が忙しくても、スタジオ公演は人に譲らないって言ってましたね。実験の場は渡せない、やりたけば、自分で劇団を作ればいいんだって(笑)。そうやって、みんなが育ったし、自分の目に狂いはなかったと確信できますね」

出典 http://www.ninagawastudio.net

 〈若手俳優を抜擢(ばってき)する「目」には、定評がある。藤原竜也さん、小栗旬さん、勝村政信さん、松重豊さん…。みな蜷川演出の舞台で発掘され、大きく羽ばたいた俳優だ〉
 自分が育てたなどとは決して思わないですが、「これはいいなぁ」と思った俳優が、どんどんはやっていくと、いい気持ちですよ。基本的に僕はトップにいかないで、手前で世の中を斜(しゃ)に見ている俳優が好きなんだよね(笑)。
 トップを横目で見ながら、「おれたちだって…」と思っている鬱屈した若者に、活躍の場を作る。「こいつら、悪そうでいいなぁ」と思っていたら、みんないい俳優になったもんね。

出典 http://www.sankei.com

今活躍してることを嬉しく思っています。

役者として

松重さんが役者としてブレークする前に受けてたインタビューでこんな事をのべてます。

松重「松重っていう奴が。そいつが今の俺を見た時にどう思うかっていうのを危機感としていつも持ってるんです。『オマエなにやってんだコノヤロウ』って言われたらどうしようっていう、そういう危機感はいつもあります。その時のエネルギーを鏡としていつでも立ちあげられるようにしとこうと。そう思ってます」

出典 http://www.thirdstage.com

今でもその時のように危機感を持って芝居をされてるのかもしれません。

松重さんはブログを長年やっておられるのでブログでお人柄の一端をうかがえるでしょうから最後にご紹介します。

ブログのタイトルからして「日々精進」を忘れないようにしようというのがわかります。

「孤独のグルメ」の撮影は小食なので前日から絶食していて大変ですが、きっと友人や師匠との繋がりや教えを守って日々精進しているのでしょう。

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政治・経済、思想・哲学、文学を学びつつ地元を中心にラーメンを食べ歩くフリーの物書きおじさんです。
spotlight公式/プラチナライターでもあります。仕事は随時受け付けしてますのでブログなどを参考に依頼待ってます。
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