お金!これが欲しくないという人はあんまりいませんよね?

10,000 Yen
by Dick Thomas Johnson

そうです。お金というものは、多くの人にとって重要ですし、現代社会を渡り歩く上で必要不可欠なものです。

紙幣は確かに、それそのものを持っているだけでは、単なる紙切れでしかありませんが、それをどのような価値のあるものに変えていくのか…使う場合も、貰う場合も考えなくてはならないと思います。

今回の投稿では、その「お金」を介して人々が変わる姿を…。そして繰り返した転職や起業等で「貯金ゼロ」の経験を何度かしている筆者の思いを込めて、お金に支配されてはいけないと思いながらも、結果支配されているからこそ起こる、払っている側の理不尽な態度などについて、考えていきたいと思います。

最後まで宜しくどうぞお付き合いください。

我々は「お金」をいつの間にか崇高なものにしてしまった…

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「お金」…それは確かに沢山欲しい。それを考えることも言うことも、そんなにおかしなことではないと思いますが、その「お金」を得るために、特に日本人は激しく媚を売るようになったのではないでしょうか?

お客様は神様です」「お・も・て・な・し」…オリンピックが日本に来るたびに、サービスをする人の地位を下げて、結局集めたい「お金」を拝むフレーズが著名な芸能人の口から出てきます。

拝金主義が商行為を上下関係にしてしまった…

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そもそも、お金というのは、自力では準備できない物やサービスを、代わりに準備してくれた人に、同等の価値を認める証明として、または、一時的にその物やサービスへの対価として、むしろ仮に「お金」というものに置き換えているのだと筆者は考えています。

従って、物・サービスと「お金」の立場は対等であり、払う側と貰う側には何も上下関係など無いと思っています。

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ところが、物やサービスの有難さよりも、物余り時代が長く続いたこともあってか「お金」の価値のみが上がってきたように感じます。

そして、お金を集めたいが故に、貰う側は、払う側へ媚を売る様になり、結果「お客様は神様です」のような、その後の商売人を苦しめ続けるフレーズが生まれてきたように思います。正に拝金主義による弊害であると考えています。

因みに、考え方には個人差があります。筆者の考えを今は書きますが、色々な考え方があります。宜しくどうぞお願い致します。

「お客様は神様だろうがっ!」っておかしくないですか?

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筆者は、小学生で近所の古本屋を手伝い出してから、ビル清掃や雑工、事務職・デスクワークだった僅かの時期を除いて、約35年間接客と関わっています。

その中で、当然お客様と不調な話になることがあります。それはお客様が今すぐお望みのことが、こちらは準備が無く今すぐ出来ないような場合です。在庫の無いものを今直ぐ欲しいというお客様等です。筆者くらいの年や接客キャリアになると、そういう時に怒られない説明の仕方が段々身に付きますが、若い頃は、よくお客様に怒鳴られました。

その時に言われるフレーズです。

「お客様は神様だろうがっ!!」

筆者、昔の東京オリンピックの時は生まれていませんが、随分このフレーズが流行ったそうですね…そして日本中の物やサービスを販売する人々を平成に入った世の中でも苦しめ続けている…「神様」かぁ…トホホ…また言われちゃった…。

でも、よく考えて下さいよ!

「今、売り切れていまして取り寄せになります」の様な話で、誰が頑張っても交渉しても、どうにも今のこの状況は変わらないことを、色々と文句を言われ、最後には「神様」フレーズですよ…。因みにその時点で一円も頂いていませんし、ハッキリ言うとお客様ですらないのです。「お客様見込者」なのです。

勿論若かった筆者、生意気だった可能性もあります。接客はやればやるほど出来るようになる仕事です。未熟な面もあり、同じことを言うにしても可愛くなかった可能性はあります。

それもすべて含め、今はこう思っています。

「買う」は「売る」の上ですか?

「買う人」は「神様」ですか?

否、違うと思います!「お金」と「物・サービス」は対等で物々交換と同じと考えます。

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何故それを言うかというと、「金払ってんだっ!!」と言われたことが若い頃に何度もあるからです。

筆者に「お金」をタダでくれる人は殆どいませんが、もしそうだったら、筆者が一方的にくれた人にお礼を言うべきですし、全く頭が上がりません(笑)

しかし、多くの「お金」が動くケースでは、価値のあるものと「お金」が交換されているに過ぎません。勿論、売り上げに利益(労力分ですが…)が含まれますから、「有難う御座います」は売る側の方が多く言うべきですが、「神様」とか、「払ってんだっ!」という程、買う立場が上ではなく、どちらにも「有難う」なポイントがあるのです。

なので筆者は買い物に行くと、売ってくれたに人に「有難う」を言います。

そもそも何故「買う」のかを考えてみませんか?

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筆者が、野菜を買いに行くときに思うことを書きます。

では、ほうれん草でも何でもいいのですが、筆者が農業とは全く別の仕事をしていて、畑仕事をすることが現実的ではない毎日を送っています。

筆者の代わりに、毎日ほうれん草のことを一生懸命考えている方がいます。その方が出荷して下さいます。

その前の段階で、肥料や農薬、温室設備など、筆者が全くノウハウの無いことを、誰かが農家の方と一緒に考えて下さっています。

その次は、筆者は倉庫を持っていません。倉庫業の方も大切です。筆者は大型免許は持っていますが、他の仕事をしています。ほうれん草を取りに行く車の運転をすることは現実的ではありません。そしてそのトラックを整備する方や高速道路の方々もいます。そして青果市場の方、青果店の方…。まだまだ漏れがありますが、こういった方々のバックアップにより、筆者は一束のほうれん草にありつけるわけです。

今書いたことは、筆者は日々関わらないことです。それを多くの方が代わりにやって下さっているのです。それに対して、ほうれん草を手に入れたい筆者は何をすればいいと思いますか?

「お金」払うくらいしかないじゃないですか?
「有難う」を言うくらいしかないじゃないですか?

たったそれだけのことです。だから「金払ってんだっ!」なんて威張る要素も理由も意味も価値も何処にもないのです。「買う」は、働いてくれた方々への敬意もありますが、タダでほうれん草はくれませんので、もう、当たり前のことなのです。

ここでは、「ほうれん草」と「お金」が対等に…つまり対価なのです。多くお金を払うのでもなければ「上下」など有り得ません。

「チップ」制も有効です!

小銭王
by june29

モノの値段は対価だと、散々書いてきました。とは言え、お金を払うのは自分の持ち金が減るわけですし、嬉しい事ではありません。しかし、対価を払うのみでは物々交換に過ぎません。つまり普通の「有難う」しか言われません。

筆者は、タクシーの運転手時代にチップを沢山いただきました。現在は飲食店ですがビールを沢山ご馳走になります。それはお客様にとっては対価以上の出費です。筆者にとっては対価以上の売上です。ということは、対価を超えた分、お客様のV.I.P度は上がります。直ぐに何かお客様が得をするとか、扱いが変わるとかではないかも知れませんが、無いように見えてどの職業の人も顧客の格付けはしています。どうせなら悪く思われたくないじゃないですか…。筆者も個人店等では、お金を気分良く、場合によっては多く、お支払いするように努めています。

ということで、いかがでしたか?

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筆者の独断と偏見のようなコラムになってしまいましたが、筆者の考える「お金」についてのことを書いてまいりました。

人は支払いの時に人間性が出ます。嫌な顔をして会計する人、何となく財布を開くのが遅い人、価格交渉を執拗にする人、全て売る人や周囲の人が見通しています。

「お金」を払うという、一瞬威張れるなと思った時にこそ、「こうべを垂れる稲穂」になりたいと筆者は考えています。

最後までお読み頂き有り難う御座います。

この記事を書いたユーザー

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東京都大田区大森生まれ。立正大学附属立正高等学校、尚美学園短期大学音楽ビジネス学科、放送大学教養学部生活福祉専攻卒業。STAY UP LATEオーナー。 ライター業と、セミナー講師、司会業も実質少々。江戸川区在住、一児の父。愛猫家。

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