出典 https://ja.wikipedia.org

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最新号では、男性なら「美人だなぁ」、女性だと「イケメン」と思わず見とれてしまうような、異性に対する“美意識”について徹底解説しています。

男性から見た美人、女性から見た美人

美人になりたい、イケメンになりたい。ただし美人に限る、ただしイケメンに限る

顔が良いと、なにかと得なことが多いのも事実です。顔の良い人は、総じて「そんなことないよ」といいますが、それはともかく美人は贔屓されます、イケメンは第一印象最高です。

さて、そのとはなんでしょうか。

花や宝石、風光明媚な景色にまで表現され、さらに大半の言語に「美しい」という言葉が存在します。つまりは人間が根源的に持っている感覚によるものなのですが、この美しさ、とくに人間自身に対する美しさに話を絞ると、意外と簡単な答えだったりします。

まず、古今東西、美人美形と言われるものは流行り廃りがあり、メイク1つとっても、今風でなければ変な感じではあります。

時代によってはふくよかな人がモテることもありますし、痩せぎすが美しいと言われることもあります。短小包茎が美しい時代もあったようです(こっちは容姿じゃないですが)。

ただそれらに共通しているのは、人間が仲間を認識するときの符号如何に満たしているかということに過ぎないわけです。

これはどういうことかと言うと、例えば赤ん坊に、目玉を剥いたズルムケのゾンビがギャオーと迫ってくると、ゾンビやお化けというものを認識していない赤ん坊でも大半が泣き出します。一方、美人がやってくるととたんに喜び出すことも知られています。

この差は、人間が種として「正常か異常か」を見分ける能力が備わっているという点からきており、人間ではない、例えばライオンがデーンと居ても、それが恐ろしいかどうかの学習が無ければ、恐怖は感じないわけです。

ズルムケゾンビを怖がるのは、それが程ほどに人間の形を残しているからだと考えられます。つまり、ズルムケ状態の人間は明らかに異常なわけで、そうした異常状態のあるものに好んで近寄ることで、なんらかの悪影響自分に及ぼされると判断するわけです。

この判断こそ、美意識の基本の1つであり、古今東西の体型、団子鼻、耳たぶが長い方が良いなどの部族的なものも含めて「左右対称性が高いかどうか」がまず評価されています。

故にCG美女の多くは近寄りがたいクラスの美しさ(逆に不気味ささえ感じる)なので、最近では左右対称をすこし崩すようにするのが常識だそうです。

美容整形で、手っ取り早く「マシ」になる施術の多くは、まずは「左右平均化」であり、その後でフェイスラインや歯並び、小鼻の形などをどうこうしていくわけです。

ちなみに、その時代の「美形」と言われる顔をCGで平均化すると、実にマイルドで親しみやすい顔になることも知られており、平均的で左右対称な顔というものを好むことで、良い遺伝子を残そうと本能が囁きかけていると言えるのではないでしょうか。

では、目の下に虫でも入っているのかというような涙袋を入れてる人を見ても違和感を感じないどころか、

漫画やアニメの明らかに目がでかくアゴの尖った顔を見ても違和感を感じない(それどころか、美しいと感じる)のはどうしてなのか…ということを解説しようかと思います。

異性を品定めする際の男女間の差

美的感覚。それは男女で性差があります。

先に、人間が個体を守るために不気味の谷や左右対称性といった部分で、美しいか、そうでないか、恐ろしいかという判別を行っているという話をしました。

細かい部分で見ると、男は異性を「シルエット」と「テクスチャ」で認識します。故に、女性が髪の毛を多少切ったり色が変わったことに関しては分かりにくく、逆に肌が荒れたり、顔色が悪かったりすると、気が付きやすいわけです。

つまり、オシャレ部分は分かりにくく、隠したい部分に目が来てムカつくデリカシーの無い男!なんてことになるわけです。

では女性はと言うと、「パーツ」で見ています。なので二の腕がプニプニするとか、小じわが~~とかクビレが~~とか、女性の悩みも基本的にはパーツの場合が多いのも特徴です。

自分の顔でさえ、パーツごとの出来不出来を見てしまうので、メイクが下手な女性ほど非常に偏ったものになりますし、

爪にデコレーションなんかをして小さくキラキラしたものをカワイイと思うのですが、男はシルエットで見るので、爪がボコボコしててダニみたいでキモっ!と思う人が多いわけです。

逆に、男が無頓着になりやすい、小物の部分で女性は男性を評価していたりもするので、靴の善し悪しや、清潔かどうかといった部分が露骨に見えるところが男からすればドキっとするわけです。

では、漫画的表現はどうして魅力的に見えるのか…。

アニメ的表現は人間の美意識を極端にしたものだった!

じゃあ、異様に等身が高かったり低かったりする少年漫画や、棒きれのような手足に、顔の大半を被う巨大な目を持つ少女漫画に対して「美意識」を感じてしまうのは、いったい全体どうしてなんでしょう?

実際に、あんな巨大な目をして棒きれのような手足の人間がいたら普通にホラーです。しかし、アニメ的表現だと目は多少大きいのは当たり前、むしろ現実サイズのほうが違和感さえ感じます。アゴだって尖りすぎです(笑)。

これは、人間が人間を美しいと認識する反応「正常刺激」を越えて正常に見える「超正常刺激」であると考えられています。

ようするに、人間の美意識は、顔は左右対称であるほど美しく、目は健康的にキラキラして大きい方が魅力的で、アゴはしゅっと締まっているほうがカッコイイという人間の美意識を極端にしたもの…それがアニメ的表現です。

故にアニメにくらべると実写が見劣りさえしてしまうのは、人間の脳が「~~であればあるほど良い」という錯覚に陥っているからと言えます。

孔雀は尾羽が派手なほうがモテるという鳥なのはご存じの通り。では、孔雀の尾羽にネオンライトサインを付けてパチンコ屋の看板みたいにしたら…あきらかにおかしくても、その改造孔雀はモテモテになることが実験でも知られています。

つまり、デコ孔雀は孔雀の中ではアニメ的格好良さになっているわけです。人間でいうところのカートゥーンアニメに出てくる砂時計のようなくびれたボインなおねーさん…といったところです。

コレは別に悪いことではないのですが、たまに現実と仮想の区別が付かずに、棒きれのような手足を目指して拒食症になる子なんかがいるわけです。

また、二次元に近づこうと謎の改造手術を受け続け、不気味の谷にどっぷりはまった女性なんかは、たまにネットニュースに上がってきますが、アニメが悪いわけではなく、彼らの脳がおかしな方向にシフトしちゃってるからと言えます。

まぁ本人が幸せであれば何も問題ないわけですが。

と、いうわけで、美意識も追い求めすぎると不気味の谷に真っ逆さまと、実にアンバランスな危ういものでもあるということ。

テンプレ美形を目指すのではなく、メイクや美容整形も自分の個性を最大限生かす方向で調整した方が「魅力的」だと思うのです。

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