記事提供:子ある日和

「ねえお母さん、今度またあのまほうつかいが出てくるビデオが見たいな」4歳を過ぎた娘がふと言った言葉に、私は耳を疑った。

「え?今なんて言った?」「だから、まほうつかいが…」

私が耳を疑ったのは、娘の「まほうつかい」の一言だった。ついこの間まで、ずっと「マソースカイ」って言ってたじゃない。

それを聞くたび、私はくすくす忍び笑いを漏らしていた。

長男も次男も、素敵な言い間違いをたくさんしてくれた。

うがいを「ウカイ」、高いを「カタイ」、エレベーターを「エベレーター」、極めつけは、「今何時?」と聞くと自信たっぷりに答える「ドクジハン!(6時半)」。

小さい子供特有のたどたどしい舌っ足らずの言い間違いが、どんなに大人の耳を和ませているか、当の子供達は知るよしもない。

娘は三人兄妹の末っ子なので、これが最後の幼児期とのつきあいだ。そう思うと、寂しさもひとしおだ。

ぷっくりした手の甲のえくぼは、いつの間にか消える。お尻の青い蒙古斑。授乳の後のゲップのミルク臭さ。握りしめた手のひらの中のわたぼこり。

成長と共に確実に消えていく、なんでもないささいな、けれどせつないほど大切なものを繰り返し見てきた。

いつの間にか消えてしまったことに気づくたび、「ああもう見られないんだな」「触れられないんだな」と、かすかな寂しさを覚えてきた。

いつ消えるかなんて、何の予告もない。ついこの間まで当たり前のようにあったものが、気が付いたらなくなってしまっている。

もしかしたら、昨日まであったのかもしれない。最後の一言を、私は聞き逃してしまったのかもしれない。

「この前まで、マソースカイって言っていたじゃない…」信じられないままつぶやく私に、「なあに、それ?」と、きょとんとする娘。

気が付けば、声色からも赤ちゃんぽさが抜けている。

もっともっと、聞いておけば良かったな。ゆっくり見ておけば良かったな。

忙しい毎日の中で、一つ一つしみじみ味わっている暇はないけれど、見るたび、聞くたび、触れるたび、思わず顔がほころんでしまう、小さな子供が持っている不思議な魔法。

今はスマホで動画も気軽に取れるから、意識して残しておくこともできるかもしれない。でもやっぱり、日々の慌ただしさに紛れて機会のないまま、いつの間にか過ぎてしまうことも多いだろう。

親にとっては毎日が戦争のような日々の中で、あえて見つけようとしなくても、子供から飛び出す何気ないいつでも一緒にいるからこそ何かの拍子に思いがけず飛び込んでくるすてきな魔法の瞬間。

それは、疲れてへとへとの心や体を無条件に癒して、新しいエネルギーをチャージしてくれる。

他の誰にも見つけられない、忙しいお母さんにだけこっそり与えられる『すてきな贈り物』だ。

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